雨音のせい


ゆっくりと瞼を開けると再び閉じたくなる程の
日差しが降り注ぎ、アラームがなる前に侑は目
が覚めた。


「あれは夢やったんか?」


ただの気の利く後輩だと思っていただけなのに、
彼女を目の前にすると不思議と独占欲と悪戯心が
芽生えて困らせたくなる。


それが素直に行動に出てしまう彼が腕の中を確認
すると、そこには自分の元に引き寄せたはずの
後輩はそこにはいなかった。


「さっきまでのは何やった?」


ずっと触れていたい落ち着く感覚は現実に起きて
いたと錯覚をして、その夢をまだ見ていたかった
と名残惜しさもある。


しかし考え込む時間など今は無く、すぐに支度を
すれば食堂には夢の中に出た相手が現れ、彼は
笑顔で挨拶をする彼女と上手く視線を合わせられ
ずにいた。


『侑さん?』


「ちょい、目が痒いなと。」


普段なら素直に言い出すのはずが今は照れ臭く、
上手く誤魔化して気持ちを切り替える彼は、天気
の話で誤魔化し、視線を外に向ける美琴も嬉し
そうに眺める。


『今日はきっと景色も絶景ですね。』


「せやな、走りがいがあるわ。」


『でも暑さもキツくなっとるから、気温には
注意せんとあかんですね。』


「美琴が途中で冷たーいドリンク持ってきてくれ
たら最高やけどな。」


『…自転車に乗せれたらいけますかね?』


「いや、冗談やて。そっちも俺ら抜けとる時の
仕事あるやろ。」


美琴がいつもと変わらない反応だと、やっぱり
あれは夢だったと確認して、何故か少し寂しく
感じる彼は無意味に美琴の頭をわしゃわしゃと
撫でる。


『なっ、どうしました!?』


「うんうん。これが普通のポジションやな。」


「アホツム、美琴の邪魔をすんなや。」


そして邪念は走っている頃にはどこかへ飛んで
いき、気分が乗っているせいか、いつもよりも
侑の走るペースも上げると、周りを見渡せば普段
は自分と同じペースで走っている治の姿も無い
状態となっていた。


「誰も付いてこんのは、珍しいな。」


しばらく坂道を進んでも、なかなか周りが着いて
来ない事を不審に思う侑は足を止め、思わず辺り
を見回す。


「しもうた。これはコースでも間違ったか?」


分かれ道まで戻ろうとUターンすれば、先程まで
綺麗な青空だったはずなのに再び昨夜同様の厚い
雲が空を覆っていて、一気に天候が変わった。


「めっちゃ裏切ってくるやん!」


突然の土砂降りに慌てて走っていると、運が悪く
も雨を凌ぐ場所は無く、見通しの悪さと靴が水分
を吸って、足取りも重たくなる。


「クッソ、最悪やっ!」


この状況に嫌気がさして自分の不運に嘆いている
と、小さな影が走って侑の元に近づいていき、
誰なのか目を凝らして探ると、それは彼を探して
いた美琴の姿だった。


『侑さん、よかった…って、わっ!』


「美琴、大丈夫か!!?」


中々戻ってこなかった先輩の姿を見つけると気が
緩んでしまった彼女は足を滑らせ、侑の目の前で
見事に転んでしまい、侑が駆け寄って彼女を心配
する。


ゆっくりと彼女が立ち上がると、足を痛めたよう
で再びバランスを崩し、転ばないように侑が彼女
を支えると申し訳なさそうに謝った。


『すみません。雨が酷くなったのに侑さんが
戻って来んから様子を見に来たら、かえって
迷惑かけてしまいました。』


「いや、こっちも気づくんが遅うなった。
美琴、歩けるか?」


必死に頷く美琴は痛くなくなったと答えて歩き
出したが彼女の足元は痛々しく、侑はその歩き方
からすぐに彼女が無理をしていると気が付く。


『皆が心配しているのですぐに帰りましょう!』


我慢強い性格だとわかっている分その言葉も嘘
だと分かって、侑はこれ以上美琴が足に負担を
かけないようにと進み始める前に彼女を背負って
しまおうと屈んだ。


『侑さん、どうされました。調子悪いです?』


「調子悪いんはお前やろ?足が悪化したら
あかんからここに乗り。」


『侑さんにそんな負担かける訳には!』


「ほーん、じゃあこのまま無理矢理お姫様抱っこ
されるんとどっちがええ?」


美琴が遠慮する事は頭の中に入れていたからか、
彼は先手を打ってもっと恥ずかしくなる提案を
すると、彼女はすぐにおんぶされる事を選んで
恐る恐る侑の背に乗る。


『すみません、よろしくお願いします。』


「素直でよろしい。」


軽々と侑が背負うと、恥ずかしさから美琴は
ぎゅっと彼にしがみついて、それを可愛らしく
思えた彼は笑っていたが、背に当たる柔らかい
感触にすぐに動きが固まり、真顔になった。


