今宵会いましょう


「ほな、帰ります。」


「サム、まさか部屋も一緒とちゃうよな?」


「……それは、ちゃう。」


「お前、今の間はなんやねん。嘘ついとるやろ、
目を逸らすな。」


同じホテルに泊まる予定の治の勝ち誇ったその
顔と彼女を心配して侑も一緒にタクシーに乗り
込んだ光景が記憶に新しく、彼には負けないと
意気込んでいても、どうしようもないこの距離
感は、現実を知らされていた。


あれから2週間はすぐに経ち、東京に帰ってから
はすぐに忙しい時間が、赤葦には待っていた。


次に会う約束は、美琴と直接会っている時には
邪魔者が多すぎて、上手く時間は取れずに終わ
り、それもまた悔しさから心残り。


そして、形だけのアニバーサリー休暇も誕生日
の翌日に一応設定はしていたが、やる事なんて
無い。


寧ろその事すらすっかりと忘れていた赤葦は、
余裕の無い自分が滑稽に見え、自虐混ざりで
彼女に軽く侘しい誕生日かもしれないとメッセ
ージを送れば、予期せぬ事態をそこで招いて
しまっていた。


「美琴ちゃんに会いたかったな」と送ろうとして
いた彼は、寝不足も祟って手を滑らせ予測変換
を誤り、「今すぐ会いに来て欲しい。」と誤送し
てしまい、 そういう時に限って取り消しは効か
ずに、直ぐに既読のマークが付いてしまった。


「あ、まずい、しまった。」


すぐに訂正すればいいものの、どうも今は動揺
して上手く頭が働かずにいて。赤葦は続きの
メッセージを送信しないまま、後悔の言葉だけ
が漏れる。


「え。美琴ちゃん?」


するとあろうことか、美琴からは予想も付かな
かった返信が返ってきて、彼の手は止まって
しまっていた。


『なら、会いに行きますね。』


美琴に迷惑をかけてはいけないとわかっている
はずなのに、その返信を打てないでいるのは、
彼女に本当に会いたい自分がいるからなのか。


そうしていると、また自分宛に仕事の内容確認
の電話が掛かって来て、一先ずのメッセージの
やり取りは中断され、再び連絡を取れた時に
は、彼女は既に新幹線に乗ってしまっていた。


『ぶらり、東京旅行したかったから大丈夫
ですよ。』


明日は学校もバイトも休みだからと、美琴は電話
でそう言って笑っていたが、赤葦は彼女を振り
回したのは自分だと反省し、それと同時に嫌わ
れていないことがわかると、肩の力は自然と
抜けていた。


誕生日だからと職場でも揶揄われ、予定よりは
早く切り上げる事は出来たが、彼女を待たせて
いた為、赤葦は東京駅の夏と同じ場所を待ち
合わせにした。


駆け足で辿り着けば、のんびりと椅子に座って
小説を読んでいる美琴の姿があって、彼の存在
に気が付くと彼女急いで駆け寄り、赤葦の顔を
見上げた。


「本当に、俺は馬鹿な事を…ごめんね。」


『え、あ、赤葦さん!?』


そしてずっと待ってくれていた彼女を見ると、
赤葦は抱きしめずにはいられなくなり、立ち上
がる彼女を自分の腕の中に包んで、目を伏せた。


最初は戸惑い耳まで真っ赤にしていた美琴
も、恥じらいながらも彼の表情をゆっくりと
見上げたら、その顔色を心配して、両手で彼の
頬に添える。


『赤葦さん、ちゃんと寝れてますか?』


「…そうだね、3時間程なら。」


本来なら、ここで素敵なイルミネーションへ
一緒に足を運んだり、オシャレなレストランへ
と案内してみたりと、大人な時間を過ごす予定
なのだろうが、今はとりあえずケーキだけ買う
と、その足が次に向かうのは、赤葦の自宅付近
にあるスーパーだった。


