今は少しでも、美琴の気持ちを楽にさせてあげ
たいと思う北は彼女にもう一度確かめ、自分の
本心を吐くことを躊躇う彼女に、確信する北は
目を伏せて、彼女の気持ちを理解した。
「ほんまは、アカアシ君の事が好きなんやな?」
本当に嫌なら、彼女はその行為を拒絶していた。
だけど、それを受け入れたのは彼を想っていて、
だとしたら、彼女の気持ちを引き止めるものは
何なのだろうか。
そう疑念を抱く彼の後ろにもう一つ足音が増え、
それは近づいて立ち止まる。
「それが俺のせいやったら、ほんまごめん。」
『治さん…?』
その会話は聞こえていたのか、彼女のもう一人
の大切な先輩である治は悲しそうに見つめ、北
の抱いていた疑問に答えるようにそう謝ると、
美琴眉を下げて首を振った。
「美琴を無理に引き止めるつもりはなかった。」
美琴の帰り道は彼の家の方向でもあり、それは
偶然だった。
しかし、このタイミングで彼女に出会い北と歩く
その姿はいつもと違って見え、北の口から出た
質問を耳にしてしまった治は、彼女を手放さな
ければならない現実を受け止める。
「美琴のことは好きや。…せやけどそんな顔まで
させてこの想いを貫こうとは思っとらんから。」
『治さん、私は…。』
「美琴が俺がお前のこと好きやって気がついて
くれたんも、傷つかへんようにってしてくれ
とんのも分かっとる。」
『…でも、私が誰かを好きになる資格なんて
無いんです。』
「そんな事ない、そこは自由にしたらええ。
可愛い後輩が自分の気持ち押し込めるんは、
見とったら余計に辛いわ」
優しく頭を撫でる治を見上げ、美琴のその言葉
に涙が溢れる。
美琴の表情を見た治の本音に、北も彼と同じ
気持ちであるのか、彼に同意するように頷き、
彼はもう一押し何かをと閃くのか、そのまま
スマホで時間を確認し、ぽつりと呟いた。
「…まだ彼にまた会うのは間に合いそうやな。」
「美琴、ちょい店まで走るで?」
「俺は飲んどるし、追いつけそうに無いから後は
治に任せるわ。」
「分かりました。行くで、美琴!」
『えっ、治さん!?北さん!?』
目を見合わせた北と治は考える事は同じなのか
頷き合い、戸惑う美琴に構いもせずに治は彼女
の手を引いて店の近くにある車まで走り出すと、
急いで彼女を乗せて、自分も車に乗り込む。
最後のお兄ちゃん達のお節介やなと北は満面の
笑みで彼女を見送って、少し切なそうに自分の
家まで戻った。
「可愛い後輩は、幸せやないとあかん。」
2人の先輩が言い放った同じ一言。
彼が降りるはずの駅へと向かい、彼女には赤葦
に電話を一本入れさせると、彼女からスマホを
ひょいっと彼は取り上げた。
「…美琴ちゃん?」
「今どこや?」
赤葦は一瞬言葉を詰まらせたが、急かす治の声
はいつもと様子が違い、彼は素直に治に伝える。
そのままその場で待つよう釘を刺すと「ちょっと
飛ばすな?」と治は彼女に詫びを入れて、右足を
先程よりも深く踏み込んだ。
「明日もまた、よろしゅうな。」
彼女が迷わないように、車から降りる前の彼女
へそう声を掛け、治は彼女の背中を押した。
『治さんのこと、ずっと尊敬しています。』
「おん、ありがとう。」
走り出す彼女を見つめて、胸を締め付けられる
この想いを紛らわせようと、彼はキラキラと
瞬くビルの灯りを見上げる。
「眩しくて、目が染みるわ。」
弱音は吐かないことを心に決めた彼は車を出し、
不意に出そうになる水分を堪える為に、彼は
鼻を啜った。
「美琴ちゃん…?」
『赤葦さん!』
ホテルの入り口で、治の言いつけ通りに待って
いた赤葦は、もう会えないと思っていた美琴を
目にして驚き、飛び込んで来た彼女を反射で
受け止めていた。
『意気地無しですみません、本当は…。』
