引退したにも関わらず、会う機会が部へ遊びに
行く双子達と違って愕然と減ったにも関わらず、
その日を迎えた時、彼女は角名の前に現れて
いた。
小さな紙袋を持って、自分の為に用意してくれ
たそれを彼が気に入るか不安だったのか、表情
は少し緊張気味。
可愛い後輩からなら、何を貰っても嬉しい角名
は感極まっているのか、目を見開いたまま石化
していて、向き合ったまま二人は揃って硬直
状態。
「あー!アイツら見ようたらイライラするわ。
美琴がビビって固まってしもうとるやん。」
「アカン、もう我慢ならへん。」
「せっかくの誕生日やから、大目に見たる言う
たんは治やんか!」
それを侑、治、銀島と角名の同級生達はもど
かしそうに見守って、彼女がプレゼントを渡す
事だけを許そうとしていたらしく、それ以上の
発展は阻止してやろうとスタンバイ。
しかし既に双子は耐えきれなくなっていて、
こういった時に仲裁の立場に回りがちな銀島が
双子を説得する。
『先輩、お誕生日おめでとうございます。』
美琴が彼の目を真っ直ぐ見て祝いの言葉を伝え
て角名がやっと手を伸ばして、彼女にお礼を
言った時の安心して柔らかく微笑んだその表情
は、今でも彼は忘れない。
初めて、自分の為だけに準備してくれたそれを
彼は大切そうに握り締める。
ゆっくりと彼が瞼を開ければ、そこに美琴の姿
は無く、自宅の見慣れた天井だけだった。
「…またかよ。」
ここ最近、場面は違えど何度も何度も目にする
彼女の夢。
この夢は会いたいという自分の欲なのか、記憶
の整理からなのか。
スマホで日付を確認すると、美琴の発した言葉
の通り自分が生まれた日を数字は示していた。
現実じゃない、夢の中の彼女の笑顔ももちろん
最高だった。
でも、出来るなら本物の彼女の笑顔を見たい。
現在、兵庫にいる美琴と静岡にいる角名とでは、
叶わぬ願いなので、クリスマスにあの姿を目に
しただけでも幸運だったと、願望は自分の心の
中だけにしまっておく。
本音は色々な姿を目に収めている治達や先輩方 は気に入らないと、今日もこうして、彼の一日
は始まろうとしていた。
誕生日も関係無く、その日も角名は試合だった。
毎年連絡をくれていた後輩は何故か今年だけ、
連絡はまだ何も来ていなくて、その寂しさを
吹き飛ばす気持ちで攻撃にのめり込めば、
あっという間に試合は勝利で終わりを迎えた。
今日は、忙しい日だったんだろうね。
試合後も何も反応が無かった画面を見つめ、
学業に仕事に真面目な彼女だからこそ、そんな
時だってあるだろうと、着替え終えた彼は
スマホをそっと暗い画面に戻す。
会いたいと願っていた分、彼のため息は余計に 深く、この距離にもどかしさを感じてしまって
いた。
今日はこのまま大人しく家で過ごそうと決意し、
いつもより豪華な夕飯をテイクアウトしようと、
角名は心の中で予定を立て、彼女の連絡は諦め
ようとしたその時、彼のスマホは振動し始め、
動きが思わず止まる。
『角名先輩、お疲れ様です。いきなりで
ほんま に申し訳無いんですけど、お時間は
ありますか!?』
その声は、ずっと彼が待っていたものだった。
「…美琴、どうしたの?」
電話越しでも美琴は息を切らしている様子が
分かり、今は兵庫にいるはずの彼女は、今から
自分に会おうとしている。
「時間、大丈夫なの?」
『ちゃいます、今試合会場に来とって…。』
美琴の姿は、今回の試合会場には無かった。
なので、角名は彼女の言っている事が理解出来 ないまま、とりあえず電話で彼女を自分に会え る場所に誘導し、裏口から美琴と待ち合わせる。
誰かに騙されているかもしれないと、彼は半分
