表情をあまり表には出さない自分の性格を今
ばかりは有難いと考え、彼女の想い人の名を
聞くと、美琴に相応しい人物だと納得した北
は頷き、行こうかと彼女の背を押した。
「俺は、いつでも美琴の幸せを願っとるよ。」
悔しさが無いといえば嘘になるが、北が美琴に
向けたその言葉に偽りは無かった。
彼女には彼女らしく、笑っていて欲しい。
『治さんに会いたいです。』
北は彼女が自分に素直な気持ちを吐いてくれた
事に安心し、本心は隠して彼女に微笑む。
その後は、彼に背中を押される形でおにぎり宮
へ送り届けて貰い、準備中と書かれていたが
まだ店の灯りはついており、治はそこにいる。
その灯りを目にすると不思議と美琴の胸はまた
熱くなり、つい身構えてしまう彼女の肩を北は
優しく叩いた。
「緊張なんかせんでええ。美琴らしく、思った
事を素直に吐くだけや。」
気持ちを引き締めて頷いた彼女を見たら、彼は
もう自分の役目はここまでだと判断し、北は
そう伝えたらその場から去ろうとした。
『ありがとうございます。北さんには助けて
貰ってばっかりや。何か、ほんまのお兄ちゃん
みたいですね。』
「せやな、俺もお前の事を可愛い妹やと思う
とる。」
『ほんまに、感謝してもしても足りないです。』
美琴のその笑顔が、ほんまに好きやった。
その言葉に北は目を細め、クシャりと彼女の頭
を撫でて、最後まで優しい先輩を全うした彼は、
彼女に静かに背を向ける。
「分かっとっても、やっぱり落ち込むもんやな。」
一人になった時、ぽつりと出てきた彼の本音。
しかし、美琴に気持ちを告げなかった事への
後悔は彼にはもう無かった。
夜風が清々しく、そこには心地良さも感じて、
彼は思い出を振り返り、ゆっくりと歩いた。
「美琴…?」
ゆっくりと扉を開ければ、いきなり聞こえる音
に治も驚いて顔を上げ、美琴の姿を確認すると、
いつもの穏やかな声で、変わらぬ優しい表情。
仕事仲間はもう上がっていたのかその場には
おらず、治が1人で店に立ち、そこは2人だけの
空間だった。
泣いて腫れ上がった目でここまで来てしまった
事を美琴は申し訳ないと心の中で謝り、ゆっくり
と彼に近づき、彼の名を呼ぼうとする。
「ん、来る?」
すると、治は切なく見る彼女を見た反射から
両手を広げ、彼の方から彼女を呼んで招き入れ、
美琴もまた、それに引き寄せられて
彼の胸に顔を埋めた。
『治さんが、好きです。』
思わぬ彼女からの告白に治の動きは一瞬止まり、
「へ?」と突然の事態の動揺から間の抜けた声
が出てしまい、真っ直ぐ見る彼女の視線と
ぶつかった。
『いきなり押しかけて、変な事言うてごめん
なさい。ほんまはこんな事言う資格は無いて、
分かっとるんやけど…。』
歪ませた美琴の目にはまたじんわりと涙が浮か
び上がっていて、それを無理矢理に堪える彼女
を見て、これがいつもの好きとは違うと分かる
と、治は彼女の気持ちを受け止める。
今は、不安な表情を見せる美琴を安心させたく
て、ゆっくり彼女の頭を撫で、自分の気持ちを
しっかりと彼女に伝えた。
「俺は、美琴が思っとる以上に美琴の事を
愛しとるよ?」
何年も募ってきた想いで、治の気持ちは込み
上がり、泣きたいのはこっちだとも思いそうに
なる。
彼女をいつも見ていたからこそ、今日の美琴が
何かに罪悪感を抱いている事も、彼は感じ取っ
ていた。
「せやから、俺の傍におってな。」
どんな事があったとしても離さんよと彼は続け、
