「美琴、お湯熱うないか?」
『全然、余裕です!』
仕事納めも店内の大掃除も済ませ、年末休みが
入ると直ぐに卒業してから毎年恒例行事の北家
で行われる餅つきが今年も開催され、すっかり
杵取り役が馴染んでしまった美琴は、北にお湯
加減を心配され、OKサインを出していた。
大事な手を傷つけないように、つき手側に侑
がいて杵を手に持ち、治は米の蒸し係、北は
色々な準備に回りながら、侑とも交代で杵を
持つ。
もちろん、銀島も呼ばれてつき手には参加。
餅を丸める側には、北の祖母や近所の人が
ちゃんとスタンバイをしていて、チームワーク
が万全の状態で楽しくそれは始まった。
「侑、丁寧に潰しいや?最初が肝心やから。」
防寒対策はバッチリで、美琴は侑に見本を見せ
る為に北が説明をしながら、もち米を潰して
いく姿を楽しそうに見守った。
『北さん、さすが慣れてますよね。』
「美琴も慣れてきとるやん。」
『いやいや、私はまだまだですよ。』
いい頃合になった所で美琴は北に呼ばれ、そこ
からはお似合いだと認めたくないが、息が
ピッタリの見応えのある光景に、思わず感心
の声を上げた。
「言うとくけど、俺とも相性ええから。」
「あ?俺かて感覚掴んだら変わらんわ!」
『ふふっ、お2人がやっても息ピッタリでした
よね?ほら、公園であった餅つき大会!』
そんな2人の手捌きを見て、張り合う形で治が
言い切り、侑も負けずと言い返し、美琴はこの
道具を目にしたら、高校時代の記憶が蘇るのか
柔らかく微笑んだ。
「懐かしい、そんな事もあったあった!」
思い出話に盛り上がりながら、次へ次へと餅を
つき、その間、おば様たちの丸める係も美琴
は手伝って、そこでも楽しく話は盛り上がる。
「いやー、美琴ちゃん達おったら今年も楽しい
わぁ。」
「この歳になると、杵取りはどうも腰がねえ。
美琴ちゃんおって、助かるわ。」
『お役に立てて、光栄です!』
「美琴ちゃん、ほら口開けて。」
『んっ、これチョコレートですか?』
「つきたての時しか、味わえんからね。」
『美味しい!』
美琴が手を動かしていると、餅に挟んだチョコ
レートを口に放り込まれ、その甘さに顔が蕩ける。
丸め終えると木箱に入れて、再び北達のいる場
へと戻っていると、その間に次のもち米がどう やら蒸し上がっていたようで、北が今度は杵取
りに回っていた。
その間に先程つき手にいた治に、美琴も近所の
人が食べさせてくれたそれを治の口に放り込む。
「あかん、これは別意味プレッシャーや。」
「俺、次美琴とするから良かった。」
「サム、お前ズルいやろ!何そこで美琴と
イチャイチャしとんねん。」
「あ?さっきから米運んだり、お前より動きっ
ぱなしじゃ!腹も減るっちゅうに!」
侑が北の無言の圧力に震えながら杵を握り、
銀島は2人のなんともいえない空気に、安堵の
息を漏らし、侑は治に怒りの声を叫びながらも、
手は止めずに動かしていた。
『侑さんにも、次出来たら持っていきます
からね。』
「約束やで、ちゃんとアーンも付けてな。」
「侑、もうちょっとゆっくり。」
「はい、スンマセン!」
「おー、やっとるやっとる!」
「美琴、割烹着似合うな。」
すると、用事が済んで遅れてやって来た赤木と
大耳が差し入れを持って、赤木は侑と北のペア
を目に すると声を出して笑い、大耳は北の祖母
から借りた美琴の姿に、そう感想を述べていた。
『ありがとうございます。』
「角名が見たら、またうるさそうやな。」
大耳が可愛らしいといった褒め言葉も加えて、
その言葉が照臭い美琴がむずむずと口元を動か
すと、その仕草も可愛ええなと赤木も言い出し
て、次に吐いたのは、その姿を一番見たがるで
あろう、後輩の名前だった。
「美琴、出来たから運んで!」
『わかりました!』
「相変わらず、動くん早いなー。」
ボールを持って、出来上がった餅を捏ねる側に
運び、すぐに全て丸め終えたら、侑の約束通り
に彼女は彼の口元にもチョコレートを挟んで、
持ってきた。
「んー、美琴これ最高。」
「侑ばっかずるいな、俺も。」
「は?…信介が口開けて甘えとる。」
『ふふっ、そう思うて北さんの分もあります。』
思わぬ人物のその行動に3人だけではなく、
双子も目を見開いて、今まで見たことの無い 「あ。」と口を開けて待つ北に驚くと、美琴だけは
驚くこと無く微笑んで、彼にも餅を差し出す。
「美琴のおかげで、美味さが5割増しやな。」
