カタカタとキーボードの打つ音が響き、自宅に
持ち帰った仕事をコーヒー片手に淡々とこなす、
休日らしくない休日。
わざわざここまで足を運んでくれたのに、恋人は
嫌な顔を見せるどころか寧ろ張り切って、日頃の
成果を発揮できると到着早々に一人で上機嫌で
買い出しに出掛けた。
「もう少し我儘を言ってくれても構わないのに。」
計画は立てている旅行も、赤葦の仕事が多忙で
予定が合わず、先延ばしになっている事もお互い
様だからと理解してくれていることも思い出し、
思わず彼の本音が盛れる。
自分の仕事に文句を言われるのは困るが、あまり
にも聞き分けが良過ぎるのも罪悪感を抱く赤葦は
彼女が家を出る前に入れてくれたコーヒーを一口
飲むと、不穏な音は突然聞こえ、一気に空は暗く
なっていた。
「これは、嫌な予感が…。」
せっかく彼に会える日なら、ずっと快晴であって
欲しかったと願う美琴は、今の天候とは全く違う
予報に嘆き、全力で買い物袋を持って走った。
『お仕事に集中して貰いたいし!』
一瞬スマホの振動を感じたが、それを確認する
前に赤葦のアパートまで向かう方がいいだろう
と考える彼女は、スニーカーを履いていた自分
を褒める。
このままもう少し…と走り続けていると、見覚え
のある影が自分に向かっていて、それに驚く美琴
は驚く声を上げた。
「美琴!!!やっぱり、一足遅かったか。」
『あれ、京治…お仕事は?』
「生憎、ずぶ濡れになりそうな恋人を放っておく
ような性格は持ち合わせてないんだ。」
嫌な予感が的中した赤葦が、傘をさして迎えに
行くと、案の定、すぐそこならと何もささずに
走ってくる彼女を見つけ、溜め息を吐く。
『かえって迷惑かけてしもうた。ほんまに
ごめんなさい。』
「謝ることじゃないから、とりあえずすぐ
帰ろう。」
そして彼女の手に持つ荷物を取り上げると、傘を
持つ手の腕に掛ける彼は、反対の手で彼女の手を
引いて早足で自宅まで戻った。
「美琴、こっち来て。」
赤葦は先に湯を貯めて、その次タオルを持って
くるとすぐにわしゃわしゃと美琴の頭を拭いて
あげると、彼女の着ていたブラウスまで濡れて
いた模様で、身体のラインがはっきりと見える
状態に、思わずグッと唇を噛み締める。
ここ最近、多忙でご無沙汰だった赤葦には刺激の
強すぎる光景だったのか動揺するが、頭をタオル
で覆われた美琴には彼の顔は見えてはいない。
このまま一緒にお風呂に入ってしまおうか悩ま
しいが残念ながら仕事はまだ少し残っている。
色々な感情を堪える彼は吹き上げたタオルで
美琴を包み、上手く笑顔で誤魔化して彼女を
脱衣所まで誘導して、彼女に悟られる事は
無かった。
「風邪ひいたらいけないから、早くお風呂に
入っておいで?着替えはこれ使って。」
『ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて。』
申し訳無さそうに風呂を借りる美琴の頭を撫で、
そのまま脱衣場を出てパソコンのある位置に戻る
彼は机に伏せて、気持ちを鎮める。
「危なかった…。よく耐えたぞ理性。」
すっかり冷めてしまったコーヒーを口にして、
気を取り直して残りの作業に集中をする彼は
眼福効果か驚く程に効率が良くなっていた。
『…お風呂、ありがとう。』
ひっそり、赤葦の仕事の邪魔ならない為にもと
小さい声でお礼を伝える美琴は、赤葦から借りた
Tシャツが懐かしいものだったりもして、嬉し
そうに身に纏うものを見つめていた。
そして静かにベッドに腰掛けて、黙々と小説を
手に取ると黙々とそれを読み始め、しかし自分
が思っているよりも体力は消耗していたらしく、
瞼は段々と重たくなっていく。
ザアザアと響く雨音と共に彼女はゆっくりと瞼を
閉じ、こてんと身体を横にしていた。
「ふう、これで何とか一段落着いたな。