「あかん、ずっとこれはキツいかもしれん。」


『やっぱりそうですよね。』


「その…重量とかやなくて!控えめなボリューム
やけど。いや、何でもない!」


自分の発言にしょんぼりとする後輩にうまく説明
出来ずに話を逸らして進む侑は、落ち着くどころ
か悪化する雨に打たれて思ったように帰れず、
途中にあった屋根付きベンチで雨をしのいだ。


「うわ、めっちゃ水吸っとるやん!」


美琴を座らせると、彼はすぐに体温を冷やさない
為にも雨水で重たくなっていたシャツを脱ぐと
絞り、再びそれを着るのは不快だとベンチに
かけていた。


同じく美琴もシャツは濡れていたのだが、彼の
前で脱ぐわけにもいかず我慢していたのだが、
小さくしたはずのくしゃみは隣の侑の耳に届いて
しまい、少しでも身体を冷やさないように侑が
彼女に寄り添った。


『侑さん、ダメです!風邪ひいちゃいます。』


「いや、そっちも引いたら後に困るやろ。
恥ずかしがらんと自分のためやと思い。」


「すみません。」


侑が彼女の背中に腕を回すと最初はひんやりと
していても徐々に温もりを感じて、じめっと自分
の肌に纏わる彼女の着ている物を煩わしく思う。


「やっぱり脱がへん?」


『さすがにここでは…!』


「ふーん、誰も見えんとこならアリなんやな?」


わざと美琴のシャツを引っ張ると、顔を真っ赤に
して怒る反応が面白くて、つい余計にちょっかい
を出したくなるのが男心。


『侑さんは時々いじわるや。』といつもの様に
少し泣きそうに唇を尖らせるその顔が見たくて
待っていると、いつもの反応とは違った行動に
口をパクパクと動かすのは侑の方だった。


『でも、侑さんがちゃんと隠してくれるなら
ええですよ?』


突然向かい合って、侑の両腕を自分の背中に誘導
した後にしばらく彼の目をじっと見つめると、
覚悟して彼女は自分のシャツに手を掛けた。


「すまん、美琴!冗談やてー!!!」


必死にそれを止めようとする侑は思い切り彼女を
抱き止めようとしたが、残念ながら空回り。
そのまま地面に顔を打ち付けて痛みで顔を上げる
と、そこは暗い自分の部屋だった。


「・・・・!!!?」


痛みで混乱していたが、落ちたのはベッドから
だと知るとぶつけようの無い虚しさで言葉が出ず、
咄嗟に落ちた場所を確認すると先程まで一緒に
いた後輩は、同じベッドですやすやと眠って
いた。


「夢のそのまた夢か〜〜!!!!」


夢で安心するような、もっと見ていたかったよう
な、複雑な気持ちで彼は頭を掻きむしったが、
背に当たったあの感触はもしかしたら本物かも
しれないと思うと、ほんのりと頬を赤く染める。


「隠れとる最中の不可抗力やから、そこは
すまんけど許してな。」


小さく謝るその相手は、恥ずかしさからかそれ
とも彼女もまた落ち着いたからなのかすやすやと
まだ眠っており、その時間は意外とまだ経過して
いなかった。


「にしても、アラン君見つけるの遅くない?」


周りの状況が気になる侑は、他の隠れている人間
が見つかっていないか様子を伺おうとしたら、
その扉の先には同じ顔が立っており、不意を突か
れるのに弱い彼は、思わず誰よりも大きな叫び声
をその場で開ける。


「わ〜〜!!?ドッペルゲンガーや!!!」


「あ?お前もやろが。」


その隣には「喧しい」と静かに注意いする人物も
もう一人、ベッドで眠っている後輩の姿に目を
光らせる。


「北さん、これは誤解で…!」


これも夢であって欲しいと願うには少し甘く、
侑の背中からは冷や汗が流れた。





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