この景色は君と


「それやと、治はアカアシ君て子と治が関節キス
をしとる事になるな。」


「北さん、そこに正論は求めとらんて。」


お米の配達に来てくれた先輩に、先日の愚痴を
投げかけてみれば、彼の動作は一旦停止して、
嫌そうな顔を一瞬だけ見せたら、次に出したの
はその言葉。


自分もお咎めを受けることを覚悟して、治は
吐かずにはいられないモヤモヤを北に向けれ
ば、想像もしなかった冷静な返事に、そして
想像もしたくない状況把握に、治は顔を歪ませ
ていた。


「どっちにしろ、選ぶんは美琴や。俺らがどう
こう言う問題とちゃう。」


「そこは、俺かてちゃんとわかっとります。」


本当は北だって妬いているはずなのに、いつも
と変わらない態度で、焦りを見せない所が既に
彼にはどうしても負けた気分になってしまうの
か、治は彼とは違い、そう答えた彼は拗ねた顔
を見せる。


『あ、北さんや!お久しぶりですね。』


「美琴おかえり。すれ違っとったからしばらく
会えんかったな。」


この話題からはもう逸らした方がいいと治が
考えていると、引き戸がゆっくりと開ぎ、彼ら
の話題に出た人物の登場に、会話はありがたい
事にも中断。


「会えんかったて、1週間くらいとちゃい
ますか?」


美琴が東京へ足を運んでから彼女と会えていな
かった北に治はそう水を差し、北はそれを聞か
ないふりをして、大きくなったなと冗談を言い
ながら美琴の頭をわしわしと撫で、彼女もその
期間じゃ変わりませんと楽しそうに笑い出した。


「聞く耳持たんってか。」


自分の言葉の無視をして、優しい視線を送って
いる北を見れば、自分もきっと同じ反応を見せる
だろうと、それ以上は治も何も言わずに、自分
の作業へ戻ろうとする。


すると、冷蔵庫に貼ってあった今月のシフト表
が視界に入って、そういえばとふと思い返す
ようにそこに目を通すと、本日美琴は休み扱い
となっていた為、彼はおよ?と首を傾げて美琴
の名前を呼んだ。


「美琴、今日休みとちゃう?」


『ん、休みです?ちょっと待ってくださいね… ってホンマや。今日は私、お休みでしたね。』


治に指摘を受けると、美琴は一瞬きょとんとした
顔をして、自分の手元にあるスケジュール
を確認すると、自分の失態を恥ずかしそうに額
に手を当てたので、不注意は心配だが、そそっ
かしい彼女を不覚にも治は可愛らしいと思って
しまった。


「美琴、よう休みに間違えてここ来るな。」


『治さんのおにぎりが恋しいんですかね。』


「しゃあないな、じゃあここで食べて帰り。」


高校時代から割としっかりしていて、なかなか
仕事でのミスが少ない彼女が、何故かここの
バイトがあると勘違いをして来店する事を北は
不思議に思い、治は彼女のその返事が嬉しくて
仕方ないと言った様子で、彼女をカウンターに
座らせた。


『治さんのお言葉に甘えていただきます。』


「美琴、ここで食べた後は用事は無いんか?」


『はい、丸々空いてます。』


「せやったら、もう1件用事済ませたらまた
迎えに行くからここで待っとき?」


「迎えに行く距離です?」


今日はよく彼にスルーされてしまう日なのだろ
うか。
治の質問をまた聞くことなく、ポンッとまた
美琴の頭を叩くと彼はそのまま店を後にして、
再び戻って彼女が食べ終わる絶妙なタイミング で、北は彼女を迎えに来た。


「なんや、嫌な予感するから帰そうかと思うた
のに。」


治は、何となく彼が美琴と出掛けようとしていた
のが想像付いたのか、「じゃあ、行くで?」と彼女 に声を掛ける北を見て、治は顔を引き攣らせた。


「その格好は寒いやろうから、1回美琴の家に
寄るな?到着する頃には、いい感じに日は沈み
そうやし。」


『何処に行く予定ですか?』


「ふふっ、内緒や。」


北と一緒に軽トラに乗り込んで、家路に一旦
付くと、彼の指示通り厚手のアウターに袖を
通して、北の家の方向でもない、いつもとは
違うルートに美琴も疑問を抱き、企むその表情
は彼らしくない、珍しい顔を見た気がした。


そこから約40分程車に揺られてほんの少し
だけ見覚えのある山道を上って、公園のゲート
を通り過ぎると、車を降りてこれから見る光景
が何か分かった美琴は、北の顔をすぐに見上げ
ていた。


「美琴、おいで。」


戸惑う美琴を躊躇う素振りも見せずに北は彼女
の手を繋ぎ、そのまま彼女を連れて壮大な光の
世界へ足を運ばせた。


『わぁ…、凄い!!!』


「ええ反応してくれるな。」


駅前や東京の街並みに飾られた装飾とはまた
違う、果てしなく続く山々に瞬く煌めきに、
美琴は感動のため息を漏らし、北は彼女のその
姿を満足そうに笑顔を向けた。


「ルミナリエもええかもしれんけど、俺は
こっちのが好きやな。」


『北さん、こんな素敵な場所に私なんかと
来て良かったんですか?』


「美琴とやから、来たかったんやて。」


あまりにも素敵過ぎる光景に、謙虚な後輩は
自分と来た事を勿体ないと捉えてしまったの
か、相手が自分である事を申し訳無さそうに
して、眉を八の字にする。


そんな彼女の発言も、北の中では想定内だった
のか、彼はすぐに否定して、自分もその一面に
広がっているイルミネーションを楽しみ、彼女
を自分の元に引き寄せた。


「侑の言葉を借りたら、俺も美琴不足って事
やな。」


『私不足?』


治の愚痴を振り返り、それがどうも平然を装っ
ていても心中納得いかなかった北は、彼女の
下がった眉の間に自分の唇を落として、不意
打ちの北の大胆な行動に、一気に茹でダコ状態
になる美琴に微笑みかける。


『え、ちょっと、北さん…!?』


「美琴のその顔を見たら、つい動いてしもうた。」


先日どこかで聞いたとある先輩と似た台詞に、
美琴はまた揶揄う!と怒り出して、北はまた
ふふっと彼女にしか見せない、いつもの子供っ
ぽい笑顔を向けながら歩き出した。


「これからなのに、怒った顔で回るんは勿体
無いで?」


『せやけど北さん、いきなりなんですもん!』


「ははっ、すまんて。」


百面相の彼女を面白がって、そう言い出し、
内心は鼓動が早くなる胸の音を落ち着かせよう
と、深い息をゆっくりと吐く。


せめて彼女が勉強に集中しなければならない
今は、卒業までは、残りも僅かだろうから。


後輩や自分の未知の人物との縮まる距離に焦り
を感じないといったら、それは嘘になる。


でも、彼女の将来を邪魔しない為にもと自分に
そう言い聞かせ、彼は彼女に気持ちを伝えたい
という欲を必死に押さえ込んだ。


『北さん、ありがとうございます。』


「美琴のその顔見たら、今は充分や。」


『北さんのトラックは、魔法の馬車や。』


「ほんま、嬉しいこと言うてくれる。」


安心しきって柔らかく笑う彼女を目の前にする
と、今はまだ、優しい先輩であり続ける事を
彼は心の中だけで誓った。




back
top