試合後の距離感


「ツムツム、さっきの約束忘れてないよな?」


「当たり前やろ、ぼっくん。」


有言実行、侑が無理矢理な体勢から木兎に向け
て上げると、見事にインナースパイクを決め、
表情を歪ませた角名に満足そうに笑えば、次は
敵チームにいる美琴の方向を2人がちらっと
視線を向ける。


「ほら、美琴ちゃんもうずうずしてる!」


「今日は、ビームは打てへんよなー。」


してやったりと意地悪な笑顔を後輩に向けて、
自分達のファンからお馴染みのビームを送られ
て、普段は恥ずかしいといって乗らない侑も
この度だけは、珍しく木兎と一緒にその空気に
乗る。


『ううっ、2人が意地悪しよるっ!』


その意地悪な笑みはしっかりと美琴に届いて
いて、妙に悔しくなった彼女は釣られてなる
ものかと、ぐっと人差し指を出すのを堪え、
握り拳を作っていた。


「いや、彼女がいて絶好調なのはそっちだけじゃ
ないでしょ。」


ハイテンションの2人とは真逆に、至って今は
冷静。
いざ美琴を目の前にすれば破壊力は凄まじく、
角名は試合前までは動揺の方が勝っていたが、
会場に立ってしまえば、念願の姿で自分のいる
チームを見守ってくれると実感して、そこから
はただ好調だった。


『わぁ…っ、さすがや!』


ブロックする相手を惑わせて、予想も付かない
位置に狙って決めた角名に、美琴は感動の声を
上げて興奮から口元を押えると、振り返る角名
が彼女に微笑んだ気がした。


そこからどんどん角名の調子は上がっていき、
今回の試合は、彼の絶妙なファインプレーが
続き、侑達も負けじと粘りを見せ、盛り上がり
は最高潮に達した所で、EJPの勝利で試合は終了
となる。


もっと続けて欲しかった、終わってしまった
ことが名残惜しい。


高揚感と寂しい気持ちとが混ざった美琴は、角名
の前に再び現れた時には泣きそうな顔になって
いて、角名は、なんとも言えない目をする美琴
に、声を出して笑っていた。


「美琴、なんて顔してんだよ。」


『やって、皆さん素敵すぎたんですもん。
終わってしまったのが嫌やぁ。』


「ありがと。また次も負けないから、見に
来て。」


試合に勝ったこの時だけは角名も躊躇う素振り
もなく堂々としていて、くしゃりと彼女の頭を
撫でて、応援してくれていた彼女に、感謝の
言葉を伝える。


すると慣れない彼の積極的な態度に、美琴の方が
恥じらいを感じているのか、目を泳がせながら
顔を伏せ始めて、角名が満足そうに優しく目を
細める。


「勝った時の美琴の笑顔って、何度見ても飽き
ないね。」

角名のその言葉に、美琴も懐かしさが込み上が
って、顔を上げた。
それは学生時代にも、勝利を掴んだ時に味わった
ことのあるものだった。


彼女もふと、こんな体験を2、3度経験した事
をその時、思い出してしまった。
試合前の目を合わせてくれない不安を一気に
取り除く、その微笑みと言葉。


『ちゃんと、角名先輩や。』


「はい、角名先輩です。」


普段と立場が逆転している会話がおかしくなっ
て、ふふっと彼女が笑い声を溢すと、その音に
敏感な佐久早は、ふとその音の方向に視線を
向けた。


「おい宮、アレ見逃すのかよ…?」


「ん?…アレ?」


「美琴がムカつくくらい、笑ってる。」

「って、アカーン!!!」


今回ばかりは仕方がないと、潔く負けを認めて
いた侑は、試合後にファンサービスを終えた所
で佐久早に声をかけられ、彼が指さす方向へと
視線を向けていた。


ぐっと佐久早の眉間の皺は深く入り、侑も
目一杯に目を見開く。


「それは、認めてへんからなっ!!!」


「お前は、試合と態度コロッと変わりすぎや!」


テンションが上がりきっている角名は、照れ
臭さは何処かに飛んでしまっていて、身を屈め
た体勢で、美琴の瞳をしっかりと捉えていた。


傍から見たら、ファンに感動して震えている
女の子一人に、それを面白がってファンサービ
スをおまけする選手。

しかし、二人の関係性をよく知る侑は許すはず
無く、怒声はいつの間にか侑とは別にもう1つ
加勢されていく。


片付けを済ませていた治もその光景が視界に
入ったのかハッと驚いた視線 を向け、店番を
バイトの人間に託すと、角名と美琴の元へ駆け
寄ったタイミングはまさに同時だった。


侑が肩をガシッと掴んで、角名をわさわさと
激しく揺らし、その間に治は美琴の手を引いて
避難させる。


『ああ、治さん!せっかく角名先輩が目を見て
話してくれとるのに。』


「美琴あかん…。あのテンションやと、あの
まま美琴が食われてしまう。」


危機感の全く無い後輩は、心開く先輩の貴重な
姿が惜しいと感じるのか、嘆き声を上げながら
治に手を引かれ、彼女から引き離された角名は、
たまにはいいじゃんと不服そうに舌打ちをして
いた。


「この調子のままなら、美琴とデート出来る
かもしれないのに。」

「させへん、今日は俺の家直行予定や!!!」

「だから、それもさせるわけないじゃん。
それなら俺が部屋に呼ぶし。」


内容が内容なので、段々と小声で交わすこの
二人の言い合いも、数時間が経過すれば角名が
元に戻ってしまって、羞恥から雪崩込むのも侑
には想定内なのか、できるもんならやってみい
と叫び声を上げ始める。


「侑、喧しいわ。」


まさか、嘘でしょ。まさか、嘘やん。


賑やかな声がぴたりと止まり、2人の言い合い
の間でひんやりとしたご無沙汰な声色に、
ぎこちなく首だけが揃って、動き出した。


「北さん、何でここに?」


「来とったんですか?」


「2人揃うなんて、なかなか無いから見に
来とったけど、お前らもほんま変わらんな。」


どこから聞いてた、いつから聞いてた?


ぐるぐると二人は頭の中で自分達の会話を振り
返り、言葉を詰まらせていると、北の深い呆れ
た溜め息は、二人に向けられて吐かれた。


「気持ちはわからん事もないけど、ここは公共の
場やろ。見失わんとそれは心の中にしまっとけ。」


「「はい、すんません。…って、え?」」


いつもの癖で、元主将の前で深々と頭を下げた
彼らは、思わぬ北の発言に驚いて顔を上げれば、
彼に尋ねる前に、北は背を向けて、美琴の方向
へと歩き出していた。


「わからんことも無い、言うた?」


「多分、間違いなく言った。」


「北さん、言うことが変わってきたよな?」


角名と侑が、先程の彼の吐いた言葉を確認し
合っていると、彼はもう美琴の元へ到着して
おり、楽しそうに会話を交わしていて、彼が
いることに美琴も嬉しそうに笑顔を見せる。


彼女に向けるその表情はいつも通りで、疚しさ
相変わらず見えずで、角名と侑は彼の発言を
やはり不思議だと思いながら、首を傾げていた。


「美琴。今日は男の人は皆狼やから、気を付けや。」


『それやと、治さんや北さんも?』


「俺は違うから安心しとき。」


「がおっ。」


「いや、何で北さんがそのポーズでノリノリ
なんですか。」


『ふふっ、今日の北さん面白いです。』


「「北さんが気になりすぎて全然笑えん。」」




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