お湯を掬うとひらひらと落ちてきた一枚の紅い葉
に季節を感じて、ガラリと扉の開く音が聞こえる
と、彼女の頬も掌のものと同じ色に変わる。
ようやく都合が合い温泉旅行へと来た二人は、
今回はしっかり贅沢をと張り切って普段より
ランクの高い露天風呂付きの温泉宿を予約して、
念願のデートを楽しんでいた。
そしていざ一緒に入ろうとすると、大好きな人と
楽しみたいけれど恥ずかしさもあるせいか、美琴
が迷いを見せて脱衣所の前で立ち止まり、赤葦も
それに合わせて止まると彼女と向かい合う。
「美琴?」
『あの…えっと、嫌とかやなくて!』
赤葦を傷付けないようにとオロオロしている美琴
の言いたいことは大体予想が付いていて、赤葦に
とっては気になることなどない。
そして心の中では「美琴が恥ずかしくなる部分は
ある程度は見てきたのだけど」と考えてしまうが、
そんな事を口に出したらきっと彼女は石化して
しまうので、今はその指摘は抑えておいた。
「美琴が恥ずかしがってると、余計にこちらには
唆られるものがあるんだけどね。」
『今日の京治は意地悪や…。』
「うん、その困った顔も可愛い。」
しかし旅行で浮かれているからなのか、赤葦の
感想は若干漏れ気味で、美琴が逃げ出してしまう
前に先に入らせたい赤葦は、彼女を上手く誘導を
して、自分も時間を置いて浴室へ向かう。
「ゆっくりしていると美琴がのぼせ上がって
しまうだろうな。」
案の定、赤葦が扉を開けた時には端っこで縮こま
っていて、耳まで赤くしていても自分をちゃんと
待ってくれている彼女を可愛らしく思い、堪らず
口元は緩んでしまった。
「美琴、そこから見える紅葉みたい。」
『やっぱり慣れんもんは慣れんから!』
ゆっくり檜の香りを楽しみながら浸かって、つい
揶揄って美琴の頬に触れると、振り返る彼女は目
のやり場に困るのか泳がせていて、わざと自分の
身に寄せてみた。
「せっかくリラックスしに来たんだから、力は
抜かないと。」
『分かっとっても、ドキドキするんです。』
「ドキドキされるのは光栄だけどね。」
少しでも緊張が解れるように、彼女の肩を軽く
マッサージをしたりとスキンシップを取ると、
される側よりもする側になりたいのか、やっと
赤葦側にくるっと向きを変えて、彼女も彼の肩を
ほぐし始めた。
『そっちの方が肩こるお仕事なんやから、私が
やりたい。』
「ふふっ、ありがとう。ちょうどいい力加減だ。」
心地良さそうにする赤葦を見ると美琴も満足そう
に笑って、景色を眺める余裕の出来る頃には赤葦
が後ろから美琴を包んでその温もりを味わった。
『ほんまに絶景ですね』
「うん、いい時期に来れたね。」
何も考えずに過ごせる、至福の時間。
寄り添っていると、やっぱり恋人に触れていたく
なる美琴は、赤葦の手を取りぎゅっと握り締め、
その後に緩めてみたりと、彼の手で遊び始める。
『温泉効果なんかな?京治の手がすべすべに
なっとる気がする。』
「そう…かな?」
『うん、触っとって気持ちいい。』
楽しそうに撫で始める美琴の手の方が滑らかに
感じて、自分もその肌に触れてみたいが、触れて
しまえば妙な感情が出てしまうに彼はグッと必死
に堪え、疚しい気持ちを我慢した。
『京治の手、綺麗やから好きやわ。』
「俺も美琴の手、好きだよ」
ふんわりと向けられた笑顔も自分に触れる仕草
も、赤葦にとってとてつもなく可愛らしく見える
のだが、今、欲のままにこんな所で盛り上がって
しまうと、せっかくのこの後のご馳走が堪能出来
なくなる。
この先の楽しみはまだまだあるのだからと、彼は
笑って誤魔化して、美琴に気が付かれないように
上手く下腹部からは距離感を取り、その試練は
何とか持ち堪えるのだった。
『やっぱり、温泉には美味しいご飯のセットが
最高やね。』
その蕩けた表情を目にした時、赤葦は自分の理性
に勝って正解だったと頷いて、そこの特産である
お酒も一緒に口にした。
「うん、美味しい。料理にやっぱり合うね。」
『ふふっ、京治が美味しそうに食べとるとこっち
も嬉しくなる。』
「美琴が美味しそうに食べてくれてるしね。」
幸せそうに頬張る美琴に赤葦も目を細めて、少し
お酒が飲める事を羨ましそうにする彼女の視線が
気になり、彼は手元のお猪口と彼女を交互に見た。
「少しだけ、味見してみる?」
『えっ、でも迷惑かけたらアカンし。』
「熱燗だからアルコールも少しだけど飛ぶし、
今日くらい気にしなくてもいいんじゃない?
