蝶結び



北だけにその本心を伝えた美琴は、一旦帰宅を
するとすぐにベッドに腰掛け、壁に飾ってある
大切なその人物のユニフォームを見つめた。


「ほら、辛気臭い顔せんと笑っとき。」


自分が落ち込めば、頭をポンと撫でて励まして
くれたその人が恋しくなる。

その笑顔が時に頼もしい、今すぐに会いたい
人物を目に浮かべて、彼に電話を掛ける勇気の
無い彼女は、唇を噛み締めるとその気持ちを
ぐっと堪えた。


『北さんは、吐いて楽になりって言ってくれた
けど、やっぱり迷惑なんてかけれへん。』


緩んだ涙腺はどうも制御が効かないのか、再び
視界が霞む自分に嫌気が刺し、このままお風呂
で洗い流してしまおうと彼女は立ち上がる。


『…侑さん?』


先程、自分が頭に浮かべていた人物からの着信
に美琴は慌ててスマホを手に取って、彼らしい
明るい声を聞くと、余計に涙が溢れた。


「美琴…?何かあったんか?」


返事が出来ずに啜り泣く音だけを耳にした侑の
声は、飄々とした口調から真剣なものに変わり、
その願いも言えずにいた美琴に「今からそっちに
行くわ。」と一言だけ告げる彼は、そのまま電話
を切った。


彼とは会えないと思っていたせいか、彼女はその
返答に戸惑い、それから数分が経つと本当に玄関
のチャイムは鳴る。


美琴が玄関を開けると、ここまで走って来たのか
肩で息をする侑の姿があって、彼女が驚く声を
発する前に、彼に思い切り抱き締められた。


『侑さん、どうしてここに…?』


「何でやろな。何となく美琴に会わんとあかん
気がして、気がついたら電話しとったわ。」


美琴も会いたかった?と聞いてくる侑に、こくり
と頷いて返事をすると彼は目を細め、再び彼女を
自分の腕の中に包み込んだ。


「せやったら、両思いやな。」


くしゃりと笑う侑に吸い込まれるように、額と額
をコツンと合わせ、普段だと恥ずかしがるはずの
彼女がされるがままとなるので、侑はそれを少し
だけ不思議に思う。


「今日はやけに、積極的とちゃう?」


『私は、侑さんとこうしたかったんです。
…侑さんやないと、嫌なんです。』


彼の額に触れた安心感と共に、自分の気持ちを
告げた美琴は彼の服を握り締め、ずっと想いを
寄せていた後輩からの思わぬ言葉に、侑は目を
見開く。


「それって、どういう…?」


『侑さんの事が、好きです。』


震える彼女の手から、美琴の身に何かが起きた事
には気がついたが、彼女をこれ以上傷付けない
為に、何があったかまでは触れなかった。


それより彼に衝撃を与えたのは彼女からの告白
で、頭の整理がついてないせいか、上手く言葉
を返せない侑は、彼女の掴む小さな手を自分の
手で包んで、そのまま彼女と唇を重ねる。


治の店を出て、電話を掛けた事を幸運に思う。
傍にいなかった分、不安だった想いも溢れ出た
侑は上手い言葉を伝えられず、愛情表現を形で
表す彼は何度も何度も口付けを落とし、それを
しっかりと受け止める美琴の髪を指で梳かした。


『俺も愛しとる。』


結局、彼女にやっと返せた言葉はそんなシンプル
な一言で、いつか格好いい台詞を吐いて彼女への
想いを告げる事を少しだけ夢見ていた彼は、不覚
にも格好のつかない自分に嘆きたくなっていた。


