『すみません、本当にすみません!』
「寝てもいいって言ったのはこっちなんだから
そんなに謝らなくても…。」
『でも、先輩は絶対に重かったですよね?!』
「いや、全然重く無かったから。」
バスから降りて自分の失態に必死に頭を下げる
美琴は羞恥で泣きそうな声になり、それが一つも
嫌じゃ無かった角名は、大丈夫だからと安心させ
ようとする。
「喜んで写真撮りまくっとった真実を伝えて
やりたい。」
「そんなん、角名に殺されるどころか美琴が
パニックで泣くだけやからやめとけ。」
どちらかといえば角名は無垢な寝顔を楽しんで
いたのが本音だが、今の美琴に言えるはずも無い
ままもどかしさを零す治を銀島が宥めて、そんな
彼よりも気に入らない反応を見せているのは侑
だった。
「こちとら地獄の移動時間だったっちゅうのに。」
「今までで一番静かな日やったで?」
「アラン君は黙っとって!」
常に緊張状態の侑は珍しかったと三年生は面白が
って茶化すと、益々拗ねてしまった侑は向かい
合っていた美琴と角名の間にずかずかと入って
「いつまでやっとんねん!」と怒り出し、侑の
八つ当たりの矛先は何故か美琴に向けられる。
「美琴、ここは遊び場と違うんやからいつまでも
オロオロせんとシャキッとせい!」
『はひっ、ずびばせん!』
両手で頬を潰されても真面目に返事をする美琴
に「帰りは反省も兼ねて隣やからな!」と謎の業務
命令を下し始めていた。
「いや、理不尽にも程があるやろ。」
無茶な発言に銀島も呆れ、眉間に皺が寄る治は
「また意味の分からん事を…」と怒り出し、双子が
騒がしくなる前に北の目が光り出したところで
彼らは静かになった。
前もって今回利用する場所は確認していたが、
緑に囲まれた合宿所を改めて目にすると雰囲気が
違うだけで美琴も楽しくなってきて、気合いを
入れ直す後輩のその姿に優しく笑う北は彼女に
声を掛ける。
「美琴、先輩に遠慮せずにあかん時はあかんて
注意してくれたらええからな?」
『はい…、ってそれはさすがに!!!』
その言葉に勢い余って肯定の返事をしてしまった
彼女は目を丸くして振り返り、その反応に北は
また笑いながら謝る。
「すまん、張り切っとるもんやから少し意地悪を
言ってしもうたな。今のは冗談やから、困った時
は気にせず言うたらええ。」
ポンと頭を撫でられ、北の手は無意識に動いて
いたらしく、その後すぐに「悪い」と謝って手を
引っ込める。
「嫌やったか?」
『そんな!嫌とかやなくて、北さんにエネルギー
を分けて貰った気がします。』
「エネルギー?」
『今ので緊張は完全に抜けた気がするので。
…あっ!でもちゃんと、気持ちは引き締めとるんですけど!』
「良かった、なら心配いらんな。」
「頼もしいわ」と楽しそうに答えた北に嬉しそうに
深く頷く美琴は、少しでもバレー部の役に立ちたい
と思い、出来る限りサポートに励もうとする。
移動日といえどその日の練習は普段よりも内容は
ハードなもので、全てのメニュー終えた部員の中
には、初日にも関わらず疲労で悲鳴を上げながら
宿舎へ戻る者もいた。
『うーん、私はどっちに戻るべきやろか。』
「揚尾、宿舎の先輩らの事は俺らでやるから
お前は自主練の先輩らの方に行った方がええと
思うで?」
『ええの?自主練…よりも休む方が大事やね。
ありがとう、そっちはよろしくお願いします。』
美琴が自分のこの後の行動に悩んでいると、声を
掛けてくれた同級生は初めての合宿に疲れ切った
