しばらく見つめあっている治と赤葦を美琴は
不思議そうに交互に見て、赤葦と美琴が目が
合うと、彼は柔らかい笑顔を彼女に返す。
そして治に目を合わせ、口を開いたのは赤葦
からだった。
「おにぎり宮のおにぎり美味しいです。
東京出店まだですか。」
「ありがとうございます、検討中です。」
真顔の2人に、棒読みの返事をする治だった
のだが、東京出店ということは、彼女の東京
進出も願う表現の言い回しも含まれている気が
して、その褒め言葉を素直に喜べない治は、
笑顔の裏では苛立ちも見せていた。
『ふふっ、赤葦さん。嬉しい褒め言葉です。』
「美琴ちゃんが東京に来てくれたら、尚更最高。」
「あ、く、ま、で、検討中です。」
『東京の人におにぎり宮の味を知って貰うのは
惹かれますね。やっぱり、治さんの味は凄い
から。』
「美琴、褒めすぎや。」
匂わせているどころか、ストレートに言って
きた赤葦に、治ももう一度念を押した。
それを治の横で呑気に美琴は赤葦の感想しか
入っていなかったのか、嬉しそうに耳にして、
先輩のおにぎりの味を誇らしげな顔を見せる
ので、そんな所も可愛いと思ってしまう自分に、
治はひと息吐いていた。
口元を緩ませる治を見ても、赤葦は彼女らしい
と言いたいのか、悔しがる様子を見せることも
なく、美琴を見る目は変わらなかった。
赤葦はまだ負けませんけどと伝えたいのか、
意味深な読めない微笑を治に向け、コイツ、
ほんま懲りんな…と治が心の中で悪態を着く
中、彼女が声を掛けると、2人の視線はコート
の中。
『あ、侑さん出てきましたね!』
会話は一旦中断され、昔と変わらぬ侑の合図
に、応援で賑わっていた周りの音も、しんと
静まり、みんなが彼に注目をする。
昔からの癖で、美琴も息を止めて打ち上がる
鋭いその球を見送れば、勢い余ってラインを
越し、残念なことに赤い旗が揚げられていた。
『あちゃ!』
「ははは!」
「ダサッ、燥ぎすぎやねん。」
思わず耐え切れなかった美琴は声を上げると
口元を押さえ、赤葦からは乾いた笑い、そして
治は冷静なツッコミを送ると、侑は治の言葉に
だけ反応を見せ、赤葦も付き添いにいた宇内も
それに驚いた顔をする。
『いっつも、こんな感じですよ?』
赤葦の考えたことを読んだのか、美琴は慣れた
口調で彼に補足を入れて、彼もそうなんだと
返事をする。
その間、侑が治の隣にいる美琴を見つけて、表情
が和らぐ瞬間も、彼は見逃さなかった。
本当に過保護…と赤葦は双子に呆れそうになる
が、きっと自分も同じ立場だと考えると、人の
事は言えないだろう。
『あ、ロメロさんやっ。』
その嬉しそうな声や視線は、アイドルを見る目
と同じだとわかっていても、やはりどうしても
気に入らない。
きゅんとときめく、美琴のその表情を治も赤葦
も凄いスピードと形相で見ていたたのだが、
その見事なサービスエースに適わず、2人も圧巻
されていた。
「美琴、ロメロは結婚しとるで?」
『知ってます!憧れの選手に感動しただけ
です。』
「よかった、美琴ちゃん。道は外れないでね。」
『あ、赤葦さんも酷い!』
すかさず治の指摘が入り、赤葦もそこは便乗を
して、初めて2人の気持ちは一致して、わかって
いると頬を膨らませた彼女を安心して見守るの
も、2人はまた同じだった。
そして二発目も同じコースを狙われ、佐久早が
上げれば、そこは地元チームをしっかり応援を
して、日向が動くのを見て、侑と治は同じ表情
でニヤリと笑い、美琴も赤葦も先を読んだのか、
