「美琴って、その…結構食うんやな。」
『えっと、これは…!』
一通りの自分の役割を終えて、ひっそりと食事を
摂ろうとしていた所、たまたま忘れ物を取りに
来た治に見つかった美琴は思考と動きが止まった。
見た目とギャップのある量の定食と彼女を交互に
見た治は驚きの声を上げ、思いもよらない瞬間を
先輩に見られてしまった美琴は耳まで熱を持ち、
油断して先輩の前で大口を開けた事を後悔する。
「…って、そんなこと言われたら食べ辛いか。
俺の事は気にせんと食うてな?」
美琴は恥ずかしい姿を見られてついていないと心
の中で嘆く一方、治はまた知らなかった一面を
自分だけが知り、口元が緩みそうになっていた。
後から他のメンバーには知られていると分かって
いても、自分が一番だという事が嬉しい。
『食い意地あるなって思われるんは、ちょっと
恥ずかしいですね。』
「そんな事思うてへんて。前見た時のお弁当は
小さかったから意外やなとは思うたけど。」
『いつもお昼は授業で眠くなったらあかんから
控えめにしとるんです。』
「ほんま、いつでも真面目な子なんやな。」
そう言った治はそのまま立ち去らずに何故か美琴
の向かいに座り始め、それを不思議に思う彼女
が首を小さく傾けると、頬杖をついて楽しそうに
こちらを見る相手の首も同じ方向に傾いた。
『治さん?』
「ああ、一人で食べるん寂しいやろなって思って
座ってみた。嫌やった?」
『そうやなくて、治さんの貴重な休息の時間
やのに!』
「そんな大層なもんちゃうて。やかましい奴の
とこおるよりもこっちのが断然面白いし。」
『面白い…ですか?』
「先輩と楽しくコミュニケーション取ろうや。
まずは、しっかり食べんとせっかくの美味い飯が
冷めるで?」
彼の言葉に甘えて定食を口にする美琴は、普段
よりも更に動いたいたせいか箸が進み、しっかり
働いたあとのご飯はいつも以上に美味しいと表情
が緩む。
『これ、美味しい!』
「さっき俺も食うた。それめっちゃ美味いよな?」
『はい!これはご飯が進みますね。』
見つかった最初はぎこちなかった後輩が徐々に
自分に気を許してくれている事に嬉しくなって、
目を輝かせて答える美琴に治は微笑み、つい本音
が口から出てしまっていた。
「にしてもいつ見ても美琴は美味そうに食べるな。
こっちもまた腹減ってくるわ。」
『バレてしまいましたが、結構食べるのは好き
です。良かったら、治さんも食べますか?』
「いや、さすがに後輩の飯取るわけにはいかんて。
せや、明日は一緒に食おうや。美琴と一緒やと
飯も倍は美味くなりそうやし。」
お世辞ではなく本心から嬉しそうに首を縦に振る
美琴を目にすると治の胸の奥は熱くなり、今まで
味わった事が無い感情で満たされる彼は、咄嗟に
自分の左胸を掴んで悶える。
「ぐっ…!」
『治さん、どうされました!?』
「何なん、この感情…。美琴に癒されすぎて心臓
止まって倒れるか思うたわ。」
『言葉と逆に物騒です!治さん、何か失礼な事
をしたんやったらすみません。』
「失礼とかやなくてマイナスイオン一気に浴びた
感じの…。」
「ほーん、そんだけ満足したら充分やろ。
お前、自分だけ何楽しんどんねん。」
感想を素直に口にしながら、そのままテーブルに
額をぶつける治を見て心配する美琴を上げている
と、それとは逆に治の背後から冷たい声が降って
きて、振り返ってその声の主の姿を確認した治は
嫌そうに顔を顰めた。
『お疲れ様です!』
「美琴もまだ食うとらんかったんか。」
『もう少しだけ片付けとか残ってたので。』
「どっかの誰かさんが遅くまで練習付き合わせる
からやろ。」
「あ?練習しにきとんやから仕方ないやろ。
それに今日は移動日に後輩とコミュニケーション
取れとらんかったんやから、自主練の時くらい
呼ぶやろ!」
「にしても限度あるやろ!いくらタフな子でも
加減せえや!!!」
「あ?お前こそさっき命令しとったやん。」
「命令ちゃう!お誘いや!!!」
なかなか戻ってこない治を怪しんで探していた
