試合後のもう一試合


「美琴、興奮し過ぎで夜に鼻血出すなや?」


『はいっ、気をつけます!』


「冗談やて、息止めたり鼻押さえたり忙しそう
やな。」


試合の熱気から、頭が逆上せそうになっている
と、隣からニヤリと笑って忠告をした治の言葉
を真に受けた美琴は、勢いのいい返事と共に
両手で自分の鼻を抑えた。


『ほんまに出ちゃいそうなくらい、最高
でした。』


最終セットを終えて、互いにやりきった顔を
見せる選手たちを眺めながら、彼女は治に
ぽつりと零す彼女の素直な感想に治は、声を
出して笑っていた。


その試合は、正に最高過ぎたのだ。
何度見ても安定感のある佐久早や、力強く相手
をねじ伏せる牛島、星海の飛躍力も圧巻。


そして、仲間に叫びながら繋いだロメロの姿も
生で見るのは初めてで、木兎も場を盛り上げ
ながら、エースらしい姿を見せてくれた。


もちろん、大好きな先輩はサーブだけでなく
セットも最高で、攻撃が決まった時の表情は、
何度目にしていても、胸は高鳴る。


そして最後の場面、自分の高校生活の3年間に
毎年1月が来れば、必ず目にしていたその2人
の姿のプレイも、昔とはまたレベルの違った
もののはずなのに、何故か芯の部分は変わら
ない気がして。


『ああ、言葉でなんて表現したらええか。』


見事に全て売り終えた後に、台を綺麗に吹き
上げながら、美琴はうっとりとした表情で感動
をしていて、純粋に今回の試合を楽しんでいる
彼女に、うんうんと納得した様子で頷く。


「こっちも連れて来たかいあったわ。」


悪い虫が付かないようにと目くじらを立てて、
正直治の中では疲れる部分もあったのだが、
大好きなスポーツを見ながら、幸せそうに仕事
をしていた彼女のその表情を見ると、彼の口
からは自然とその言葉が出て、ポンと彼女の頭
を優しく叩いた。


『治さんには、ほんま恩返しせんと。』


少しずれた帽子を正しながら美琴は微笑み、治
もその笑顔に癒されて、口元は緩んだ。


「なーに、お返しして貰おうかなー。」


可愛らしい提案を楽しみにしながらそう悩み、
よいしょと台の上に置いていた荷物を片付け
て、なんでも言ってくださいね!と張り切って
いる彼女に、更に目尻は下がる。


そして、荷物を撤去するのに忙しく動き始める
と、彼女は通り道に黒尾に呼び止められた。


「美琴ちゃん、さっきはありがとね。」


そこには何か仕事の話をしていたのだろうか、
日向の姿もあって、彼も彼女の存在にに気が
つくと、手を振ってくれていた。


「相変わらず、百面相が面白いコト。」


どっちも美味しかったよと感想を貰って、
とんでもない差し入れをしてしまったのを思い
出した美琴は、再び羞恥からぼふんと顔が茹だ
ったが、治の作った自慢の商品の感想は嬉し
かったのか、すぐに満面の笑みに切り替わり、
彼女の反応を黒尾は面白って冷静に観察をする。


『こちらこそ、黒尾さんに喜んで貰えて
よかった!』


またお店にも来てくださいね!とそのままその
場から立ち去ろうとすれば、背後から気配を
感じて手を添えられると、抱えていた荷物が
ほんの少しだけ軽くなる。


「こら、仕事中に浮気とは何事や。」


『侑さん!』


「浮気も何も君達も付き合ってないでしょうが。」


黒尾は静かに指摘をしたが、そのまま次の用事
が残っていた彼は、彼の姿を見たら面倒事は
避けようとし、ひらひらと美琴に手を振ると
大変ね、と彼女に哀れみの目を向けて、その場
からは去った。


大きな影を見上げた先には、先程まで感動の
プレイを見せてくれた侑が歯を見せて笑って
いて、久々に彼に会った彼女は嬉しそうに彼の
名を呼んだ。


『侑さん、今回の試合もすっごく感動しま
した!』


「美琴〜!!!」


侑も試合の高揚感がまだ残ったまま、欲しかっ
た言葉を投げ掛けてくれた美琴に感極まって、
今すぐにでも彼女と正面に向かせて思い切り
抱擁を交わしたいのだが、彼女が手に持つ大き
な荷物が、その邪魔をする。


だからといって彼が我慢出来るはずが無く、
彼は周りの目を気にすることなく、背後から
そのままお腹に手を回すと、自分の身に寄せる
のだった。


「あー、美琴やー。」


侑は改めて彼女の存在を実感すると目を細め、
久しぶりに受けるその頬ずりが照れ臭くて、
自分の見知らぬ場所で、時折不思議そうにみる
周りの目が気になってしまう彼女は、ぎゅっと
目を瞑り、いつも以上に拒む姿勢を見せるが、
侑はお構い無しといったところだった。