来る!と分かっていながらも、身構えた。
この位置、頃合い、この角度、どんぴしゃり
『嘘やん。』
ブロックをかわして決まると思ったその攻撃
に、影山が追いついて身構えるが、影山の腕を
弾いてアウトになり、彼女は肝を冷やした。
しかし2人の攻撃が決まって、周りからはわあっ
と彼の超高速速攻に完成は沸いて、混乱する
ファンの姿も見えていた。
「恐怖!!初見殺し…!」
「なんやねんソレ。」
久しぶりに目にしたその速攻に赤葦が謎の名称
を付けると、治は笑いながらそうツッコみ、美琴
は面白い呼び名ですねと感心をする。
『はっ、せや!赤葦さん注文を…。』
「あ、そうだったね。美琴ちゃんのオススメは
ある?」
『私は、ピリ辛きゅうりが好きですけど。』
「うん、じゃあそれ1つとあと…」
『お連れ様は、どうされますかね?』
「あ、俺!うん…そうですね。」
試合に熱中をして、赤葦が目の前だったという
のもあり、気が緩んでいた美琴は慌てて注文を
取り、彼の隣にいた宇内にも尋ねれば、彼も
また突然彼女に声を掛けられ、あたふたと
メニューの中から選び始めた。
「赤葦さんのお知り合いは、可愛いらしい人
ですね。しかも手際もいい。」
『そんな、私なんて大した事ないのに。』
「そうなんです、ええ仕事するんですよ
ウチの嫁。」
「え、お若いのにもうご結婚されてるん
ですか!?」
「…それ、店主の嘘だと思います。」
『赤葦さん、訂正ありがとうございます。
もう、治さんはまた誤解招く冗談言うて…!』
「こう言わんと、悪い虫がよう付くんです〜。」
中断していた冷戦は、またしてもそこで再開
され、赤葦におにぎりを手渡したのは、美琴
では無く治で、さらっとその言葉は赤葦に向け
たのか、満面の笑顔のはずなのに目は笑って
おらず、赤葦も大変そうですねーと労いの言葉
を掛けて笑顔を返し、彼もまた目は笑っていな
かった。
『お買い上げ、ありがとうございます。』
「美琴ちゃん、またゆっくり話しようね。」
『また、リベンジ…ですよね。』
かつての約束を彼女が忘れていないことに安心
して、そうだねと赤葦が目を細めれば、治は
分かりやすいくらいの顰めっ面を最後に見せて
いた。
『赤葦さん、会えてよかったです。次に会う
時も楽しみにしてますね。』
「うん、俺も美琴ちゃんの顔を見れて嬉しいよ。
また、絶対に連絡するからね。」
最後には赤葦の欲しかった言葉を吐いてくれて
いて、ふんわりとした柔らかい表情で手を振り、
自分達を見送る美琴の笑顔を見てしまったら、
赤葦が夢中になるのも宇内は分かってしまった。
「赤葦さん、さっきの女の子の事…。」
「譲りませんよ?」
「まだ何も言ってないですって。」
今まで見たことないくらい、優しい表情と必死
な表情と様々な顔を見せた赤葦を新鮮に思い、
宇内は彼の恋路を応援しながら、並んで歩く。
「美琴ちゃんの喜ぶ顔、また見たいな。」
次は何処へ彼女と足を運ぼうと赤葦が胸を膨ら
ませている一方、腕を組んでその背中を見届け
た治は、やっと行ったかと溜め息を吐き、赤葦
さんは優しいですねと 楽しそうに自分を見上げ
る彼女の頬を治はツンと突いた。
「(今夜同じ部屋に泊まる、俺のが勝ちや。)」
「(約束を覚えてくれている、俺の勝ちかな。)」
それぞれが思いを秘めながら、今度はコートに
意識を向ける。
賑やかなこの祭りは、まだまだ続きそうだ。
『治さん、もう嘘ついたらあきませんよ?』
「フッフ、どうしようかなー。」
『今日の治さん、ちょっぴり意地悪や。』