『もう、北さんはお上手ですね。』
予想持つかなった珍しい彼をつい写真に収めた くなった銀島は、そのままこの場にはいない
尾白に送ろうとしたら、謝って角名にその画像
を誤送。
しもうた。と小さく嘆く銀島の横で、赤木は
心配になったのか、角名の反応を尋ねていた。
「角名は今実家におるんやろ?」
「いや、もうメッセージは既にうるさい
ですわ。」
そして赤木の予想通り、角名からの通知は
止まらずで、「今の何?」「情報詳しく。」と何通
も銀島宛に来て、彼はスマホを片手にげんなり
とした顔をする。
「まあ、そうなるわな。」
「こんだけ楽しそうにしとったら、アイツも
来たかったやろな。」
銀島のうんざりとした声は、美琴の耳にも
届いた模様で、彼女も彼の表情に心配になった のか、彼らの元に近寄った。
『先輩達、どうしました?』
「いや、何でもないで。ここに来れんで角名が
臍曲げとるだけやから。」
心配をかけまいと大耳が答えれば、美琴もその名
を聞くと、しょんぼりと寂しそうに笑い、その 姿を見せてやりたいと先輩達は思ってしまった。
『私も角名さんも一緒やったら楽しかったと
思います。でも、御家族に会うのも大事です
しね。』
この前だって会えたけど、また会いたかった
ですねと角名が耳にしたら卒倒しそうな言葉も 出して、角名の代わりに抱擁してしまおうかと、
赤木の頭に余計なお節介が浮かんだところで、
銀島のスマホから、妙に荒い息が聞こえてきた。
「銀、お前のスマホから変な音するで?」
「え?って、これテレビ電話になってますわ!
角名、怖いからその息止めろや!」
ホラー地味たその音に赤木が怪訝な顔を見せ、
銀島もそれに怯えながら恐る恐る画面に目を
向ければ、片手で口元を押さえている角名の
姿。
先程の美琴の言った言葉が聞こえていたらしく、
堪らなくなって、体は喜びから震えていた。
「美琴からそんなこと言われたら嬉しくて、
しゃあないわな。」
その一通りを見ていた大耳も、角名の反応に
納得してうんうんと頷けば、美琴も角名とテレビ
電話が繋がっている事に気がついて、銀島の隣
でスマホを覗いて、嬉しそうにひらひらと手を 振り始める。
『角名先輩、来年また会いましょうね。』
「うん、絶対に。」
いざ美琴が登場すれば、今年の最後までみっと
もない姿を見せたくなかったのか、平常心を
装って会話をし、カメラ目線だと彼女と目を
合わせずに済むので、ありがたいと思う。
「角名、残念やったな。」「今日の美琴も可愛いで?」
まったりとした優しい空間は時間に限りかあり、
微笑ましいやり取りを見守っている人間もいれ
ば、つい容赦なく邪魔をしてしまう人間もそこ にはいて、へにゃりと笑う美琴を見逃さない
双子は、彼女の後ろにぴっとり頬を寄せ、角名
に見せつけた。
「あ?」
癒しの画面から腹の立つ画面に切り替わり、
自然と角名も低い声が漏れて出て、美琴は
いきなり2人の顔が近づいて、一気に体温は
上昇していた。
『ちょ、2人とも何するんですか!』
「んー?角名に美琴と仲良しなん見せつけ
たろうと思うて。」
「角名も俺らの顔も見たいやろうし。」
「いや、一気に萎えたから。」
わざと侑がそのままリップ音を立てて、彼女の
頬に唇を寄せ、それは治も「お前それは反則
やろ!」と怒り出し、角名も「侑、ふざけんな。」
と画面越しから怒りの声を上げる。
ぐるぐると頭の中がパニック状態の美琴は、治に
身体を支えられていた。
「そんなに元気なら、最後までお前らが
つくか?」
そして徐々に騒がしくなれば、北も間にやって
きて、ぴしりと冷たく言い放つ言葉で、喧嘩は
中断。
「なんや、今年も最後まで元気やなあ。」
最後には尾白もその場にやって来て、侑が餅米
を必死に潰している時に現れ、先程の騒動で
呆れていた同級生とは真逆に、楽しそうに
笑っていた。
「確かに、何とかは風邪引かん言うしな。」
『ふふっ。』
「あ、美琴。今笑うたな?」
尾白に同意して、赤木がぽつりと吐いた言葉に
美琴が吹き出すと、治は遠慮のない後輩を
優しく小突く。
今年もこうして賑やかに餅つきは終わりを迎え、
これから忘年会という名の賑やかな催しかまだ
続く。
「信介、美琴が困っとるからさらに乗せるのやめえ!」
「久しぶりに見たわ、アラン君が止めるの。」
「美琴がいっぱい動いてくれたから、北さんも
何かしてやりたいんやろな。」