侑は、想定通りに治が食堂で美琴と楽しそうに
会話していた所を発見すると不機嫌そうに治を
見下ろし、負けじと治が立ち上がって言い返すと
その場はすぐに騒がしくなっていく。
『二人とも、喧嘩は駄目は止めてください。
それに練習も今も嫌々とちゃいますし…。』
「お前ら何処におるんかと思いきや…。
いや、飯の時くらいゆっくり食わしたれや。」
「「コイツが悪い!!!!」」
「美琴、完全にとばっちりやん。」
嫌な予感がして侑の後を追った銀島は二人の喧嘩
が見えると呆れた顔で腕を組み、美琴を可哀想に
思ってそう声を掛けても、侑達の一日のこれまで
の積もる不満が止まらない。
「ここは騒ぐ場所とちゃうやろ。」
その空気を一瞬で変える事の出来る人物はやはり
一人しかおらず、三人の先輩達が石化する中、
美琴は今回も力不足だったと眉を下げた。
「うわ、それは美琴が可哀想。」
「やから、反省しとるって。」
解放されたのはその一時間後。
入浴中に侑達が北にこってりと絞られた理由を
銀島から詳しく聞いた角名が、彼女を憐れむ言葉
を向けると治は罰が悪そうに言い、侑は不貞腐れ
た様子で黙っていた。
有言実行、頑張った後輩にアイスを提供しようと
決めた角名は、美琴の姿がロビーにあったのを
一瞬だけ確認すると宿舎に置かれていた自販機で
移動中に聞いた好みの味を選んで購入し、彼女に
持っていこうとする。
「あ、ほんまに買うんや。」
「だって面倒な先輩だらけで大変なんだからここ
は労ってあげないとダメでしょ。…あとさ、
湯上りに興奮するほど変態じゃないから。」
「お前、さっきの言うた事根に持っとったん?」
「でもフォルダはまあまあ変態やろ。」
その行動に少し驚く治に角名はそう答えると、
銀島や侑の言葉はスルーのまま美琴の元へと足を
進め、優しい声で彼女に声を掛ける。
慣れてくれないとこちらも困るが、自分よりも
親密になるのも困ると分かりやすく感情が顔に
出る治は観察する顔が険しかったようで、銀島に
「顔が怖い」と指摘を受け、治も「分かっとる」と
今は静かに見届けた。
「美琴、これ良かったら食べて。一個多いから。」
『えっ、良いんですか!?』
美琴の遠慮がちな性格を読んでか、二つに分ける
タイプのものを選んだ彼は一つを彼女に渡し、
あくまで食べるのを手伝って貰おうとしていると
彼女に思わせる。
彼から受け取ったものを目にした彼女は、朝の
自分達の会話を思い出してか、それを見ると嬉し
そうに微笑んだ。
『ふふっ、角名先輩が今日のお話を覚えてて
くださったの嬉しいです。』
「まあ…その、うん。それ、俺も結構好きだった
から。」
『またまた好きな物が一緒やったんですね。
ありがとうございます。…良かったらこちらに
座りますか?』
声を掛ける事の出来た角名の成長に他の仲間達が
安心するのも束の間、眩しい笑顔と共に予想も
しない彼女からのお誘いを受けた途端、角名の
動きは止まる。
自分の為にスペースを開けてくれた彼女の頬は
ほんのりと赤く、普段目にしないラフな格好で
湯上りでは…なんて発言していたにも関わらず、
言葉を詰まらせる彼は動けずにいた。
「ほら、やっぱり言うたとおりになっとるやん!」
「美琴、それは嫌がっとんのとちゃうからな!」
「お前、言うとる事と行動が矛盾し過ぎやろ。
美琴ー、俺にもアイスちょーだい!」
角名の反応に美琴が余計な事をしたかもしれない
と悲しそうな顔を見せると、見兼ねた他の先輩達
がフォローに入って、侑がちゃっかり美琴の隣に
座ろうとすれば、そこだけは譲れない角名が再び
動く。
先輩から解放されるまではまだしばらくかかり、
彼女の同級生は一部哀れみの視線を送る。
しかし、当の本人は楽しそうに笑っていた。
「角名…お前、動けるやん!!!」
「いや、そのアイスは侑に食べさせる為に買った
んじゃないから!」
「せやからアイスもゆっくり食べさしたれや。」
『アイス、とっても美味しいです!』
「やっぱ俺ももう一本食おうかな。」