何度目にしても飽きない愛しいその人は、自分の
腕の中で眠っていた。
そろそろこのベッドも買い換えるべきかと悩む
ところだが、この密着感が好きだったりもして
彼は迷ってしまう。
「とりあえず美琴が良く眠れてるなら良かった。」
休日の朝に早起きした時の特権に目を細め、まだ
肌寒いこの部屋で風邪を引いてしまわないように
角名は寝ている美琴に毛布を掛け直すと、普段と
はまた少し違った幼さの残るその寝顔をしばらく
眺めた。
瞼を開けたら好きな人が傍にいる幸福感。
それは離れた場所にいて、時間も限られるせいか
何度味わっても慣れない感覚で、洗面台に並ぶ
歯ブラシを見るだけで彼は胸を弾ませる勢い。
とある事をひらめく彼は、スマホに癒しの写真
を収めるのを堪え、僅かに名残惜しさも残しな
がら、ベッドからゆっくりと離れた。
『んっ…、今何時…?』
何が焼ける香りと音にゆっくりと目を開いて、
ぼんやりとした声でそう尋ねた美琴は、自分が
今いる場が何処か思い出し、その次に目の前の
思わぬ姿にハッと目を見開いて飛び起きる。
この部屋は居心地が良かった証拠に美琴の頭に
寝癖が付いており、それを見た角名は上機嫌に
クスっと笑っていた。
『倫太郎さん、それ私のエプロン…!?』
「ああ、ごめん。借りちゃった。似合う?」
『やっぱり少し丈が…やなくて!!!
それは私が用事せんとあかんのに。』
「大丈夫だよ。大した物なんて作ってないし、
たまには俺だって作らないと。美琴に甘えて
ばっかりはダメでしょ。」
代わりに朝食を準備する角名に慌てて美琴が駆け
寄ると、ちょうどトーストが焼けた頃だったよう
で、彼女はお皿を取り出した。
いつも会う時は彼女が何かしらを作って待って
くれているので、たまには自分も彼女を甘やか
したいと思う彼は、柄じゃないけどと照れ臭そ
うに笑い、ベーコンと目玉焼きを焼いていた。
『素敵な朝ですね。』
ふんわりと笑う彼女から出た褒め言葉に擽ったさ
を感じて、ここは自宅のキッチンのはずなのに
その狭さと使い心地の悪さに顔を顰める彼は、
ここでもテキパキと作業をこなしていた美琴
を思い出し、尊敬する。
「あ、ちょっと焦げた。」
『ふふっ、そのお焦げさんが結構美味しいん
ですよ?』
「美琴、よくここでご飯作れるよね?」
『慣れたら結構イケますよ!電子レンジと最近
はちょっとカット野菜で楽しちゃいますけど。』
「なるほど、今度教えて貰おうかな。」
『はい、倫太郎さんのエプロン姿をまた見たい
から喜んで教えますね。』
嬉しく答える美琴に角名も優しく笑みを返して、
その愛くるしい姿を抱きしめたくなり、自分の腕
の中に閉じ込める。
『倫太郎さん…?』
「俺は美琴のエプロン姿の方が好き。」
家の中の2人きりの時間なら、この甘い空気にも
彼は慣れていた。
優しく美琴の髪をゆっくりと撫で、彼に触れら
ると耳まで熱くなり、褒め言葉にも耐えきれず
目を伏せる。
「寂しいな、目を合わせてくれないんだ。
ここに可愛い寝癖も付けちゃってるし。」
『倫太郎さんの意地悪。』
「美琴の反応が面白くて。…その寝癖、写真
に撮ってもいい?」
『それはあかん!』
今までの自分の行動を棚に上げているその男は
すっかり真逆の台詞を彼女に吐いて、こっちを
見て欲しいと合図を送る形で額にキスを落とし、
次は口元に。
これは現実だと角名が夢中になればなるほど、
恥ずかしさに耐え切れなくなった美琴は彼の
胸元に顔を埋め、向かい合って朝食をとるのに
少しだけ時間がかかってしまうのだった。
「あ、これ良いね。」
立ち止まる角名がぽつりと一言こぼしたのは、
とあるショッピングモールでの買い物デート中
のこと。
誰の邪魔も入らない平和な空間でそのひと時を
楽しんでいると、揃いの物なんて意識していな
かったはずなのに、何気無く寄った店でペアの
グラスの1つを角名は手に取っていた。
『グラスですか?確かにお洒落。』
「ね。ウチにあってもいいかもしれない。」
『ほんまや、これからの季節にいいかも。』
買っちゃう?と彼が尋ねれば、彼女も嬉しそう
に頷いて、2人好みのグラスを購入を決めたら
次に気になるものは揃いの物だった。
『珍しい、倫太郎さんが食器と睨めっこや
なんて。』
「いや、普段は全然見ないんだけどさ。」
柄にも無く、揃った何かが増えていくのが楽しく
なっていたのか、自分が普段目にしていない物を
物色している姿を見て、美琴も不思議そうに彼の
様子を伺っていた。
「不思議と今日はいいなって思えるんだよね。
…美琴がここに来てくれてる事に浮かれてる
のかな。」
そしてその視線には彼女に慣れてきていた角名も
恥じらいがあるのか口元を隠してそう答え、また
一つ、彼の見た事の無い部分を目にした美琴は、
『倫太郎さんが可愛らしい事言うてる!』と
胸の奥が擽られた。
『私も浮かれとるから倫太郎さんとそれも
お揃いや。』
「美琴の方が可愛い事言ってるじゃん。」
素直な言葉を伝え合っていても、まだ行動には
勇気がいる美琴は、彼の手に自分の手を絡める
のが精一杯。
彼女のその言葉にその仕草に、つい率直な感想
が口から漏れている角名に美琴は返事に困った
顔で笑い、果たしてこの調子で彼の甘さに耐え
られるのか心配になった。
「せっかくだから、さっそく新しいグラスの為に
帰りにお酒でも買おうか。」
『それ、ナイスアイデアですね。…連休にして
くださった治さんに感謝です。』
「いっぱい甘えて大丈夫だからね?」
『むっ、今日は沢山甘やかされとるから夜は
私の番ですよ?』
しかしそれは角名も同じで、家に帰って寛げば
両手を広げて迎えてくれる癒ししかない彼女を
目に浮かべて、彼はまた一つお揃いがあったと
眉を下げて笑い返す。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。」
『ふふっ、覚悟してくださいね?』
張り切る彼女のその夜は再び恋人に翻弄され、
彼を甘やかすとは違った甘いものへと変わって
いく。
そんなこの後の出来事をまだ知らない美琴は
手を繋ぐ愛しい人に微笑んで、残りのデートの
時間をしっかりと堪能し、今頃どうしているかと
話題にする先輩の噂話に軽くくしゃみをした。
「角名、最近美琴語りとか全然してこんやん。」
「ああ、自分の心の中だけに留めておきたいん
やて。」
「あー、くそ。気持ちは分かるけどやっぱり
腹立つ。」
「美琴が幸せそうにしとるからええわ。
よく角名の話を嬉しそうに教えてくれるし。」
「ツムは北さんの寛大さ見習った方がええ。」
「うっさいわ!!!」