「今はビックリして全然いい言葉なんて思い
つかんし、カッコわるくてなんか泣きそう。」


『侑さんは、いつでも格好良くて素敵です。』


「美琴〜〜!!!」


優しく微笑む美琴に再び抱き付いて、すっかり
和やかやな空間に変わったその場で、侑に軽々と
彼女は担ぎ上げられる。


『え、侑さん…?これはどういう…?』


「悔しいから、これからイヤっちゅう程に愛を
注いだるからな?」


かぁっと一気に赤面する彼女に、やっとらしく
なってきたと上機嫌に鼻歌を口ずさむ侑は迷い
を見せることなくベッドに直行。


『その前にお風呂に!』


「んー、一緒に入る?」


『もう、何を言うとるんですか!!?』


すっかり彼のペースに乗せられた彼女は、満足
そうにニコニコと笑う侑の顔を見るのも羞恥で
耐えられなかったのか、その場から逃げ出そう
とすると、「もう、絶対に離さへん。」と侑に
捕まえられてしまい、そのまま侑の有言実行と
なり2人は結ばれた。


「美琴、侑に何の弱みを握られてるの?」


「それ、俺も同じこと言うた。」


あれから日が経ち、いつもよりも量が多く治と
一緒に配達に来れば、試合で訪れた普段は寡黙
でいる先輩がいつにも増して饒舌に質問攻めを
繰り返して、その隣には言いたなる気持ちは
わかるとそれに同意するもう一人の先輩。


「侑は人でなしだよ?本当に本当に大丈夫?」


『角名先輩?』


「それに、嫉妬深いし独占欲強いし。」


「おい、いかに言うても言い過ぎやろ。」


そんな2人に困り気味の笑顔で返答に悩む後輩の
肩をガッシリと掴むので、それに怒った口調で
侑が間に入ろうとすればお前には聞いてないと
あっさり跳ね返され、角名はじっと彼女の目を
見つめていた。


『珍しく先輩が目を合わせてくださる。』


「ダメだ。純粋に幸そうな顔を見ると、これ以上
は問い詰めれない。」


しかし角名の身が持つのも数十秒。
彼には眩しいその瞳を見たら何も言えなくなり、
頭を下げて罪悪感も感じて項垂れる。


その後には侑の制止の手が入り、彼女を自分の
ものだと見せつけるように引き寄せる彼の動作
に治も呆れたのか、ため息を吐いていた。


「臣くんも同じこと聞いてくるし、何やねん!」


「いや、誰だって同じ反応するだろう。」


「でも、侑さんといる時の揚尾さんは、よく
楽しそうに笑ってますよね?」


「翔陽君もっと言うたって!美琴の笑顔の拝観料
貰わなあかんけど。」


「お前、ほんま面倒臭い男やな。」


後輩に対しての指摘も欠かせない侑の徹底ぶり
から、東京の会場で彼女と取材に来ていた赤葦
が遭遇した時も、もちろん彼は牽制済み。


「本当に、どうも肝心な所はまた彼に取られて
しまったね。」


ちゃんと彼と出会う以前に電話で丁寧に自分の
気持ちを伝えていたのだが、ウチの可愛い恋人
がと強調する侑を見るとどうしても赤葦の眉間
の皺はぐっと寄り、その瞬間も見逃さない侑は
彼にニヤリと嫌な笑みを見せていた。


「大丈夫。ツムツムはこう見えてすごく優しい
し、結構いい子だよ。」


「ぼっくん、それ恥ずいから今言うたらアカン
やつ!…って、美琴も笑い過ぎや!」


「まさか、木兎さんに心中を読まれる日が来る
とは。」


赤葦と侑にとっては沈黙の争いのムードの中、
通りすがりの木兎にさらっと侑の良い所を説明
され、照れから耐え切れずに嘆く侑を見ると、
その傍にいた美琴もくすくすと笑い始め、ねっ!
と歯を見せて笑いかける木兎に彼女は頷いた。


そんなこの前の出来事を振り返る侑は、ぎゅっ
と目の前にいる彼女を抱き締めて、その光景が
未だに気に入らない角名と治に彼は舌を出す。


「誰がなんと言おうと、俺が一番大切にする!」


これ以上の文句は付けさせない。
目でそれを訴える侑に、角名と治は仕方無しに
これ以上の文句は止め、幸せそうに笑う彼女を
見て目を細めた。


「確かに、ツムとおる時はよく笑っとる。」


「アレには負けるよね。」


「笑顔の拝観料ホンマに貰うで?」


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