その言葉に美琴の強張った気持ちが和らぎ、
堪える涙が一気に流れる彼女の頬を治は優しく
包む。
『はい…!』
不安だったのは俺の方やと笑い出す治に美琴は
眉を下げて再び彼の胸に顔を埋め、治の存在を
確かめる。
治にはそんな彼女の仕草も愛しくて、次に彼女
が顔を上げた時、そっと彼は唇を重ねた。
「やっぱり、納得いかへん!!!」
机を叩きつける音と共に、怒り混ざりの叫び声
が響いて聞こえたのは、1ヶ月後のおにぎり宮
での出来事。
「美琴ちゃん、ちゃんと君の気持ちを教えて
くれてありがとう。大丈夫、心配しないで。
また店にも遊びに行くから。」
『赤葦さん…。』
あの後に、赤葦に自分の答えをきちんと伝え、
ケジメを付けた彼女は晴れて大学も卒業を迎え、
こうして正社員として、治の下でしっかりと
自分の役割を果たしていた。
今度は不貞腐れた表情の恋人の家族の心配を
すれば、彼からほっとけと冷たくあしらうよう
に指示を受けてしまい、彼女は更に困惑をする。
「やっと会えたと思うたら、こんな仕打ちが
あるか!」
「うっさいわ、最初から美琴をお前に譲る気
なんて更々無いで。」
侑に打ち明けてから、何度目かの来店なのだ
が、治からすれば侑のリアクションは想像通り
なのか、腕を組んでじっとりと自分を見る視線
を冷静に見下ろす。
その2人のやり取りをその場に居合わせていた
銀島は、これもまた想像通りだと苦笑いを浮か
べ、彼もまた、このまま侑を放っておくよう
彼女に促した。
「ええやん。いずれは、おんなし家族や。」
「は?発想が早すぎん?まだ結婚するとは限ら
んやろ。世の中、何が起きるか分からんわけ
やし。ほら、カッコイイ同じ顔したライバル
登場かもしれへんやん?」
「さすが、発想が人でなしや。」
「うっさいわ!!!」
恨めしそうに見る侑の視線は、自然と想いを
抱いていた可愛い後輩に移動してしまい、彼女
が以前と変わらぬ笑顔を向けると、チクリと胸
は痛くなる。
「これで心臓おかしゅうなったら、サムの
せいや。」
「おう、ちゃんと丁寧に葬ってやるわ。」
「お前こそ、人でなしやろ!」
2人の幸せを願いたい気持ちはもちろん少しは
あるが、まだ自分の気持ちに整理がつかない侑
は、わざとらしく悪態を付いて、気持ちを紛ら
わせた。
「ほんま、アレを割り切ったあの人は凄すぎ
やろ。」
侑が、働く美琴を眺めながらぼやくその言葉は、
自分の先輩に向けられたもの。
「あの子が楽しそうに笑っとるのを見たら、
それでもう満足や。」
北に気持ちを尋ねれば、満足そうな笑顔で答え
た北の表情を思い出し、寂しさを全く感じさせ
なかった彼に、侑は小さい声で「やっぱりあの
人には適わへん」と尊敬の声を上げ、彼は目を
伏せた。
『いつもありがとうございます、おにぎり宮
です。』
賑わう店内に1本の電話が鳴り、その声を耳に
すると、彼女は嬉しそうな表情に変わり、彼女
の反応からその相手が誰かが分かった双子は顔
を見合せ、2人はそういえば…と何かを思い出
すように、声を揃えた。
「そういえば、アイツにちゃんと報告したん?」
「…してへん。」
「美琴の事やから、ちゃんと伝えてそうやけど。」
「ちなみに、臣くんは二日程調子悪かったで?」
このタイミングで…と顔を歪める治を侑は知ら
んとそっぽを向き、この後その人物の慰め役が
待つ銀島は青ざめた顔で、覚悟を決めて電話を
変わる治を黙って見送った。