甘い冬


『これ、めっちゃええかも。』


毎年恒例のその行事を今年は一味変わったものに
したいと閃く美琴は、たまたまふらっと寄った
雑貨屋で見つけたそれを購入すると、嬉しそうに
自宅に持ち帰った。


そして前日にはお世話になっている人達の分の
ブラウニーも忘れずに作ると、翌朝張り切って
おにぎり宮に出勤する彼女は、治が喜んでくれる
だろうかと大好きな笑顔を頭の中に浮かべて胸を
ときめかせる。


「美琴、わざわざ焼いてくれたんか!?」


「勘違いすな。悪魔で義理やからな?義理。」


「分かっとるわ。年に一回、寂しい男が唯一
ほっこりできる日なんやから優しくしてくれ。」


『銀島さんにはいつもお世話になっとるので。』


「美琴ー!」


「ホワイトデー期待しとるからな、銀。」


『治さん、そんなこと言うたらダメです!』


「言われんでもちゃんとするけど、お前のその顔
腹立つわ。」


慌ただしく過ごしたその日は、夜に立ち寄った
銀島が最後の客となって、治と一緒に見送った後
に暖簾を片した。


次の作業に移ろうとすれば頭頂部に重みを感じ、
美琴がそれを不思議に思っていると、彼女の頭
には治の顎が乗せられていた。


『治さん…?』


「俺、まだチョコも何も貰っとらん。」


彼女のお腹に手を回す治は少しつまらなそうに
頬を膨らませていて、少しその仕草は子供っぽさ
がある。


「どいつもこいつも毎年と変わらず催促に来るし、
少しは遠慮してくれてもええのに。」


お昼にはブラックジャッカルのメンバーが店に顔
を出して、満面の笑顔で現れた自分の片割れは
遠慮が全く無かったせいか、彼はぽつりと不満を
こぼしていた。


「美琴のこれが無いと2月は始まらんって!」


「お前、ほんまに気を遣うとか無いんか。」


「可愛い妹分って事は変わらへんし、可愛い可愛い
後輩が変な男に引っかかっらんように常に目は
光らせとるけど?」


「お前、同じDNAでよう言うたな。…それに、
俺の方がマシやろが。」


時が経ってもなかなか変わる様子を見せない双子
の口喧嘩を思い出し、その時は治の方が大人な
対応を見せていたのだが、今は拗ねている。


そんな彼を可愛らしいと思う美琴はクスッと笑い、
彼の腕の中から抜け出して向かい合うと微笑み、
彼の両頬にそっと手を添えた。


『治さんの為に、ちゃんと準備してますよ?
実は、とっておきのものを見つけたので。』


「とっておき?」


『です!まだ内緒にしときたいんやけど。』


仕事が終わったらその日は美琴の家に寄る約束は
覚えていたが、二月に入ってからずっと楽しみに
していたものをこの場で貰えるのだろうと考えて
いた治は首を傾げる。


『帰ってからのお楽しみですね!』


帰り道、そう言いながらも早く彼に見せたいと
いう感情が握るその手に出ていて、彼女が焦って
転んでしまわないように落ち着かせようと、自分
のポケットの中に繋いだ手を入れた。


「美琴の方が俺よりも楽しそうにしとる。」


『何でやろ、私の方がウキウキしてきてます。』


恥ずかしがったその手を逃がさずに、そう言って
ゆっくり歩くように促せば、はにかむ彼女に愛し
さは増して、抱きしめたくなった。


美琴の事になるとつい欲張りになってしまう治は、
冗談で言った先程の発言の中に嫉妬の気持ちも
混ざったりもして、つい彼女に意地悪を言って
しまう。


恋人になって二度目の冬、なかなか大人になれ
ない自分に反省するのは美琴が幸せそうに治に
身を寄せた時だった。


「確かに、これは今までやった事無かったな!」


『見た瞬間、これはやらんと!て思うてすぐに
買っちゃいました。』


美琴の家に到着し、甘いものが欲しくなる腹八分
の程よいメニューを堪能した後、この度のメイン
を見せた美琴は予想以上のリアクションを見せた
治に釣られて興奮気味に答え、しっかりとそれに
合った食材も準備していた。


「王道のバナナにいちごにマシュマロ、それに
パンとクッキーも…?ここにあるもん天国やん。」


『これは治さんとやないとあかんって思うて。
もちろん、これはちゃんとお砂糖控えめで準備
してます。』


「美琴、わざわざ焼いてくれたん!?」


『ちゃんと手作りを提供したくて。パンは時間
経っとるから不安なんですけど。』


「十分すぎや!俺のためにこんなにも…。」


感動で目を潤ませている治を見て、フォンデュ
キットを買って正解だったと心の中で小さく
ガッツポーズをする美琴は、早く彼に味わって
欲しくて勧める。


「…うま!」


『ですね!』


そして治が口にした後に彼女も味わって、やはり
美味しそうに食べるその表情が大好きだと目尻を
下げた。


『ふふっ、やっぱりその顔見ると作って良かった
って思えますね。』


「そっくりそのまま返したい言葉やけどな。
美琴のその顔見たら、食欲増すわ。それに美琴の
作ったクッキーもパンもめっちゃ美味いし。」


『治さん、食べるの早い!』


「これ、やみつきで止まらん。俺ばっかやなくて
美琴もしっかり食べ。苺、好きやったよな?」


フォークに刺された苺をフォンデュに漬けて、
それを笑って美琴に差し出すと、彼女は少し照れ
臭そうに口を空けて彼に近づく。


齧ろうとした美琴の髪にチョコが付かないように
伸ばした治の手が不意に耳元に触れると、彼女は
余計に恥ずかしくなって、触れられた部分に熱を
持つ彼女は視線を逸らした。


「あ、いちご食うたらいちごみたいになっとる。」


『あんまし意地悪言わんといてください。』


意識したら余計にぎこちなくなる美琴が面白く
なって、ついイタズラ心が芽生えて揶揄う治は
楽しそうに笑い、彼にどれだけ照れ臭い行為なの
かを証明したい彼女は今度は逆に彼にフォークを
差し出した。


「付き合う前から割とやっとったやん。」


『なんか今までと雰囲気違ったんです!
治さんも分かりますよ。あーん!』


「美琴のその負けず嫌いな所、嫌いやないで?」


ムキになる美琴を可愛いと思い震える治は、向かい
合って座っていた彼女を遠いから隣に招き、素直
に差し出されたものを口にしようと彼はゆっくり
顔を寄せる。


しかしそれは食べようとするふりを見せるだけ。
彼女のフォークを持つ方の手首を押さえて治が
味わおうとするのは彼女の唇で、目を伏せる。


『んっ…んんっ!!?』


フォークにあるものを落とさないように器用に
彼女も支えて深い口付けに変わり、甘いその味を
しっかりと堪能した後の治は、満足そうに目を
細めて舌なめずりをした。


「ん、こっちも美味かった。」


『うう…治さんとおったら、心臓がいくらあって
も足りん気がする。』


「ほんなら美琴の心臓が止まらん程度にやっても
ええ?…これ、ほんまに癖になりそうや。」


『治さん…!』


「ん…、お願いあと1回!」


力尽きた彼女が彼の胸に顔を埋めて羞恥の限界を
嘆き、これ以上は…!とストップをかけたいのに
惚れた弱みか、輝いたその瞳を目にお強請りを
されると目の前にあるフォークをつい齧って
しまう。


「美琴、ほんまにいつもありがとな。」


その言葉を言われると、どうしても弱くなる美琴
は『それはずるい』と小さく呟くと、されるが
ままに彼を受け入れた。


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