こっちにおいで


収穫日和の快晴に美琴は汗が滴り、それが瞼に
つーっと流れて、腕で額の汗を拭う。


帽子に長袖、首元にはタオルと日焼け対策は
バッチリで、軍手をはめ、ハサミでチョキンと
野菜を獲る手付きはだいぶ慣れてきたのか、
段々と鼻歌を歌いながらリズミカルに穫り、
選別はもちろん間違えないように、彼女はその
作業をとても楽しんでいた。


子供の頃に映画で見て憧れだった壮大な畑に
茄子、トマト、とうもろこし、きゅうり等々、
緑のキャンバスが様々な野菜で彩られ、美琴は
初めての光景では無いのだが、毎度目にして、
うわぁと感激の声が湧いて出る。


畑仕事は嫌いではなく、北が田んぼとは別に
持っている畑にある野菜達で、彼女の都合が
合えば、時折こうして彼を手伝う事があるの
だが、今回は運がいい事に、収穫のお手伝いを
することに。


ある程度作業が進んだところで、北に休憩する
かと声をかけられ、水筒に入れた冷たい麦茶を
口に含むと、その美味しさが身に染みる。


北の額にも汗が流れていたので、それを彼の首
にあるタオルで拭うと、彼は優しく微笑んだ。


「美琴がおってくれて、助かったわ。」


『ふふっ、お役に立てて光栄です。』


「暑さが適わんやろ?もう少し休んだら
ええからな。」


先程のお返しと言ったところか、彼も彼女の
タオルで汗をポンポンと拭えば、畑の方へ視線
を向ける。


再び作業に戻る北の姿を眺め、治の時でも時折
感じてしまうが、仕事をする男性というものは、
どうしてこうも輝いて見えるのだろうか。

気がつけば彼女は北に見蕩れていたらしく、
彼に「そんなに見られたら、照れるわ」と笑われ、
彼女はそう言われると恥ずかしくなったのか、
冷静さを取り戻そうと、再び麦茶を口にした。


摘み終えた野菜達を段ボール箱に入れ、軽トラ
の荷台に乗せると、ふざけて北に腰を持ち上げ
られて彼女も乗せられ、きゃっと彼女が声を
上げたら、彼は楽しそうに笑っていた。


『北さん、私重たいのに!』


「乗ってみたそうな顔しとったから。
ちゃんと飯食うとんか?余裕やったで。」


『北さんが力持ちなだけやから。』


美琴と同じく長袖を着ているので、そこからは
体格は見えないが、高校の頃からその逞しさは
既に把握済みだが、男らしい所を不意打ちに
見せられて、彼女は戸惑ってしまう。


といっても、自分の周りにはこんな悪ふざけを
する人間が多いので、慣れっ子にはなっていた
のだが、北がそんな素振りを見せるのは珍しい。


荷台に立ち、段ボール箱の野菜を確認すれば、
色とりどりの綺麗な野菜に見蕩れてしまい、
これを失敗無く作った彼を改めて彼女は尊敬
した。


「大収穫ってトコやな。」


『さすが、北さんです。』


「ほんま、美琴は気持ちいいくらい
褒めてくれるな。」


本音ですからね!と彼女が言いながら、野菜を
見つめていると、体は正直でお腹の虫はぐーっ
と鳴り、「みたいやな」とくすくすと北は笑い、
『私のアホ』と恥ずかしそうに顔を顰める
美琴にそろそろ帰ろうかと手を差し出した。


『あ、大丈夫ですよ。』


「ええから、おいで。」


『…ん、おいで???』


彼の言葉に疑問を抱きながら、荷台から降り
ようとしていたら、北は彼女の脇を抱えて、
ひょいっと再び抱き上げて下ろす。


「怪我したら危ないやろ?」


『もー、北さん子供扱いしすぎや!』


彼の言葉の意味をわかった彼女は恥ずかしさに
限界が来て、『自分で降りれたのに』と顔を
真っ赤にして、ポカポカと彼の胸を叩くと、
彼はあしらうように声を出して笑い、彼女を
軽トラックの助手席に乗るよう促す。


頬を膨らます美琴の機嫌を戻そうとして頭を
撫で、「ちゃんと女の子だと思っとるからするん
やで?」と彼に言われてしまったら、何も言い
返せない。

彼女は助手席の窓にコツンともたれ、彼の家
までの道のりをのんびりとトラックに揺られる。

「あ、そうや。帰る時野菜持って帰り。
美琴用に袋に別で入れといたから。」


『本当ですか!?ありがとうございます。』


「あと、治にも持って行ってくれるか?
ちょっと近所のおばちゃんにも届けなあかん
から、行けそうにないわ。」


『大丈夫です、もちろん持っていきます。』


北の家に到着して、縁側へと野菜を運ぶのを
手伝っていると、彼の祖母は嬉しそうに彼女を
迎え入れてくれた。


「いらっしゃい、美琴ちゃん。」


『こんにちは、いつもお世話になります。』


「信ちゃんに美琴ちゃんみたいな
お嫁さんが来たらええんやけどなー。」


「ばーちゃん、美琴が困っとる。しかも
それ言うのもう35回目や。」


彼の祖母の反応は真面目な答えを返さないとと
返事に迷っていると北が「まだこの子は学ばんと
いけん事がたくさんあるから。」と助け舟を出し
てくれる。


『そうですね、まだまだ未熟者です。』


無邪気に笑う彼女の頭を撫で、精進あるのみ
やなと言えば、『頑張りますね!』と彼女は
張り切るので、彼は見守るように目を細めた。


「とりあえず、飯食おうか。美琴のお腹が鳴って
からだいぶ時間経ってしもうたし。」


『…忘れてくれとると思ってました。』


「美琴ちゃん、お稲荷さんあるから上がり、
いっぱい食べや。」


『ぜひ頂きます!おばあちゃんのお稲荷さん
大好きなんです。』


「あら、嬉しいこと言うてくれる。」


「いっぱい食べて、大きくなりや。」


『また北さんはそういう事言うて。』


他の部員が見たら驚いてしまうのではと言い
たくなるくらい、今日の北は何度も美琴を
揶揄い、その反応を楽しんで何度も笑う。


嬉しそうに出されたものを頬張るので、その
緩んだ顔に釣られて北の表情も緩み、胸の中に
は暖かいものが流れる。


こんな気持ちにしてくれるのは彼女だけだと
考えながら、彼女の喜ぶ顔が見たくて、どう
喜ばせてやろうと悩む彼の視線はとても優しく、
そして穏やかだった。


準備が整ったら、いつでもお嫁においで。


北はまだ恋人ではないので、その言葉は心の中
に閉じ込め、もっと食べやといつもの様に彼女
のお皿に稲荷寿司を移すのだった。


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