「美琴、例のブツは大丈夫そうか?」
『安心してください、バッチリです。』
年が明け、仕事始めを迎え、正月の怠けモード
からすっかりと切り替わっていた美琴は、本日
楽しみにしていたイベントの為に、とあるもの
の準備担当で、厨房では治と少々怪しい会話を
繰り広げていた。
店が落ち着いたところで、店の神棚に飾って
いたとある物を下ろし、美琴が丁寧にふきんで
拭き上げたら、次の力仕事は治の出番。
一応、手を合わせた後に、あらかじめ用意して
おいた金槌で、昨年作った鏡餅を開いていく。
「意外とコレ、堅いな。」
『でも、治さん力持ちやから早いですよ!』
程よいサイズの欠片になっていく餅を美琴は嬉し
そうに見つめて、それを見守る他のスタッフ達
も楽しそうに眺めていた。
「結構、量がありそうやな。」
『皆で食べきれますかね?』
「少しだけ、おかきも作ろうか?」
『最高やけど、太りそうですね。』
美琴が大切そうに念入りに準備をしていたのは
彼女の好きなお汁粉で、治もこれは彼女の味の
方が好きだと美琴に任せていた。
ずっと店に置いていた鏡餅を客に出す訳にも
いかず、今回はまかないとして皆でたいらげよう
としていたのだが、昨年張り切ってついた鏡餅
を大きめに作り過ぎていた模様。
なので、治がそんなメニュー追加の提案をして
みたりすると、それが魅力的だが正月食べ過ぎ
て体重が少し気になっている美琴が頭を抱える。
『こういうのって、ちゃんと食べきらんと
アカンのですよね?』
「せやで?美琴、気にせんでええからしっかり
食べとき。いつも俺よりは食うとらんやろ。」
『治さんこそ、食べても全然変わらんやない
ですか。』
治の発言に美琴は納得出来ずで、自然と視線は
彼の腹部に向けており、バレーを辞めてある
程度の年月が経過しても、しっかりと締まって
いるその部分が羨ましくなって、彼女はつんと
無意識に指でつついていた。
「いやん、美琴のえっち。」
『…うん?…はっ、いや、その!!?』
ポツリとふざけて発した治の一言に、彼女も
我に返って、わざとらしくお腹を押さえた治を
見上げ、顔は徐々に赤みを増し、治はその反応
を久々だと楽しんでいた。
『わー、治さんすみません!めっちゃ私
セクハラしとるやないですか!?』
「んー、こんなんセクハラのうちに入らんやろ。
ただのスキンシップやん。」
必死に頭を下げる美琴とは反対に、治は彼女に
触れられて上機嫌で、にこにこと満足そうな
笑顔を美琴に向けながら、肩をポンポンと叩き
始める。
「なんなら、実物も見とく?」
『大丈夫です!…もう、治さんが久しぶりに
意地悪や。』
「今年もあの二人は仲良しやな。」
おまけに一言治が付け加えて、美琴が羞恥で
嘆いた声を上げたら彼は楽しかったのか、笑い
ながら作業に戻り、周りにいた人間は、彼らの
やり取りが今年も変わらずだと温かく見守って
いた。
『今日の治さん、ちょっと侑さんみたい
です。』
「あかん。それ、地味に一番傷付くわ。…てか、 その名前出されたら来そうやな。」
こういう日に限って。
年末からしばらく美琴と顔を合わせていない
アイツはそろそろここに現れるだろう。
休み中に1月のスケジュールを聞いてもない
のに、わざわざ自分に丁寧に侑が伝えていた事
を思い出して、治が顔を歪ませてみれば、嫌な
予感は的中してしまう、何とも嬉しくない双子
の勘。
『来てくれますかね?』
治の言葉の続きを読み、目をきらきらと無邪気
に輝かせている美琴を見るのは治にとって複雑
な気持ち。
「せやな、アイツのことやから来そうやな。」
美琴の前では嫌そうな顔は見せないようにして、
今は美味しそうにお汁粉を口にする彼女を眺め
る事に幸せを感じる。
『治さんも味見してくれますか?』
そして、これもまた無意識な行動なのか、彼女
は治にお椀を差し出して、その味が不安なのか
餅をふーっと冷ましながら、彼に箸を近づける。
「…世界で一番、美味いかもしれん。」
『もう、言い過ぎですよ。これやと優し過ぎる
んか、意地悪なんかもう分からへん。』
「俺は、優しい先輩のつもりなんやけどなー。」
『ふふっ、分かってますけど。』
口にしているこの時間が休憩中で良かった。
そして、店の中で良かった。
これが二人きりだったら思い切り抱き締めて
いたと治は脳裏にそんなことを考えながら、
可愛すぎると感じてしまう後輩の行為に目尻を
下げる。
『治さんの食べてる時のその幸せそうな顔
見るの、好きです。』
「美琴のその言葉、そっくりそのまま返したる。」
美琴に癒されている時は驚く程に過ぎるのが
早く、再び営業に戻れば辺りはすっかりと暗く
なる。
昼に感じた予感は外れて欲しいのに、当たって
欲しくもない予想ばかりがいつも当たって、
彼女が小さな鍋に分けて残したお汁粉は、もう
数時間後に自分の片割れに取られてしまう予定。
暖簾を彼女が仕舞おうとした時に、またその
人物は登場するとすぐに彼女を抱き締め、治を
苛立たせた。
「この感じも、ええ香りも、久しぶりやなあ。」
『侑さん、お願いやからそこで喋らんといて
ください。』
「んー?でも、美琴はドキドキしてくれるやろ?」
「おい、美琴に何しとんねん。」
なかなか戻ってこない美琴を心配すれば、目
の前で嫌な抱擁を交わそうとする侑を治は睨ん
で、侑も「少しぐらいええやろ」と悪態をつく。
美琴不足だと訴える今日の侑は、なかなか帰っ
てはくれないだろう。
それは3日彼女に会えていなかった治も、辛か ったのだから安易に想像がつく。
「ツムははよ帰れ。」
「まだ何も食っとらんやろ!美琴手作りのお汁粉
飲むまで帰らへんからな。」
「あ?なんでお前が知っとんねん!」
「お前の顔に書いとる。」
「は?」
『ちゃいますよ。侑さんからここに来る
メッセージが来とったから私が教えたんです。』
カウンターに座った侑に治は辛辣な言葉を投げ
かけると、侑からの思わぬ発言に治が目を丸く
させ、お茶を運んだ美琴がそう説明をした。
美琴の優しい所は、もちろん治の好きな部分
だが、優し過ぎるのはたまにキズ。
美琴は優しいもんなーと治が引き攣らせた笑顔
を見せたら、侑は勝ち誇った顔でニヤリと嫌な
笑みを治に向け、でも今日はまだ治の心に余裕
があった。
「その話聞いたら、お前がだらしない顔しとる
んが目に浮かんだわ。」
「さっきのお前よりだらしない顔しとらんわ。」
治程ではないが彼もまたこういう勘が鋭い時が
あり、侑もまた、自分の中の嫌な予感が的中
したのか、顔を顰めるとお茶を啜る。
しかし彼女の作ったそれを口にすれば、侑も
表情は和らぎ、それに喜ぶのは美琴だけだった。
「そこまで同じ顔せんでもええやろ、腹立つ。」
『ちょっと、自分に自信が付きました!』
「美琴のこの味、最高やから。」