「あの子、今頃何しとるやろ。」
「ねえ、それって数日会ってない人間に対して
使う言葉じゃないの?」
「フォルダにびっしり写真入っとるお前にだけは
言われたくない。」
インターハイ出場が決まり、それに向けて行われ
る合宿の前日は、部活は休みとなっていた。
つまらない授業の後のストレス発散がないその日
は余計に退屈で、毎度楽しみにしていた柔らかい
その笑顔を拝めないと余計に不満が募ってしまう
のか、哀愁の漂うため息を吐く治を角名は呆れた
目で見る。
そして角名はせっかくのオフ日が勿体ないと治を
見捨てる形でさっさと教室から出て行き、少し
経ってから治も教室を後にした。
「帰っても喧しいんがおるだけやし、勝手に人の
もんも食うとるやろうし…。」
とぼとぼと歩きながら、ゆっくりくつろぎたい
部屋では自分の思う様には過ごせないだろうと
この後の時間を想像する治は、自宅に戻るのも
嫌になっていた。
校門をくぐって、せっかくのオフ日なら少し寄り
道して帰ろうと決めると、バス停の前でぽつんと
一人、見覚えのある姿を見つけて首を傾げる。
「あれ、美琴…?」
美琴は、普段は自転車通学なのに使うはずのない
路線のバス停の前に立っていて、彼女はペンを
片手にメモ帳と真剣に睨めっこ中。
治が現れた事にも気が付かない程に集中している
彼女を不思議に思って、そろーっと彼女の隣に
近寄って覗き込むと、そこには見覚えのある備品
が書き出されてあり、彼女の行き先が分かった彼
は、こんなオフ日でも…!?と真面目な彼女に
感動する声を上げていた。
「何処まで健気なん!!!」
『ひゃっ…!!!へっ…、治さん?!!』
隣から突然大きな声が聞こえて驚く美琴は肩が
跳ね、咄嗟に落としそうになったペンは治が見事
な反射神経でキャッチする。
彼女にペンを渡せば、『ありがとうございます』
とふんわりと笑顔を向けられ、その表情が見たい
と願っていた彼は満足して、目を細めた。
「驚かしてごめんな、珍しい所に立っとるなあ
て思って。美琴、買い出しに行くん?
つい気になって、勝手に覗いてしもうた。」
『私は全然大丈夫です!すみません、こちらも
失礼なくらい驚いちゃいました。はい、明日の
合宿で足りないもの買いに。』
「一人で行って大丈夫なん?他の1年も呼べば
ええのに。」
『こう見えて力持ちやから大丈夫です!それに、
明日からまたハードやから休めるうちに休んで
貰わんと。』
「怖ーい先輩、いっぱいやしな。」
『そうですね、皆さん一生懸命やから気合いも
入るんですけど。』
「美琴、今怖いの認めた?」
『・・・・・!!!』
「ははっ、冗談やって。」
自分の前では少し素直な一面を見せてくれたのが
嬉しく、治が楽しそうに笑うと、バスは二人の前
に到着した。
てっきり治とそこで別れるものだと思っていた
美琴は、一緒にそのバスに乗り込む彼に目を丸く
させ、あたかも当たり前といった表情の治に戸惑
いを見せていると、彼は美琴に微笑む。
「さっきの張り切っとる美琴見とったら楽しそう
やから、一緒に付いてくわ。」
『ええっ!?せっかくのお休みの時間やのに。』
「勝手に来とるだけやからほっといてくれたら
ええし。」
『そんなそんな、ほっとくなんて!』
放っておけと言っておきながら、そのバスは利用
する人が多い為、必然的に立ち乗りに状態になり、
治はさりげなく美琴が転ばないようにと支えて
くれていた。
そんな優しい先輩を放って置ける訳が無く、彼女
は申し訳無さそうに眉を下げて彼を見上げる。
「そんな子犬みたいな目で見られたら、どう
リアクション取ったらええか。」
『子犬ですか?』
「いや、今のは気にせんで。」
美琴はまた一つ、治に迷惑をかけてしまったと
反省している一方、治は支える腰元が思いの外
心地の良い感覚なのか、どうしても体重が自分の
方向に傾いてしまう事で、余計な邪念が頭の中に
浮かんでしまう。
『治さん、しんどくないですか?』
「んー?しんどさよりも別意味の辛さが…。」
『すみません、私なんかが一緒で。』
女の子って、こんなに柔らかいっけ?
