好


『侑さん、いってらっしゃい。』


ほんのりと頬を染め、手を振り見送る後輩の姿
をこんなにも愛しいと思った日は無かった。


自分を必要としてくれていて、思いが通じあって
一つになって…とニヤケずにはいられない出来事
が重なった男、宮侑は嬉しい事になると表情が
隠せないタイプ。


練習に来て早々、どうしても緩んでしまう口元
を佐久早に指摘され、気色悪いと彼が眉間に皺
を寄せて侑を見ていても気にならなかった。



「今なら幸せ過ぎて、臣くんに何言われても平気
かもしれん。」


「何となく予想はつくが知りたくもねえ。」


「せやなー、彼女の想像料は貰わんとな。」


「は?なんでお前が金を撮るんだよ。」


「臣くんの想像より上の事が起きとるからな。」


「想像より…上?」


侑が美琴関連で上機嫌なのは分かっていたが、
すっかり緩み切って笑う侑の表情は普段とは
また違っても見えた。


しかし、それを佐久早の本能認めたくないと訴え
かけ、反射で目を逸らす。


「お前の幻覚だろ。」


「は!?現実やし!せやから、昨夜もやっと…。」


自分しか知らない美琴を知った夜、柄にもなく
彼も緊張したのを思い出すのと同時に再びあの時
の喜びが込み上がって、誰にも教えたくないと
考える侑は口を噤む。


「美琴はもう俺のもんやから臣くんにも教えん。」


「だから意味分かんねえし。寝言は寝て言え。」


その日の佐久早は、侑の報告を全く認めないまま
1日を過ごし、彼がその事実を認めるのは1週間
後の昼の事。


侑の他のチームメイトも美琴と恋人同士になった
事を信じておらず、彼女の口から肯定の言葉を
聞いたら、周りの人間は騒然とした。


「侑の妄想やなかったんか!?」


「お、おめでとうございます!!?」


明暗も侑の話を鵜呑みにしていなかった模様で、
へにゃりと笑って『やっと素敵な彼氏さんが
出来ました』と笑って答える彼女に目を見開き、
日向は侑の日頃の熱意を聞いていた為、彼女
にも祝福の言葉を向けるが、彼もまたその言葉
を半分騙された気持ちで聞いていた為、もちろん
驚く。


「嘘…だろ…?」


そして何より、やはり1番ダメージを負っていた
のは佐久早だったらしく、美琴を可愛がっていた
彼は言葉を失い、顔色が悪い彼を彼女が心配を
すると、彼は勢い良く彼女の肩をガシッと掴み
真剣な表情で見つめ始めた。


『佐久早さん…?』


「お前は一体、アイツに何の弱みを握られた?」


「臣くん、人聞き悪いな!!!」


『弱みですか?』


何処が良い?何で脅された?と質問を繰り返し、
何でも真面目に返してしまう彼女は、うーんと
少しだけ頭を捻らせて、真っ直ぐ佐久早を見つめ
返し、侑が全て答えなくてもいいと間に入ろう
とする前に彼女は口を開き、目を細める。


『答えになるかは分からへんけど、ずっと楽し
ませてくれようとする所が弱いと思います。
それと、試合の時のあの鋭い目も胸の奥が
ギュッて締め付けられるから、弱点ですね。』


「美琴、それは弱みとちゃう。」


彼女からの返答が、まさかの脅された点じゃなく
惚れてしまった点を大真面目に答え出し、佐久早
は目が点になり、侑は羞恥から両手で顔を覆う。


『私、恥ずかしい事を口走りましたよね?』


ハッと我に返る彼女は、弱みと弱い部分を勘違い
して言ってしまったようで、周りの反応に顔を
真っ赤にして慌て始め、そんな所も敵わないと
思ってしまう佐久早は眉を下げて彼女に笑みを向け、それ以上は彼女に何も伝えなかった。


「宮、泣かせたら容赦しねえから。」


「嬉し泣きしかさせる予定しかないて。」


絶対に幸せにしろよ。


言葉でそれは表さなかったが、侑には彼から
しっかりと伝わった言葉。
侑も佐久早が美琴を大切に想っていたのを知って
いた分、誠意を持って答える。


佐久早も侑の言葉に嘘偽りが無いのは分かって
いたが、素直に反応出来ない彼はわざとらしく
鼻を鳴らした。


一応、チームメイト達にも認められて見送るその
時間は、久しぶりの二人きりの時間で恋人として
並ぶ初めての空間に互いに妙なもどかしさが
あった。


下校の時にも味わったことの無い、胸弾む数分。
そしてあっという間に終わってしまう数秒。


「何や、二人きりやのに付き合う前よりよそよそ
しいな。」


『ここは公共の場ですからね。』


「さっきはあんな可愛らしい事言うとったのに?」


『あれはつい勢いで…!』


別れる時間が惜しくて、少しでもそれを延ばし
たくなる侑は、そんな軽い意地悪を言ってみて、
子供っぽい引き止め方に自分でも可笑しくなる。


「んー、じゃあアレは勢いやから嘘やったん?」


『嘘とちゃいます!』


「じゃあ、本音やったんか…可愛えな。」


車に最後の荷物を積んだ彼女の腰元に手を回し、
密着して彼女の耳元で囁くと、耳まで真っ赤に
なる彼女を愛らしく感じて、目尻を下げる。


『侑さん、そろそろ帰らな。』


「あー、離れるんが嫌やわ。」


『せやけど、侑さんもそろそろ行かな。』


「んー。」


ずっとそのリアクションを楽しんでいたいと願う
彼らには次の仕事が待っていて、それを惜しむ
侑の背中を優しく撫でて、美琴は彼のエンジンを
かけようとする。


「美琴とキスしたら、頑張れるかもしれん。」


それは軽い冗談のつもりだった。


『えっ!?』と目を丸くする美琴は、困り顔で
辺りをキョロキョロを見渡し、誰もいない事を
確認した後にもう一度侑の顔をじっと見つめる。


そして一瞬、侑の両頬に手を添えて必死に彼の
背丈に合わせて背伸びをし、チュッと軽いキス
を落とすと再びキョロキョロと周りをくまなく
チェックする。


『この前は元気貰ったから、お返しですよ?
…ちょっとは、彼女らしい事もしときます。』


「…お返し?」


『練習、頑張ってくださいね!』


突然の出来事に侑は言葉を詰まらせて、逃げ出す
ように車に乗り込んで出発をする美琴を見届けた
後に、全ての状況を飲み込んだ侑は耐え切れず
にその場にしゃがみ込んだ。


「今のはアカーン!!!!」


チームメイトといる時といい、今さっきの行動
といい、久しぶりに顔を合わせたのもあってか、
愛しさが増していくその気持ちを抑え切れず、
つい叫ぶ声を上げてしまって、再び彼は自分の
顔を手で覆っていた。


楽しませてくれる自分が好きだと言った。
試合に集中する自分に弱いとも言った。
それなら期待に応えてやらなければ。


体勢を整える侑は気合いを入れ直し、緩む口元
はしっかりと引き締めて、仲間のいる体育館へ
向かっていく。


「お返しのお返し、覚悟しときや?」


今はその場にいない恋人に告げて、彼は今宵は
彼女にもう一度会おうと心に誓い、自分しか
知らない彼女の好きな部分を目に浮かべた。
おにぎり宮まで足を運ぶのが待ち遠しい。


「美琴、なんか弱みでも握られとるん?」



「だー!!!サムまでうっさいわ!!!」
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