「およ?美琴、今日は休みやろ。」
『すいません、今日はお客として来ました。
シャケと昆布とおかかを持ち帰りでください!
…あ、自分でやりましょうか?』
「それやと客にならんやろ。…ああ、そうか。
今日はあの日やて言うとったな?」
『ふふっ、レジもついでに打ちますね。』
「ほんなら、サービスせなあかんな。」
休日の年頃の女子らしからぬ格好で現れた彼女
は、どのデートよりも楽しみにしていて、どの
場所よりも目を輝かせていた。
昨年は、バイトで参加出来なかった分張り切る
その日、優しい先輩は配達ついでやからと北の
いる田んぼまで、彼女におにぎりを持たせて車
で運んでくれた。
「美琴…?わざわざ来てくれたんか?それに
治もよう来たな。」
「お疲れ様です。おにぎりついでに美琴も一緒に
配達しときました。」
『ありがたい事に配達されちゃいました。』
本来は自力で来る予定だった彼女は申し訳無さ
そうにへにゃりと笑い、差し入れがもう少し遅め
の到着だと思っていた北は、ニコニコと満足そう
に笑う治にお礼を言う。
「治も仕事中やったのに、すまんかったな。」
「いや、あくまで配達中なんでこれも仕事です。
それに、こういう場をちゃんと見ときたかった
ですし。」
そこはまだ作業途中だったが、すこしだけ緑色
の部分が増えており、見学のチャンスを今まで
逃していた治は感動の声を上げて眺める。
そんな先輩の反応を美琴は少し嬉しそうにして
いた。
『私もここが一番大好きな場所です。秋になる
ともっと絶景ですし。』
「北さんはカッコよく見えるし?」
『それもありますっ…って、治さん!!!』
美琴の本音を代弁したら、ポロリとそれに釣ら
れて彼女は本音を漏らし、ボフンと噴火の勢い
で赤面する彼女を揶揄う治は、反応を面白がっ
て笑い出す。
「それは、有難い言葉やな。」
『北さんまで!!!』
「それじゃあ、二人の邪魔にならんように帰り
ますわ。」
もー!と彼女が怒り出す横で、北も可愛らしい
本音に思わず笑い、ラブラブなことでと再び
揶揄う治はニヤリと笑うと、そのままその場を
後にした。
『治さん、ありがとうございました!』
彼女を揶揄った時、治の胸の奥は正直にいうと
チクリと痛んでしまった。
しかし、彼は楽しそう笑い合う美琴と北の姿を
見ると、幸せを願う気持ちの方が勝ってしまう
彼は、ついつい彼女にお節介を焼いてしまう。
「おん、また明日な。」
非の打ち所がない、尊敬する人間が彼女の隣で
本当によかった。
そう考える治は、お礼を行った彼女に手を振り
背を向けて車に乗り込む。
ただもう少しだけ、彼の傷が癒えるには時間が
かかりそうだ。
柔らかく微笑む美琴の好きな表情を思い出し、
彼は哀愁の一息を吐いて、その場から去った。
治の車を見送った後、残りの出来る仕事は彼女
も手伝う予定だったので、そこからはデートと
いうよりは、お仕事モードに切り替わった。
「美琴も休みなのにごめんな?」
『謝らんといてください。私も大好きなお手伝い
なんですから』
「美琴にカッコ良い所、見せなあかんな。」
『あ、意地悪してますね?』
「可愛い話を聞いてしもうたからな。」
悪戯を含む笑顔を向けて再び田植機に戻る彼は、
その言葉通りに美琴には頼もしく見えていた。
それに見蕩れそうになる彼女は、ブンブンと頭
を振って我に返ると、自分の出来る雑用を淡々
とこなして、時折その好きな姿を見届ける。
『やっぱり、格好ええです。』
ぽつりと溢れた小さな言葉は、北の耳に届いて
いた模様で、治に唆されて聞いた言葉より何倍
も堪らなかったらしく、一瞬だけ彼の動きが
フリーズした。
「あかん、誰かさんが可愛い事言い出すせいで
調子がいつもと違うな。」
お互いにそんな惚気を吐き合って、前回と全く
違う感覚に戸惑いながらも、その日の田植えも
何とか無事に終わった。
「美琴、ありがとな。今回も助かったわ。」
『北さんのお役に立てたのなら、光栄です。』
「今度、埋め合わせはさせて貰うわ。」
『埋め合わせなんかしなくても、十分楽しい
お休みでしたよ?』
軽トラの助手席に座り、北の家まで向かうこの
道も素敵なデートだと言い張る彼女は、決して
お世辞を言っている訳でも無い。
『畑に行く時も、田んぼの雑草取りも、あと
稲刈りやお芋掘りも私にとっては楽しいデート
ですよ。』
春からが北にとっては忙しかった時期。
ここ最近は2人で遠出は出来ていなかった為、
それを気にしていた北が謝ると彼女はすぐに
それを否定した。
『北さんとやったら何処でも幸せもんです。』
ふんわりと笑うその表情と共に、彼女らしい
言葉も添えられて、北の気持ちは楽になる。
時折忙しい日々で押し寄せる、彼女が自分を
選んで本当に良かったのかという不安は、綺麗
に掻き消された。
「俺も、美琴のお陰で幸せもんやな。」
『何やろ、自分で言うてて恥ずかしくなって
来ました。』
「ははっ、デートなんやから構わんて。」
なんとも言えない甘い空気に暑さを感じた美琴
は照れ臭さから逃げるように窓を開けて風を入れ
始め、声を出して笑う北も胸の奥は高鳴った。
ドライブデートだと言われたその帰り道も北の家
が見えてきて、もうすぐ終わる。
彼の家族は出掛け中だったらしく、彼の軽トラ
だけがそこには止まった。
『北さん、運転ありがとうございました。
それじゃあ、荷物を…!』
家に到着しても次の作業は待っていて、美琴は北
から次の用事を尋ねようと、彼に顔を向けた。
すると彼の口からは支持の言葉では無く、突然
顔が近づくと唇が触れていて、驚いて彼の名を
呼ぼうとしたら、再び彼の唇に塞がれる。
熱を孕む彼の視線に蕩けて、その心地良さに彼
のシャツを掴む。甘い口付けはしばらく続き、
名残惜しそうに離れたのは、北からだった。
「デートって言うとったから、恋人らしい事も
しとこうかと。」
『…それは、不意打ち過ぎて狡いです。』
甘く幸せで、でも身体が一気に熱くなったその
時間に、北の顔をまともに見れない美琴は自分
の頭をコツンと彼の胸元に預ける。
『アカン、腰が抜けてます。』
「ん、運んでやるから待っとき。…ほら、
こっちにおいで。」
『そんな事されたら恥ずかしくて死んでしまう
から、休憩させてください!』
「ほんまに、美琴はオーバーやな。」
必死な美琴に北は可笑しくなったのかクスリと
笑い、すぐに車から降りて助手席側へと回る彼
は、彼女の制止の声を無視して、軽々と彼女を
抱き上げると縁側まで向かう。
『うう…、北さんの意地悪。』
「好きな子に構いたくなるんは、俺の性やから
諦め?」
顔を手で覆って嘆く美琴に未だに構わず笑顔を
向ける彼は、自分もこの時間が一番楽しいと実感
する。
縁側での休憩は何処のカフェよりも心が和み、
もう少し、彼らのデートは続くらしい。