『侑さん、それは危ないし人目が!』


「ええやんか、美琴不足やし何ならこのまま
持ち帰りたいんやけど。」


『後で皆で牛タン食べる約束しとるやない
ですか!』


「何なら、美琴食べたい。」


いつもに増して饒舌になって行く侑に美琴が
戸惑い、私なんか美味しくないのにと半泣きで
彼に訴えていると、チーム内のストッパーの
佐久早がずかずか と不機嫌そうに、2人の元に
近寄ってきた。


「お前は、いい加減にしろ。」


すると、治もつづいてそれを発見した、お前は
仕事の邪魔をすな!と、佐久早と治の2人で侑を
怒って彼女を解放し、そこからは片付けを全て
済ませた。


「で、このメンバーが揃うってか。」


大きな仕事が一通り済んでほっと一息つけば、
ふてぶてしく頬杖を付けて、2人きりを邪魔され
た侑は口を尖らせ、同じテーブルの向かいに
座る美琴は困った顔を見せながら、彼に笑って
いた。


まだ自分の隣にいれば、侑の機嫌はマシだった
のかもしれないが、試合後の前科で治と佐久早
がそれをさせまいと、彼女の隣をキープ。


それだけではなく自分の傍にいる木兎の更に
1つ隣の姿に、侑の眉間の皺はよりいっそう
深くなる。


『まさか、赤葦さんにまた会えるとは思って
なかったです。』


「担当の人が先に帰って書き上げるらしくて、
予定が空いてしまったんだよね。」


『そうやったんですね。嬉しい。』


「ふふっ、俺も美琴ちゃんにそう言って貰える
と嬉しいよ。」

その人物もまた、彼女や自分の昔の先輩と
ゆっくりと時間が取れたことを喜んで、優しく
美琴に微笑んでいた。


ふわっと嬉しそうに笑う美琴の表情が、尚更
気に要らないのか、引き攣った笑顔を見せる
双子に、珍しく木兎が「滅多に無いメンバーだ
し、楽しも!」と気を使っている、異様な空気。


日向が地元の友人達の元へ会いに行き不在の
為、この日の盛り上げ係は彼しかおらず、佐久早
だけは新鮮と考えながら、マイペースに現況を
見届けた。


夏の事があるからか、警戒心剥き出しの双子
は、赤葦を見る視線が笑顔と裏腹に鋭く、赤葦
は動じないまま、彼女の隣でニコニコと笑顔を
向けたまま。


「赤葦、お前なんかしたわけ?」


「いや、俺は至って普通にさせて貰ってます
けど。」


『佐久早さん用のお皿のも、網に乗せちゃって
も大丈夫ですか?』


「うん。美琴、ありがとう。」


「ほんま、臣くんは美琴には気を許すんやな。」


試合とは違う小さな争いのコングは鳴ったの
か、新たな戦いはここからまた始まろうと
する。


とはいっても、好きな物が同じである彼らは
今日の試合の話題になると自然と盛り上がり、
そこからは酒や名物も口が進んでいった。


一度目その姿を目にしたことがあり、彼女の
異変に気がついたのか、赤葦はお冷を頼んで
美琴の前に置くと、彼女はありがとう
ございますと直ぐにそれを口にした。


「美琴ちゃん、これ飲んで。」


『ありがとうございます。』


同じものを頼んでいつもより濃度の濃いそれに
気がついたのか、彼女が自分でしっかり管理
しているのをわかっていた為、佐久早も彼女の
心配をする。


「美琴、肩貸すけど?」


「元也君、コレ見たらびっくりするんと
ちゃう?」


「美琴、こっちにもたれ。」


『いや、先輩達に甘えっぱなしはあかん
ので。』


「目がとろんってなってる。美琴ちゃんは本当
にお酒弱いんだね、可愛いー。」


『顔赤いですよね?お酒は好きやのに格好
悪い。いつも侑さんと治さんにはこれのせいで
お世話になりっぱなしで…感謝ばっかで。』



呂律が回っていなくて、舌足らずの喋り方で
必死に説明をして、暑さを凌いで手で仰ぐ仕草
に木兎も顔を緩ませ、侑もせやねんと深く頷く。


「宮、その顔止めろ。」


「「いや、どっちも宮やし。」」


きっと2人は同じタイミングで口元を緩ませて
いたのだろう、佐久早がそう文句を吐くと自分 に引き寄せ、美琴はまた呑気にふわりと笑って、
賑やかな空気を楽しんでいた。


『佐久早さんも優しいから大好きです。』


「…臣くんは、何でもうマスクするん?」


「うるせえ。」


「勘違いすんなや、ラブやなくてライクやで?」


「それ、自分も当てはまっている自覚あり
ますか?」


「赤葦、オブラート!!!」


蕩けた彼女の介抱に、戦いの鐘がもう一度鳴り
響く。
それぞれが顔を見合せ、小さな争いはまた始ま
ろうとした。

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