美琴、酔いやすいだけで飲むのは好きなんでしょ?」
万が一彼女が積極的になってしまったとしても、
もう今の空間は二人きり、前回も可愛くキスを
お強請りされただけだしとニッコリ微笑む赤葦は
彼女にお猪口を差し出して、一口分だけを注いで
あげた。
『じゃあ…お言葉に甘えていただきます。』
正直味は美琴の好みで、恐る恐るそれを口にした
彼女は、コクリと喉に通すとふんわりと広がる
甘い香りにパチパチと瞬きをして、いつもよりも
意識もハッキリある感覚に、赤葦見て目を輝か
せた。
『美味しい!』
「うん、良かった。一応水は飲んでおく?」
『せやね、その前に料理ももう一口。』
普段だと意識がふわふわと遠のくのだが、今日は
いつもと場所が違う影響もあって、嬉しそうに
再びお刺身を口にした彼女は、その組み合わせを
嬉しそうに味わって、少し大人になった気分に
なる。
「本当、分かりやすいくらいに喜ぶな。」
『少しでも強くなれたんなら、楽しめるもんが
増えるかもって思うて。』
「そうだね。…でも冷酒はまだ怖いから、口に
しちゃダメだよ?」
『もちろんです。今日もさっきのひと口で我慢
しときます!』
「ははっ、よろしい。」
飲んだらコロンと変わってしまう姿もアリだとも
思っていたけれど、やっぱり今日は長い時間二人
で楽しみたい。
『まだ寝ません!』と宣言した美琴に笑って彼女
の頭をポンポンと撫でて、デザートまでしっかり
と味わえると、赤葦もつい油断したのか二人で
寛いだ時に思わぬ自体がやって来る。
『京治、京治。』
「どうしたの?」
『えっと、…チュウしてもええ?』
明日の行く場所を確認しようと旅行雑誌を広げて
いると、横に並んで一緒に見ていた美琴は徐々に
静かになって、突然赤葦の袖を引っ張って声を
掛ける。
赤葦がそれに顔を向けると、美琴が言って来た
のは、素面の彼女からは絶対に聞けないあまり
にもストレート過ぎるお強請りに、赤葦は一旦
動きが止まった。
「(これは、まさかの、時間差攻撃!!?)」
『京治の横おったらずっと顔熱いし、やっぱり
ドキドキする。』
「またこのハプニングを味わうとは…!」
一度目にするとこの度は自然と受け入れ態勢が
赤葦も整っている模様で、抱きついてきた彼女に
動揺を見せずに内心は嬉しさを抱く。
「明日に響くといけないから、程々にお相手
するよ?」
『京治も我慢せんといて?』
「〜〜〜〜!!!」
チュッと可愛らしい不意打ちのキスを食らって
しまって、そこからは赤葦もスイッチが入って
甘い夜と化す。
翌日に『やっぱりアカンかった』と顔を覆って
嘆く彼女に、赤葦は「どんな美琴も大好きだよ」
と笑って、その愛しさから彼女を思い切り抱き
締めた。