また一歩近づく


『今日も皆さん、調子よさそうですね。』


「美琴がおったら胸が苦しゅうて、バレー
どころやないけどな。」


「美琴、アホはほっとき。」


「何やと、クソサム!!!」


『ふふっ、侑先輩面白いです。』


一人のマネージャー作業にも慣れて、アップ前
に部員の体調をチェックをすると、冗談まじり
の返事が返って、美琴の肩が揺れる。


本日もみんな元気だと彼女も元気になって、
彼女の呼び方が気に入らない侑は治と顔を
不服そうに見合せた。


『侑先輩、治先輩?』


「なーんか、それ…距離感あるな。」


「ツムの言いたいことは何となくわかる。
どうせやったら、さん付けとかにせんの?」


『それはさすがに恐れ多いんですけど。』


「でも俺らは北さんのこと北さんって呼んどる
やろ?同じやん。」


『そうですけど…。』


ええから呼んで欲しいと先輩達が催促を続ける
ので、彼女が恐る恐る「治さんと侑さん?」と
照れ臭そうに彼らの名前をそれぞれ呼べば、
思わぬ後輩の可愛い仕草に見事に彼らは胸を
射抜かれる。


しかし、とある事が気に入らない侑はでもと
言葉を付け足して、口を尖らせ不服そうな表情
を見せるので、今度は何やと呆れた顔で治は
侑を見た。


「何で、治さんが先なん?そこは侑さんやろ?」


「は?そりゃ、提案したんは俺やろ。」


「お前らやめー!美琴困らすな。」


先に治の名前を呼んだことが気に入らなかった
侑は不貞腐れた態度でそう言うと、面倒臭そう
に返す治の反応が気に入らないのか、そこから
喧嘩が勃発しそうになり、オロオロと戸惑う
美琴を見兼ねて、尾白が止めに入る。


『尾白先輩、すいません。私、失礼なことを
してしもうたみたいで…。』


「美琴は悪うない!アホツムが面倒臭いことを
言うからや。」


「美琴は悪うないわ!アホサムの態度が気に
入らんだけやし。」


「せやから、やめえ。美琴を困らすな!!!」


「お前ら、煩いで。」


そのまま取っ組み合いの勢いで口論を繰り広げ
ようとする侑達を尾白が間に入って仲裁すれば、
とある男の鶴の一声よって、ガラリとその場の
空気が変わった。


『北先輩。』


北の顔を見たら緊張が緩んだのか、練習中に
厳しい言葉を言われても絶対に涙を見せない
彼女が、喧嘩が止まった時に安心した今は涙腺
が緩んでしまい、一粒涙を落とすと、彼女の涙
を北は指で拭って、ギロリと双子を鋭い双眸で
見た。


「それは、美琴を泣かさんといけんくらいの
重大問題なんか?」


『すみません先輩、私が勝手に泣いとるだけ
なんです。』


「美琴はええから。」


一度出たら止まらなくなり、鼻水混ざりで美琴が
必死に伝えると、北はそう優しく言い返して
彼女に微笑み、まだ気にしている彼女を銀島が
離れときと言いながら、彼女の肩を抱いて避難
を促す。


「あ、コラ銀!!!なにさりげなく美琴に
馴れ馴れしく触っとんねん。」


「侑、話はまだ続いとるやろ?」


「…はい、すみません。」


やれやれと呆れた様子で銀島も侑と治を見ると、
治は無言で銀島を鋭い眼差し睨みつけていた
ので、その無言の圧力に恐れて、彼女の肩を
パッと離す。


『銀島先輩、ありがとうございます。北先輩
を呼んでくださったから、助かりました。』


「いやいや、それが俺とちゃうねん。」


すると、美琴が銀島に北を呼んでくれた事にお礼
を言うと、銀島には否定され、首を傾げて指さ
れた方向に彼女が目を向けると、どうやら北を
呼び出したのは角名だった模様。