美琴、お待たせ…!!?」
やるべき任務は終了を迎え、達成感にグッと軽く
腕を伸ばす赤葦は、付き合ってくれた美琴に
感謝して振り返ると、またもや思いもよらない
彼女の姿に赤葦は息を飲んだ。
自分の貸した梟谷のTシャツに彼女が持ってきて
いたショートパンツ。
そして問題は彼女の体勢にあったのか、何も掛け
ずにすやすやと眠っていて、脚はバッチリと赤葦
の視界に入っていた。
「疲れていたにしても無防備過ぎるよ、美琴。」
先程の光景に加えて色々と刺さってしまう赤葦は
頭を抱え、恋人同士といえど寝込みを襲う訳にも
いかず、紳士になろうとする彼が彼女の後ろに
あったタオルケットに手を伸ばす。
そっとそれを掛けた後に美琴の頬に触れると、
幸せそうに自分の手に擦り寄る彼女に目を細め、
愛しさが溢れてしまった彼は静かに唇を重ねた。
『んっ。』
「…ごめん、もう1回だけ。」
もう一度くらいなら。
そう思って唇に触れたのがまずかった。
自分の中で我慢していたものがプツリと切れ、
柔らかいその感触が癖になる赤葦は、彼女の上に
被さると止まらくなった自分の行為に謝り、再び
触れるだけのキスをする。
このまま起こしてしまうだろうかと眠る彼女に
罪悪感を抱きながら、次の行為に進めそうに
なったその時、自分の胸ポケットから聞こえた
着信音で彼は冷静さを取り戻した。
「…はい。」
「もしかして、お取り込み中だった…?」
「そんな事ないです。寧ろ、止めてくださって
ありがとうございます。」
「いえ、どう致しまして。って何を?」
その電話は黒尾からで、彼女の隣へと腰掛けた
赤葦の突然のお礼の理由が全く思い当たらない
彼は、電話の先では首を傾げていた。
「今のは気にしないでください。ところで要件は
何ですか?」
「いや、今日ビアガーデンのチケット貰って来た
から一緒にどうかなって思って。今の雨も
通り雨みたいだから、あと少しで止むって。」
「そうですか。せっかくのお誘いで申し訳無いの
ですが、今日は美琴がこっちに来てまして。」
「じゃあ、尚更。美琴ちゃんが大好きそうな
豪華バーベキュー付きだから一緒にどう?」
「バーベキューですか?」
「海鮮もあるから、かなり喜ぶと思うよ?」
黒尾の誘いに迷う赤葦は少し悩むのか、じーっ
と美琴を見つめ、彼女の作った料理ももちろん
楽しみだが、なかなか集まれない面子との食事
も楽しむのでは?と考える。
「ちょっとだけ、待って貰えますか?」
「ん。了解。」
電話を切って、彼女を優しく揺すって起こせば、
ゆっくり瞼を開けた彼女は目を擦って、未だに寝惚けている彼女に彼はあえて今のうちに質問を
した。
「美琴、黒尾さん達とバーベキューとお酒を飲み
に行きたい?海鮮もあるって。」
『バーベキュー…、シーフード、美味しそう。』
「これから、お出かけしてみる?」
『んー、おかずストックは?』
「明日、一緒に作ろう。俺にも作り方教えて
欲しいし。」
決まりだね。と立ち上がる彼はもう一度黒尾に
連絡を入れ、二人の会話を徐々に理解した彼女
は驚いた様子で赤葦を見た。
『いきなり豪華なものに変わっとる。』
「あまり我儘を言わない美琴への罰かな。」
『罰どころか御褒美な気が…。』
「今日は気にせずお酒も飲んで大丈夫だからね?」
そう言ってニッコリと満面の笑みで笑う赤葦は、
美琴の手を引いてその格好はまずいと着替え
させ、黒尾に言われた待ち時間に間に合わせる
ように身支度を整える。
『明日はいっぱい甘やかしますからね?』
「いつも甘やかされてばっかりなのに。」
その後は美味しいお肉やシーフード、そして前
よりも飲めるようになったビールを堪能して、
以前とはまた違った素直さを持つ美琴を赤葦は
帰宅してそこで初めて目にするのだった。
『京治、ずっと愛しとるよ?』
「美琴ちょっと待って、こっちの自制心が。」