表情を見せていて、彼女は労いの言葉を掛けた後
に代わりの自分の仕事を伝達する。
「美琴ー。侑さんがお前探しとったし、
早く行った方がええと思うで?」
『わ、ほんまですか!?急がなきゃ!』
すると別の上級生が彼女へそう告げ、同級生は
「ラブコールが激しいな」と苦笑いを浮かべていた
が慌てる美琴にその声は届かず、予想する必要な
ものを持って、練習中のコートへ走って向かう。
『遅くなってすみませ…!』
ゆっくりとそれを見届ける日は無かったせいか、
その姿は美琴に輝いて見えた。
あれ程に激しい練習を行っていたのに、2対2の
動く範囲が広がるその状況でも安定に高く上げて
いる侑のセットアップ。
『何度見ても、やっぱり綺麗や。』
立ち止まって真っ直ぐそれを見つめる美琴から
憧れる自分の思いがぽつりと出て、ぼんやりと
していると勘違いをした侑が攻撃が決まった後に
彼女を呼んだ。
「美琴、ボヤっとしとらんとこっち!」
『すみません!』
「なんや、俺に見蕩れとったんか?」
ニヤリと笑う侑が冗談のつもりで言った言葉に、
美琴はしばらく黙ると頬を顔を赤く染めて頷き、
『今のセットはさすがに見蕩れちゃいました』と
視線を逸らして答える。
『先輩達のプレイが好きみたいです。』
「美琴?」
そして柔らかく侑に笑いかけ、「面白いです」と
いつもの様に笑い出すと想像していた侑は予想と
違った反応に「ちょっ…待って」と動揺を見せ、
かあーっと熱くなる自分の顔を手で覆う。
『侑さん…?侑さん、大丈夫ですか!?』
突然しゃがみ込む侑の体調が悪くなったと心配
する美琴は何度も彼の名前を呼び、他の自主練
メンバーは二人のやり取りを見ていたせいか、
全く返事をせずに唸る侑に辛辣な言葉を向けた。
「自分で振っておいて何照れとんねん。」
「…でも今、好きって言うたやん。」
「ちゃんと聞いた?侑君じゃなくて先輩達だから。
先・輩・達。そこ勘違いしたらダメだよ。」
「せやで。打つのは俺達やから俺達の攻撃や。」
侑同様にしゃがみ込んで、小さい声で呟く侑に
治と角名が現実を淡々と囁いて両側から畳み掛け
ると、野郎二人の声は耳障りになってきたのか、
「うっさいわ!」と叫んで勢い良く立ち上がる。
「お前らは後輩の優しさ見習えや!せっかく、
可愛い後輩の言葉を噛み締めとったのに!」
「絶対自分の都合がええように変換しとったやろ。
調子乗んな。」
いつも通りの騒がしい言い争いに戻ると美琴も
安心してくすくすと笑い、まだこの自主練に参加
したい彼女は先輩達に呼び掛ける。
『貴重な練習を止めてしもうてすみません!
続きしますよね!?球出ししますか?』
「撮るもんある?動きをみたいなって思うて。」
『スマホ、そう思って持ってます!』
「やるやん。」
『侑さんの御指導の下です!』
「美琴、ほんまにコイツ調子乗るから止めてな。」
治の言葉に楽しそうに笑う美琴は全体が見える
離れた場に走って移動すると真剣な表情で小さく
丸まってスマホを構え始め、練習になると忠実
過ぎる後輩に堪らず角名が目頭を押さえる。
「後で美琴にアイスあげようかな。」
「そう言ってまともに渡せずに終わるにアイス
一票。」
「その前に風呂上がり姿をまともに見れんで
撃沈にアイス一票。」
「既に賭けになっとらんやん。」
治や銀島も健気だと温かい視線を送った後、冗談
を吐きながらもそれぞれが軽く体制を整え、再び
集中する時間。
その時間を更に好きになっていく美琴は、声を
張って合図を送り、まだしばらく彼らの練習は
続いた。