あなたの事が好きです。
今度は彼にしっかりと告げる事が出来て安堵し
自然に眉が下がると、赤葦は目を丸くさせたが
その言葉で胸がいっぱいになり、彼女を自分の
腕の中に包み込む。
『すぐに答えんとあかん事なのに、ちゃんと
言えなくてごめんなさい。』
「俺は大丈夫だから。…それよりも、俺を選んで
くれてありがとう。」
失礼な事をと自分を責める美琴を遮るように、
彼は思い切り彼女を抱き締めて、幸せな気持ち
を噛み締め、彼女の温もりを確かめた。
気持ちが落ち着いた彼女は、その距離感を今更
ながらに恥ずかしいと感じたのか、少し彼から
離れた後に徐々に頬は赤く染まり、赤葦は彼女
らしい反応にクスリと笑う。
「うん、ちゃんと美琴ちゃんだね。」
『あかん…今めっちゃはしたない事を。』
「ごめん今は離してあげれないや。」
羞恥から逃げ出そうとする彼女を今度は決して
離さないと心に決める彼は指を絡ませ、彼女を
引き寄せると、今度こそ彼女を傷つけないよう
に額に唇を落とす。
『赤葦さん…?』
「何だろう、ここにする方がこっちも何だか
恥ずかしくなるね。」
それは彼女との絆が深まったその日を思い出さ
せ、今度は口元を隠して照れ始める赤葦に美琴が
クスリと笑う。
『赤葦さんの可愛いらしい所が見れました。』
繋がれた手を彼女はぎゅっと握り締め、隣から
の小さな力も愛しい彼は、もう一度彼女に感謝
の気持ちを告げる。
微笑み合う2人は寄り添い合い、もう少しだけ
2人の時間をと願う彼らは、少しひんやりと
した街並みを少しだけ歩き始めた。
「…美琴?」
久しぶりに足にする、今住む地よりは忙しさの
無いそのホームで、別の車両から降り立った
その姿に佐久早は口元が緩んでいた。
『あれ、佐久早さんや!お疲れ様です。』
「お前が東京に来るなんて、珍しいな。
…宮達は、予定あるから昨日こっちに来た
らしいが。」
『今日は違う人と待ち合わせしとって…。』
それは、とある試合の移動日。
思わぬ地で美琴に会えたことに胸を弾ませ、
途中まで彼女と一緒に歩いていると、その先に
は予想も付かない人物が彼女を待っていたので
佐久早はショックのあまり、絶句する。
「…は?何で、ここに梟谷のセッター?」
「ウチの先輩と美琴がいつもお世話になります。」
それは宮城でのあの試合以来の人物で、勿論
あの時も彼女との距離感が佐久早は気に入らな
かった。
佐久早とは、たまたま出会ったと分かっている
からか、赤葦はお馴染みの営業スマイルを彼に
向け、幸せそうに微笑む美琴とウチのといった
表現を強調する赤葦を交互に見て、彼女の事に
関すると敏感な佐久早は、全てを把握する。
「あー、そうゆう事…ね。」
一礼をしてその場を立ち去る彼は、侑達と合流
するまで表情が強ばっていたのか、侑は佐久早
が「美琴…。」と小さく言葉を発した事で、彼の
身に何が起きたのかを理解した。
「てっきり、他の連中から聞いとるもんやと
思うとったんやけど。」
「赤葦は誠実で良いヤツだから、美琴ちゃんは
きっと幸せだよ!」
「ぼっくん、それは俺の心の傷も抉るからあかん
て!こっちもまだ深いんやけど!?」
侑はニコニコと微笑ましく赤葦と並ぶ姿を目に
して、自分の事のように喜ぶ木兎を隣に置くと
さすがに彼らを否定できないまま、現状を飲み
込む。
「俺らやと、試合試合で寂しい思いをさせる
やろうし。ええねん、俺らはバレー1本や!」
佐久早に向けたその言葉は自分にも言い聞かせ、
この度別の土地で試合をするであろう、元チーム
メイトの落ち込む様子とそれを宥める佐久早のチームメイトを何となく頭に浮かべ、今日は
彼女が試合に来る事は教えまいと侑は心の中で
決めた。
「あー、やっぱり可愛えな…ウチの後輩は。」