「およ?美琴どないしたん。」
本日のシフトはオフのはずの美琴が夜に店へと
顔を出し、ニコニコ笑顔でカウンターに
座るので、治は不思議そうに首を傾げた。
『課題を提出したら、ご褒美に治さんの
おにぎりが食べたくなっちゃいました。』
講義終わりに本屋に寄って料理雑誌を見ている
と、治の作るおにぎりがふと恋しくなり、つい
つい店に寄てしまったと美琴は説明を続ける。
会って早々の可愛い台詞に、治の胸は思わず
嬉しさから潰されそうになるが、表情は冷静さ
を保ち、ほぼ毎日食うとるやんと治が突っ込め
ば、彼女は無邪気に笑っていた。
本日シフトの仕事仲間へ自分の食べたい具を
リクエストをして、出来上がりをわくわく待つ
姿は未だに多少の子供っぽさが抜け切れない。
そんな姿を治は愛おしく感じてしまい、
ついつい彼女の喜ぶ顔が見たくて、昔から
何かと甘やかしてしまう。
本日は一応彼女もお客さんという立場なので、
治も「お待たせしました。」と言いながら、
彼女に品を運び、おまけに彼女のだし巻き
玉子はもちろんサービスで。
『えー、いいんですか!?』
「頑張ったご褒美や。」
『治さん、大好き!!!』
「それ、もっとゆーて。」
幸せそうに自分の作ったものを頬張る所は
彼からすれば、何度見ても飽きない光景で、
『美味しいです。』と顔を緩める美琴を見て、
優しく目を細めた。
「あと少しで夏休みやな。」
『そうですね、ここで毎日出来ること増やさんと。』
「そりゃそりゃ、頼もしいわ。」
『治さんも遠征とか増えたりします?』
「せやな、イベント多いから、色々出店は
しそうやわ。」
稼ぎ時ですねと目を光らせる美琴はもう立派な
一員で、その頼もしさに治はまたはよ卒業
せんかなと願ってしまう。
「その時は美琴も付いてきてくれるんやろ?」
『もちろん!』
「揚尾さん、遠征先で食べられんよーに
気をつけんと。」
隣から洗い物をしながら仕事仲間が、そう
言って茶化すので、治はするかアホと彼を
小突いて、洗い物の皿を追加する。
彼の悲鳴を美琴が笑いながら、楽しみです。
とまた一口おにぎりを頬張っていた。
『ん。そういえば、花火大会は出すんですよね?』
「あー、そうやな。美琴、出れる?」
『もちろん、暇です!』
「それもどーなん。」
『…治さんの意地悪。』
遠征の話題から話は来週の花火大会の予定へ
話題が変わり、何も予定のない美琴を治が
揶揄うと、彼女は不貞腐れた表情で頬を
膨らます。
治からすれば、誰かと予定がある方が彼の心中
は掻き乱され大問題なのだが、その安心を
上手く誤魔化すように、治は美琴のリアクション
に大声で笑うのだった。
「看板娘は浴衣着用義務付けるからな。」
『えー!持ってないんですけど。』
「なんか、北さんのばーちゃんが美琴に
作ってくれとるらしいで。」
『それは、絶対着なきゃダメなやつ。』
「うわ、用意周到っすね。」
彼女が持ってない事を想定内だったのか、
以前、お米を持ってきた時に北がそう零した
話を思い出し、彼女にもその旨を伝えれば、
それを耳にした別の仲間は、そう言って
苦笑いを浮かべる。
その浴衣を受け取る予定の当の本人は喜んで、
もれなく簪と草履まで彼女にピッタリなもの
を用意しそうな北を想像したら、治までも
「せやねん。」と相手に同意を求めるように
苦笑いを浮かべた。
だが、こうして絶対に仕事が入るので浴衣姿
の美琴を隣に過ごすことが出来るのは、
非常にありがたいことなので、彼の良心を
断るわけはない。
浴衣は何色だろうかと嬉しそうに頬杖付いて、
それを楽しみにしている姿はなんとも微笑ま
しかった。
『早く来んかなー、夏休み。』
結局のんびり店が閉まるまでそこにいた美琴は、
治に申し訳ないからと締めは一緒に手伝い、
彼もそれならと本日の夕飯代をタダにした。
そして、帰り道は危ないからといつもの様に
治は美琴を家まで送り、自分の家と彼女の家
が近い場所にある幸運を毎度の如く感謝した。
高校時代は互いに反対方向の家なのもあって、
悔しくも帰り道は違ったが、やっと今になって
このチャンスが巡ってくるとは。
「結局、いつも通りになってしうたな。」
『そうですね、とてもいいお休みでした。』
やんわり笑う彼女を見れば、釣られて治も笑顔
になって、ほんのりした空間で歩くこの道は、
彼にとってはお茶休憩の次にあたる至福のひととき。
『ありがとうございました。』
「おん、おやすみ。」
そんな幸せな時間は儚くもすぐに終わって
しまい、彼女の家へ到着すれば、彼女は
お礼を言いながら、治に手を振る。
でも、やっぱりもう少し一緒にいたいと
欲が芽生えて美琴の手を引いて引き留めたら、
彼女は『お茶飲んで帰ります?』と優しく
微笑んだ。
「…お前、他の男をそーやって誘ったらアカンで?」
『もちろん、治さんと北さんにしかしません。』
治さんは絶対変な事せんもんと無垢な笑顔を
見せつけられれば、本当は彼女の部屋に入り
たいのに、その一歩は進まない。
何より、北の顔がどうも頭にチラつくので、
そこで彼の理性は毎度何とか保たれる。
『2人共、大好きなお兄ちゃんですね。』
「〜〜〜っ、せやな。」
彼女からトドメの一言を食らってしまったら、
もうそれ以上は彼も何も言えず、少しだけの
やましい感情は抱きながらも、彼女に背を
向けて、彼はやっぱ帰るわと手を挙げて
自宅へ向かって歩き出した。
「また、飲みでも誘うか。」
まだチャンスはいくらでもあると誓いながら、
帰り際に彼女が言った『お兄ちゃん』という
フレーズはちょっと可愛く聞こえてしまい、
今はそこだけで彼の胸は満たされるのだった。