『失礼を承知で言わせてもらおう思うん
やけど、今日は外食はあかんと思います。』


東京駅で、赤葦にはっきりとそう告げた美琴の
目は真っ直ぐ強かった。


こういう所は美琴の先輩でもある稲荷崎の主将
に似てきたなと赤葦は考えながら、カゴを持っ
て野菜と睨めっこをする彼女を頼もしいと思う
自分がいた。


『すいません、なんか突撃で人の家上がり込む
形になってしもうて…。』


「いや、こっちがいきなり呼び出したんだから、
美琴ちゃんは謝らないで。寧ろ、感謝してる。」


買い物袋を持ち、2人で赤葦の家路を辿り
ながら、部屋だけはいつも清潔にしている
自分を赤葦は褒めたかった。


扉を開けて部屋へ美琴を招き入れたら、お客様
は彼女のはずなのに、荷物を置いて台所の道具
の場所を教えれば、赤葦はすぐに座らされて
しまった。


『落ち着かないなら、先にお風呂入っちゃって
ください。』

ふんわりとした笑顔を向けた彼女に誘導される
がまま、久しぶりに湯船に身体をつけて芯まで
温もり、思わず彼からは深い息が漏れてしまっ
ていた。


この後美琴はどうするのだろうか、荷物は持っ
て来ていたのは見えたのだが。


このまま泊まって貰った方が、いや図々しいか
とぐるぐる頭では駆け巡るが、エネルギー不足
の為、今はそれ以上は彼の頭の中には、回ら
ない。


やっと彼の頭が正常に動いた時は、美琴の
手作りの鍋を口にした時で、その美味しさから、
彼の目頭はツンと熱くなっていた。


「これ、すごく美味しい。」


『よかったぁ、お口に合ったみたいで。』


箸が進む赤葦を見て、美琴は安堵の息を漏らす
と彼女も微笑みながら、自分の作った物に箸を
つけた。


『赤葦さんがあんなメッセージ送るのは只事や
ない思っとったから、来てよかったです。』


「美琴ちゃんごめんね、心配かけて。」


『赤葦さんも謝らんといてください。一緒に
誕生日お祝い出来て良かったです。』


もう、寂しくないですよね!と言われてしまう
と胸の奥は締め付けられて、この子と出会えて
本当に良かったと考えながら、赤葦も「美琴
ちゃんのお陰だね。」と優しく目を細める。


『赤葦さん、ハッピーバースデーです。』


「ありがとう、美琴ちゃん。」


食後の誕生日ケーキはこれまた格別で、彼女と
いると彼の気持ちは安らいで、温まった身体に
は十分な条件で、瞼は段々と重たくなる。


『赤葦さん、眠たいですよね?私もそろそろ
御暇しましょうか。』


「美琴ちゃんはこの後どうするの?泊まる所は
大丈夫?」


『今日は近くのネカフェ行くから、大丈夫
です!』


「じゃあ、ここにいて、寝巻きなら貸すから。」


ゆっくりと赤葦の顔が近寄って来て、熱を孕む
その視線に美琴も動けずにいて、胸がどくりと
熱いものが流れてきた。


『赤葦さん…?』


あかん、このまま、もしかして…。


心の準備が整わないまま、ぎゅっと彼女が瞼を
閉じれば、ドサッとその重みは自分の太腿に
落ちていく。


『はぁぁ〜〜、ビックリしたぁ〜。』


力尽きた赤葦は、美琴の上ですやすやと寝息を
立て初め、その距離に耐え切れずにいた彼女は、
両手で顔を押えながら、胸は未だにバクバクと
脈打っていた。


『どうしよう、赤葦さん寝ちゃったし。』


気持ち良さそうに寝ている彼を起こす訳にも
いかず、美琴は彼のお願い通り、とりあえず彼
の言葉通りに甘えることとなり、膝の上で寝て
いる彼をゆっくり動かして、彼女もとりあえず
お風呂は入った。


そして、彼の言葉通りだったのかスエットも
そこには畳まれてあって、寝巻きまで考えて
いなかった彼女はありがたく思いながらそれに
袖を通した。


「えっと、これは。」


その後しばらくして次に目覚めたのは赤葦で、
彼女と食事の記憶はあっても力尽きてからの
記憶が無く、布団は掛かっていたが床の上で
縮こまっている彼女の姿を見て、一先ず固まる。


自分が用意していたスエットも着ていて、そこ に安心をしながら、自分のものを身につけて
くれているのは、どうやら彼には堪らなかった
模様。


「あー、もう、感謝しかないよ。」


とりあえず、風を引かせてなるものかとそのまま
彼女を抱えるとベッドに寝かせ、寝る場所が
1つしかないこの部屋では、仕方の無いことだ
と赤葦は覚悟する。


「ごめんね、お互い風邪引いたら辛いだろう
から。」


彼女に言い聞かせているように見えるが、それ
はこれから理性と戦う羽目になる自分にも言い
聞かせる。


次に目覚めた時も、顔を真っ赤にして目を潤ま
せる姿を見て、悶絶するのは赤葦の方だった。




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