春


ヒラヒラと舞い落ちる花弁に、幸せのため息を
一息吐きながら、彼女は一口、一番大好きな
おにぎりを齧る。


目を細めて、自分の作ったものを頬張る姿に
愛しさを感じながら、隣で彼も同じく口にして、
至福のひと時を過ごしていた。


「…なんや、文句あるなら言えや。」


それは2人での初めての花見デートの2日前。
余りにも電話越しの音が静かで、覚悟を決めた
治の方がいたたまれなくなって、そう切り出す。


まだ角名に美琴と付き合う報告をしていなかった
治は、彼女から聞いたのだろうと思い、角名から
のクレームを覚悟して電話を取れば、彼はまさか
のだんまりを決めていた。


それはそれで拍子抜けで、かえってどんな対応
が正解なのか分からないまま身構えていると、
彼のやっと発した音は、小さな溜め息だった。


「絶対にあの子を泣かせないでよ。あんなに幸せ
そうに教えてくれた美琴の声を聞くと、治を否定
出来るわけないじゃん。」


おめでとう。


最後に角名に向けられた祝福の言葉に治は言葉
を詰まらせ、また遊びに行くからと言って電話
を切ろうとする角名に治は待ったを掛ける。


「ありがとう、角名。絶対に幸せにする。」


電話越しの角名はしばらくまた沈黙の間が続き、
「当たり前でしょ。」と一言で返かれた電話は
ブツリと切れ、治も受話器を置いた。


傍でよく見ていたからこそ、治も角名が彼女を
どれほど大切に想っていたかを知っていた。
だからこそ、彼女を大切にしようとする気持ち
は強まり、隣に並ぶ彼女の手をぎゅっと握り
締める。


『治さん…?』


「ごめんな、痛かった?」


真剣な表情になる治に気がついて、美琴が彼を
心配して顔を覗き込めば、治は彼女に優しく
微笑み、力が強かったかもしれないと彼女に
謝った。


『ちょうど、治さんの美味しいおにぎりを
食べ終えて寂しい気持ちやったので、悲しさ
が紛れたところです。』


「ほーん、おにぎりに嫉妬せなあかんな。」


すっかりと彼女の膝に乗せられた空っぽの容器
が目に入って、治は彼女らしい返事にそう返し、
楽しそうに笑う彼女を見て、角名の言葉通りに
実行出来ている安心感はあった。


宴会をする他のグループも目に入ると、以前は
賑やかだった自分達の花見を少し懐かしく思い、
それは美琴も考える事は同じだったのか、治を
見上げる。


「穏やかに見るんもええけど、アレはアレで
やっぱり楽しそうやな。」


『ほんまですね、治さんと一緒に色々作って
皆とも行きたいなぁ。』


治の言葉に美琴も頷いて、彼女が一緒にキッチン
に並ぶ姿を目に浮かべた治は、断然アリだと
彼女の提案に賛成した。


『…せやけど、今日はちょっとわがままモード
やから、治さん独り占めしたいかもです。』


「美琴、最近言う事が大胆になって来たな。」


その我儘、断然OK。
心の中で親指を立てて、可愛らしい我儘を言う
彼女に治は口元が緩むのを堪え、意地悪な笑顔
を装って美琴にそう尋ねると、イマイチ自分の
発した性格になり切れない彼女は、あたふたと
慌てて見せた。


『今の私の発言に引きました!?』


「引かん引かん、面白いなー思うて。」


『それ、褒められとる気がしません!』


治が笑うと、恥ずかしさから逃げ出したい美琴は
足早になり、それを追いかける治は逃がさまいと
彼女を腕の中に引き寄せた。


付き合っても変わらない彼女のリアクョンが
面白く、彼もついつい悪戯心が芽生えてしまう
のは長年の付き合いのせい。


「ほら、迷子になるからアカン。」


『うぅ…、自分がアホすぎて嫌や。』


「アホとちゃうやろ。俺も独り占めしたかった
から、そこは両思いやて。」


治に耳元で囁かれ、未だにその距離感に慣れない
彼女は耳まで赤くさせて嘆き、美琴に説得をする
治は少しでもそれに慣れて欲しくて、優しく彼女
の手の甲を撫でた。


「今日はちゃんと、美琴が思うデートをしよな?」


もう、ここからは恥ずかしがるのは禁止。
治はそう念を押して再び彼女の手を引き、今しか
見れない絶景を2人でしっかりと味わう。


『ほんまに綺麗ですね。』


「せやな、ここに来れて良かったわ。」


時折、服や髪の毛に付く花弁を取り合って笑い、
ゆっくりとそれを堪能した2人は歩く途中に
見える屋台にも心奪われていた。


「美琴、ちょっとだけ味見してみんか?」


『奇遇ですね、治さん。私もちょっと気になって
ました。』


偵察、社会勉強、情報収集と上手い言葉を並べ
て屋台に並ぶ2人の息はピッタリで、気持ちは
一致の花より団子。


最後は彼ららしい花見デートに変わり、次は何を
口にしようか相談する2人は揃って目はキラキラ
と輝いていた。


「あとで、美琴もつまみ食いやな。」


『ふふっ、どうぞどうぞ。』


「美琴、意味わかっとらんやろ?」


『私の買ったものが気になるんやなくて?』


「ちゃうちゃう。」


美琴にしか聞こえない声で、ひそひそと耳打ち
をしてその意味を伝えれば、今日の彼は彼女の
我儘モードに浮かれて意地悪モードが発動して
いたのか、にこにこと彼女の反応を楽しみに
待つ。


『つまみ食い、嫌やないです。』


「…今、なんて言うた?」


てっきり、その意味に茹だって怒り出すと予想
していたのだが、彼女はまさかのそれを否定
せず、キュッと治の袖口を握り始めるので、
治の方が戸惑って、声が裏返りそうになった。


『恥ずかしがるのは禁止言うたの、治さんや
ないですか。』


その言葉を肯定したら、とてつもなく恥ずかしい
事が待っているというのに、そう言ってひそひそ
と彼にしか聞こえない一言で囁く彼女の声は
とんでもなく大胆で、治の方が堪らず口元を
押さえ始める。


「美琴、それはアカン!」


嘆く治に美琴は不思議そうに首を傾けて、彼の
言われた通りにしたのにと眉を下げる彼女は、
順番が来ても動けなくなった治の代わりに品物
を受け取った。


「それ、俺にしか言うたらアカンよ?」


『もちろん、治さんやから言いました。』


「あー、せやな。美琴はそういう子やったわ。」


彼女の吐いたその言葉は、治にしか分からない。
予想もつかない恋人の行動に治は頭を抱えて、
呑気な彼女は美味しそうに買ったものを頬張る。


「壊さんように頑張るけど、…ごめん。」


『何で、治さんが謝るんですか?』


「それは秘密。」


眉を下げる美琴に、その意味を今度は教えて
あげず、彼女を再び自分の元へ引き寄せる。


結局、彼女を幸せにすると言い切った自分の方
が彼女で満たされているのではないかと、彼の
中には不安が頭に過ぎるのだった。


『治さんと一緒で、幸せです。』


「美琴、ありがとな。」


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