その日はいつにも増して、上機嫌だった。
ほんのりと肌寒い季節がやって来て、しかし身体
を動かすにはちょうどいい気候。
おかげで調子も絶好調だった模様で、練習終わり
に鼻歌を歌う上機嫌のその男は、小さなその影を
すぐに見つけると嬉しそうに手を振り、申し訳
無さそうにやって来たその人物はのチームメイト
に深々と挨拶をし、手土産を差し出した。
『いつもお世話になります。すみません、今年も
お世話になります!』
「お、ついにその季節がやって来たか。」
「美琴ちゃんいらっしゃい!」
「わざわざ手土産まで持たなくても気にしねえ
のに。」
「しかも、センスいいもんね。練習の合間に
食べれるものとかね。」
『そんな大層な事しとらんから、褒めんといて
ください。』
美琴から受け取った明暗が時の早さにしみじみと
していると、木兎も彼女を見ると目を輝かせ、
いつ来ても礼儀正しい彼女を誰かとは大違いだと
佐久早は感心していた。
「…その性格、本当に宮の恋人なのか?」
「なんべんも言うとるけど、そうやって疑うの
禁止!」
怪訝な顔で見つめる佐久早の視線に恥ずかしく
なったのか、徐々に美琴の顔は熱を持ち始め、
それを見兼ねた侑は、好き放題言う仲間に注意
して、自分の方へと引き寄せた。
『ふふっ、皆さんやっぱり面白いです。』
「美琴もそう言うたら、この人ら調子に乗るから。」
温かく迎えてくれたブラックジャッカルの仲間達
に美琴もホッとしたのか緊張気味だった表情が
緩み、念入りに準備運動をしたら練習スタート。
今年も参加予定となっていた町内のバレーボール
大会に向けて、北や治の足を絶対に引っ張りたく
ないと考える美琴は、サポーターをつけると真剣
な表情へと変わった。
「美琴、動きがダメな方に戻っとる。前に言うた
事、覚えとるよな?」
『すみません、大丈夫です!』
腕を組んで美琴の動きを確認する侑は、昨年に
引き続き厳しい口調で指摘を入れて、彼女もそれ
にしっかりと答える反応で、自分の苦手な部分を
直そうとする。
一生懸命な彼女の姿を見るとつい混ざりたくなる
日向や木兎もコートに近寄っていき、最後は豪華
なミニゲームとなって、動きに慣れてきた美琴も
自信が付いてきた。
『ありがとうございました。皆さんも練習後で
お疲れのはずやのにご迷惑を。』
「迷惑じゃないって!頑張ってるの見たらつい
身体が動いただけだから。」
「そうそう!新鮮で超楽しかったし。」
「…あー、くそ。こっちは素人おるっちゅうのに
はしゃいどるし。」
「美琴に打つわけじゃねーんだから大丈夫だろ。」
「臣くん、すぐ帰るって言うとったやん。」
『まさか、佐久早さんにあげる日が来るなんて
思いませんでした。』
徐々にチームメイトが去っていって、少しだけ
二人だけの甘くて楽しい練習時間。
そんな予定を描いていた侑は、他のチームメイト
も遅くまで残るのは予想外だったようで、本来の
練習が終わるとすぐに帰ると聞いていた佐久早も
帰宅せずに美琴に丁寧にアドバイスを送っている
ので、侑は不満そうに呟いた。
限られた練習時間はすぐに終わりを迎え、彼女が
帰る支度を済ませて見送る時が、やっと作る事が
出来た二人きりの時間。
「あんだけ動けたら何とかなるやろ。」
『今年も優勝目指します!』
「そんだけ張り切ってくれとったら教えがいが
あるな。」
やる気を見せる美琴に侑も嬉しそうに笑い出し、
応援しているとその成果が自分も試合で見れない
事を残念に思いながら彼女の頭をポンと撫でる。
「お互い、頑張ろうな。」
明日も朝早く仕事に出る美琴は、侑と話す時間は
今の僅かしかなくて、彼に触れられるとどうして
も別れる時間が名残惜しいと感じてしまい、途中
で足は止まる。
「美琴?」
曇った表情に変わる美琴に侑も気が付いて彼女の
心配をすると、彼女の方から侑を抱き締めて彼の
胸元に顔を押し付けるので、彼女からの珍しく
そして大胆な行動に侑の方が戸惑いを見せ、声が
裏返ってしまっていた。
「待って、ちょっ…俺、今汗臭いやろ!?」
『そんな事ない、これが落ち着くんです。
大好きな侑さんがおるって実感できるんです。』
美琴は胸元に顔を埋めたまま否定をすると彼の服
を掴む力は強まり、大好きな香りだと言われると
彼も彼女を抱き締めたくなって、自分の手を後ろ
に回す。
『最後ちょっとだけしか会えとらんかったから、
図々しい事に私も侑さん不足やったんかな。』
「恋人同士なんやし、図々しい事とちゃうやろ?」
『でも、よく考えたら私も汗臭いかも…。』
「さっきの言葉、そっくりそのまま返したるわ。」
不安そうな表情で見上げた美琴にニヤリと笑う侑
は優しく額にキスを落として、彼女はそのまま
口元へ進んでしまうと思ったのか、ギュッと目を
瞑ると、彼はその先は何もせずにもう一度優しく
頭を撫でた。
「この後はお互い試合に勝ったご褒美やな。」
『ご褒美…?』
「あ、美琴ちゃんはこの後の事考えた?えっちな
子になってしもおたんやなー。」
『そんな、ちゃいます!!!』
きょとんと首を傾げた後の侑の揶揄いに彼女の顔
は真っ赤になって、ポカポカと彼の胸を叩き出す
と侑はまた楽しそうに意地悪を言い、彼女の上着
を整えた後にひらひらと手を振って、可愛い恋人
を見送る。
『もう、侑さんで元気満タンになったので
大丈夫ですからね!』
「ほんまか、じゃあ気合い入れ過ぎて熱出さん
ようにしときやー。」
『侑さんも身体冷やしちゃダメですからね!
ありがとうございました。』
「はいはい、すぐ着替えるからな。じゃあ、
またなー。」
最後はムキになった口調で車に乗った美琴は
そのまま発進させ、その姿が見えなくなるのを
確認すると侑はその場にしゃがみこみ、先程まで
の飄々とした態度とは真逆で、両手で顔を覆って
悶絶していた。
「何なん、あの可愛い生きもんはー!!!!」
俺でげんき満タン?どうやったらそんな嬉しく
なる言葉思い付くん?と愛しさが溢れる言葉を
吐いて帰った彼女への感想がぽろぽろと出て、
歓喜のあまり叫び出す。
自分を必要として抱きついて来た時を思い返す彼
は堪えていた気持ちが今になって爆発したのか、次にはこのまま引き留めずに帰した自分を偉いと
褒め出す。
「って、身体は冷やしたら絶対アカンわ。」
彼女の言った通りに動く彼は、そのまま更衣室
へと向かい、試合で勝った報告をした後の彼女の
表情を目に浮かべると、また口元は緩んでいた。
「あれが家だったら抱き潰しとった。」
「お前、真顔でなに気色悪い事言ってんだよ。」
「待って、臣くん…まだおったん?」