というか距離近いし、よく見たらやっぱり反応が
可愛い。
その距離に美琴も段々と恥ずかしくなり、頬が
赤くなるのに伴って目も徐々に潤み、ぎゅっと
彼女に制服を握られた時、見事に何かが刺さった
治は「アカン」と小さく本音をこぼす。
何とか持ち堪えた治がバスから降りた時には少し
疲れていたが、美琴に心配をかけまいとする彼は
平然とした表情を貫き続け、そこからは必要な物
を探し回るというミッションが待ち構えており、
余計な事は考えずに済んだ。
「美琴…ほんまにこれ、一人で行ける量や
なかったやろ?」
『そうですか?いつも何とかなっとったので…。
確かに、今日は少し楽なので助かります。』
買おうとしていた量が予想よりも多く、しかし
美琴はそれにも慣れた返事をして、一通り揃った
事を確認をして、買い出しが終わった事にホッと
する。
治が一緒だった事で、予定よりも多めに準備が
出来たことに嬉しくしている彼女を見ていると、
彼が呆れる暇も無かった。
「なんかいい匂いせん?」
『ほんまですね、何やろ…甘い感じの。』
「あ、あそこやな!」
学校に戻るバス停まで到着する向かいで、ほのか
に美味しそうな香りが2人の元まで漂い、久々に
目にするその屋台に、彼らは目を輝かせて顔を
見合わせる。
「『大判焼き!!!』」
沢山歩いたお陰でお腹はすっかり空いていて、
思い切り鳴ってしまった治のお腹の音を聞いて
美琴はクスクスと笑い出し、するとその後間も
なく彼女もお腹が鳴ってしまったので、彼もまた
それに声を出して笑い出し、彼女の顔はぼふん!
と茹だった。
「今の音、めっちゃ可愛えな!」
『うぅ…、素直に喜べません。』
「せっかくやから、買って帰ろうや。」
『それは賛成です!』
こし餡一つ、クリーム一つ、美琴が財布を出そう
とすると治がそれを止めて、たまには先輩らしい
事をと彼女の分もご馳走する。
遠慮して慌てる彼女に「頑張っとるご褒美」と満足
そうにぽんぽんと頭を撫でる治は、美味しそうに
頬張る彼女に目尻を下げた。
「美琴は、めっちゃ美味しそうに食べるな。
見とると、そっちも美味しそうに見える。」
『ふふっ、その言葉そっくりそのままお返し
しますね。治さんのも美味しそうに見えます。
こっちのクリームも凄く美味しいです。』
「それ、一口貰ってもええ?」
『もちろんです!!!』
彼女に差し出されたそれを一口齧り付いて、自分
もお返しに彼女に差し出して、二人でその味に
感動して頷いて笑い、彼女がその後に齧った様子
を見た治だけがハッと気がついて、思わず咄嗟に
顔を逸らす。
「(これってよく考えたら関節…キ…!!!
いや、余計な事は考えたらあかん!!!)」
ブワッと頭に熱が上昇した感じがして、でもそれ
を口に出してしまうと自分に打ち解けてくれた
目の前の恥ずかしがり屋は立てなくなってしまう
ので、治は口元を手の裏で押さえ、それを堪える。
『治さん、どうかしましたか?』
「いや、大丈夫や。バス来たな…。」
タイミング良くやって来たバスに乗り込んで、
そこから彼女の顔をまともに見れていたかは記憶
が無い。
だけど、一つ自分の中に溢れ出た感情に彼は気が
ついてしまい、自分の部屋に戻った時には深い
ため息を吐いた。
「こう、可愛い可愛い思うんは小動物的なアレ
やと思うとったのに。」
「お前はさっきから、何を独り言うとんねん。」