パチリと美琴と角名が互いに目が合えば、
彼女は彼にもちゃんとお礼を言おうとしたの
に、ふいっと彼には目を逸らされてしまって、
それが少しだけ悲しかった彼女は落ち込むよう
に肩を落とし、そのまま仕事に戻った。


「お前なー、もうちょい態度あるやろ。」


「え。よく銀は目と目合わせれるよね。
恥ずかしくなんないの?」


「…は、おまえ照れとったん?」


「写真をさ。治に送ってもらって、目を合わせる
練習とかしてみたんだけど、どうも上手く
いかなくて。」


「ちょ、待て。美琴の写真持っとん?ホンマや!
量が怖い、怖い、怖い!!!」


「いや、お前いつか盗撮する勢いやん。」


話しかけた銀島との会話を横で聞いた赤木は
震えるように腕を摩り、大耳は「愛が強いな。」
と言葉を零す。


運良くその会話は北には入っておらず、その事情
を知るのは今いる彼らだけとなった。


「美琴、さっきはすまんかった。」


「怖い思いさせて、ごめんな?」


侑が彼女の前で両手を合わせて謝罪をしたのは、
彼女が彼らにドリンクを渡した時だった。
治にもお詫びの言葉と共に頭を撫でられて、
謙遜する彼女は必死に手を横に振っていた。


『そんな!私の方こそ、動転してすみません。
もう喧嘩を止めれんからって絶対に泣かんて
決めましたから。』


そう答える彼女がふんわりと笑えば、2人は
嫌われてないと思ったのか安堵の息を漏らし、
嫌うどころか、彼女も二人の喧嘩を止めれる
ように頑張りますと意気込むので、その言葉を
耳にした北は「頼もしいな。」と声を出して笑う。


『北先輩にもみっともない姿見せてしもうて
すみません。』


「何言うとん。美琴は色々とまだ慣れんの
やから、気にしたらあかんよ?」


美琴が申し訳なさそうに北にもドリンクを渡すと
彼は優しく目を細め、何やらこそこそと彼女の
耳元で何かを言ったのか、彼女は顔を真っ赤
にして怒り出す。


それを見た他の部員は、彼が美琴に何を言った
のかまではわからなかったが、今までに見た事
の無いその甘い空気に驚愕し、目を丸くするの
だった。


「美琴がいなかったら、北さんのあんな顔は
絶対に見れなかったかもね。」


角名がぽつりとそう吐けば、北に微笑んでいた
目が急にぱっちりと大きく開いて、彼女の表情
に北もどうしたん?と首を傾げる。


『角名先輩。今、名前呼んでくれました!?』


周りが北に驚く中、彼女は別のことで驚いた。
今まで会話どころか、目を合わせなかった彼が
美琴の名前を彼女のいる場所で初めて呼ぶので、
思わず彼女は喜びから彼の方向へと振り向く。


ぱぁっと晴れた笑顔で近づく彼女に角名は動揺
して、「え、あっ…、えっと。」と言葉を詰まら
せるのだが、自分に見せてくれたその表情が
眩しくて、逃げ出せない。


「うん、呼んだから…美琴。」


『はい、美琴です。』


恥ずかしさから、少しだけ目を潤ませて彼女の
名前を角名が呼ぶと、彼女はふんわりと笑って
嬉しそうに返事をして、ぎゅっと彼の両手を
彼女が握りしめ、彼女の温かい手は自然と彼の
緊張を解していった。


あ、これ心地いいかも。


柔らかいその感触に思わず癖になりそうだと、
ぼんやりと角名の頭の中で考える。


「「あー、俺かてされたことないのに!!!」」


その光景を悲鳴を上げながら双子達は騒ぎ出し、
すぐさま引き剥がそうとすれば、ひょいっと
角名はそれを避けて、彼女の手はもちろん握り
しめたままだった。


「そこは離さへんのや。」



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