疑いながら、でも急いで向かって、恐る恐る
様子を伺うと、そこにはちゃんと美琴の姿が
あった。
「本当だ、ちゃんと美琴だ。」
『はい、美琴なんです。』
美琴は角名の顔を見て、安堵の表情を一瞬だけ
見せていたが、すぐに悲しそうな顔に変わって いた。
…というよりも、彼に会う前に既に泣いている。
何故彼女がそのような顔をしているのか、理由 が分からないまま、角名は彼女の元に近寄ると、
その涙を拭い、頬は冷たくなっていた。
「美琴、冷たっ!何でそんな事になってんだよ。」
『先輩の試合もちゃんと見る予定やったんです けど、間に合わへんかった。』
彼の顔を見たら、また美琴の涙腺は緩んでしまっ
たのか、鼻を啜りながら悔しそうに説明するの は、自分がここにいる理由。
『こんなんで泣くの、ほんまアホやと思うん
ですけど。』
学校が終わって、試合に間に合わせて向かう
予定が、大学内や移動中に色々なトラブルに
巻き込まれ、慣れない土地で迷ったのもあって、
彼女がここに辿り着いたのは試合終了の観客も
落ち着く時間帯。
角名の時間を邪魔しないように、試合後の差し
入れとして直接渡す予定が渡せなかったので、
ダメ元で彼に連絡を入れたらしく、無事間に
合って安堵の気持ちと彼の試合が見れなかった
悔しさから、溢れるものを我慢出来なかった。
「美琴は、本当に大忙しだったんだね。」
『恩返ししたかったから、試合の時に驚かせ
よう思っとったんですけど、かえってご迷惑
かける形になってしもうて、ほんまにごめん
なさい。』
今日は一段と冷え込んでいたから、寒さの中
だときっと心細かったのだろう。
彼は、彼女の頬についたチークが自分がプレゼ
ントしたものだと一目で分かった。
それを大切に使ってくれている分かると、余計
に胸は締め付けられる。
美琴の真面目過ぎな性格を角名もよく知って
いる。
必死になる美琴を目に浮かべた角名は、自分
の為にこんなにもと嬉しさから目を細め、冷え
きった彼女の身体を温めたくて、抱き締める。
「謝らないで、凄く嬉しかったから。」
今は彼女と2人きり、愛しさは更に増している
からなのか、単純に彼女に会いたかったからか。
いつもなら感極まってフリーズしてしまうのに、
彼の口からは、ちゃんと素直な気持ちが出てくる。
仲間達には自分が今日誕生日なのだと、言わな
くて良かった。
面倒臭いチームメイトも茶化してこないこの場
で良かった。
「美琴、今日は俺も暇だから。」
彼は初めて、勇気を出して、彼女を下校以外で
誘い出す。
「良かったら、一緒にご飯に行かない?」
その言葉に彼女も目を輝かせ、嬉しそうに笑っ
て頷くと、彼は風邪予防と理由らしい理由を
付けて、彼女の冷たくなった手を取り、歩き
出す。
『ぜひ、行かせてください。角名先輩の話、
いっぱい聞きたいです。』
「俺も美琴とたくさん話したい。あと、もう
今日は先輩って呼ばなくても大丈夫かも。」
先輩という意識を逸らしたいという欲が出て、
角名はそう言い出し、美琴との距離をまた一つ
縮ませたきっかけとなる日が、生まれたこの日
に刻めて、胸を弾ませる。
美琴が連絡を入れなかったこと、遅れてしまった
不運に彼は心の中で感謝し、角名は彼女から
聞きたかったその言葉を楽しみに待った。
『倫太郎さん、誕生日おめでとうございます。』
「…待って、それは心の準備出来てなかった。」
『えっ!?私呼び方が飛躍し過ぎてました
よね!?馴れ馴れしくって、すみません。』
「いや、大丈夫。(双子がうるさそうだから、
2人きりの時だけお願いしようかな。その前に
身が持つか?)」