寂しさの埋め合わせ
合宿の翌日の黒尾はスキンシップが激しめで、
それを困った様に見上げる美月を見て、
孤爪はまたかと呆れた様にため息を吐いた。
「あー、平和って最高。」
『私、全然平和じゃないんですけど。』
「美月が可哀想だから止めてあげなよ。」
ことある事に抱きついたり、どこかしらを美月
の断りなく触ってきたり、美月も怒る事が面倒
臭くなってきたのか、途中から諦めるように
黒尾のしたいようにさせていると、彼は益々
調子に乗って胸元まで手を伸ばすので、我慢
出来なくなった孤爪がその手を止めて、彼に
ギリギリと容赦なく爪を立てた。
「いででででっ!!!」
「こういう時の研磨さん、怖いですよね。」
朝練を終えると夜久がボディガードの如く、
彼女の傍から離れないので、更にそれが気に
入らず悪態をつきながら教室へと入れば、
クラスメイトはまたかと苦笑いを浮かべていた。
「美月、朝からお疲れ様。」
『んー…、ありがとう。』
机に彼女が伏せていると、彼女の友人がお供え
をするかの様にいちごミルクを彼女の机へと
ぽんと置く。
『あー、生き返る。』
「ちょっとおじさんぽいよ。」
『ウソ、やだやだ止めて!』
「あはは、うそうそ。」
『もー!!!』
さすがに教室では黒尾も手を出しては来ない
ので、やっとそこで美月は息を抜く。
貰ったいちごミルクを幸せそうに口にして、
友達と仲良く会話をしている姿を黒尾はぼーっ
としながら、頬杖を着いて眺めていた。
「お前、そんなに余裕ないわけ?」
同じく彼女を目にして、壁にもたれた夜久が
黒尾に話しかけ、彼への返事をため息で返す。
なんとなく、合宿時の赤葦等、他校の美月に
対する積極的な行動が苛立ちの原因だなと
夜久は頭の中で考えたが、自分も思い出し
たくは無かったので、声には出さないでいた。
「美月の事を今回下の名前で呼びやがった奴
何人いたと思う?」
「は?数えてたのお前。」
「8人だよ。」
「…烏野来て一気に増えたな。」
「……なっ?」
少し引き気味で黒尾の話を聞いていると、
気だるそうに机に伏せる黒尾を見て、
夜久も合わせて調子が狂うと顔を歪ませた。
だけど、彼女は普段と変わらずにいて夜久が
美月へ目を向ければ、彼女は歯を見せて
笑っている。
「どいつもこいつも距離縮ませて来やがって。
てか、呑気に笑いやがって。可愛いなクソ。」
「俺は誰よりも美月に好き放題するお前が
1番ムカつくけどな。つーか、黒尾お前
心の声漏れてる。可愛いのは同意だが。」
黒尾の文句に夜久は重ねるように彼が吐いた文句
を混ぜながら、美月には聞こえない小さい声
で2人は会話を続け、そんな彼女を目にすれば、
夜久は名前くらい許してやったら?と少し
余裕ある言葉を言いながらも、2人は息を
揃えるように深いため息を吐くのだった。
昨日の倦怠感が残りながらも部活はいつも
通りで練習メニューは容赦なく決行。
自分達に足りないものを思い知らされ、
それを補う為にメニューをこなさなければ
ならなかった。
そしてそれは美月も同じで、他校の仲間達から
参考にするように業務に工夫を加えてみた。
1人で仕事に負担がかからない方法を2人いる
学校を冷静に見ながら観察して、いつもより
効率よく作業が行えていることに満足して。
「美月も動きが良くなったな。もう
いつでもどっかお嫁にいけるんじゃないか?」
『えへへ、ありがとうございます。』
猫又の茶化し混ざりの褒め言葉を嬉しそうに
笑いながら、彼女はいつもより余裕を持って、
彼らにタオルやドリンクを渡す。
そして、自分達と共に成長する美月を黒尾は
嬉しそうに、そして少し寂しそうにまた彼女を
見たのだった。
『クーロッ!!!』
美月はそんな彼の表情を汲み取ってか、
グリグリと黒尾の頬目掛けて押し付けるように
ボトルを渡し、彼も眉間に皺を寄せながら
ヤメロと言って、彼女からそれを受け取った。
『レベル上げ、上手くいかない?』
ドリンクを飲む黒尾の顔色を伺うように見て、
一日中元気がない彼を心配するように彼女が
首を傾げれば、黒尾は彼女に困ったように
笑う表情を見せて、頭をぐしゃりと撫でた。
「別にそういうわけじゃねーけど。
どうした。今日はお前、すげー甘やかして
くれるじゃん。」
『だって、クロがなかなか元気にならない
じゃん。そりゃ、心配になるって。』
「美月ちゃんが心配しかかけないからねー。」
『げっ、それ、私のせい?』
「げって何だ、げって。」
彼女に仕返しをするようにグリグリと頭を
撫で回せば、髪の毛グシャグシャになる!と
美月が悲鳴を上げながら、それを阻止しよう
と彼の手をガシッと掴む。
原因が思い当たらない彼女は、うーんと唸り
ながら考えていたが、やはりさっぱり分から
ない模様で、彼女はまぁいっかと笑いながら、
掴んだ手をパッと離せば、両手を広げて、
自ら黒尾に思い切り抱きついてきた。
『とりあえず、モヤモヤ吸収しときますね。』
「あー、お前はまた突然そうやって…。」
珍しい、彼女の大胆な行動に黒尾は驚いて、
さすがの彼も恥ずかしくなったのか、両手で
顔を覆ってその嬉しさを彼女へ見せないように
誤魔化せば、とりあえずハグしとけば大丈夫だ
よね?と未だに無邪気に彼女は笑って黒尾を
見上げていた。
そんな自分だけの笑顔を目にしたら、彼の
ストレスは一気にどうでも良くなって。
こうやって抱きしめてくれた時の彼女の香り
を嗅いでしまったら、周りなんて見えなく
なってしまって。
彼女から抱きしめられる安心感はこうも
違うのかと思わず彼から笑いが出てきて、
昔から何度も味わってる心地良さと温かさ
は彼を十分に満たした。
「お前といたら、アホになるの何なの。」
『なっ、またそうやってクロは悪口。』
「一応、褒めてるんですけど。」
『全然、褒められた気がしないんですけど。』
不機嫌主将を早く復活させたい仲間達は
そんな2人を我慢するように黙って見守り、
復活したのを確認すれば、すぐに夜久と
灰羽が時間切れ!と言いながら引き剥がす。
また2週間後には同じ不機嫌が繰り返される
事を想像してしまった孤爪は、今度は1週間
の長期戦になる事もあってか、いい加減にして
とウンザリした顔で黒尾を見ていたのだった。
「そーいえば、夜久さんは美月さんの前で
妬いたりとかしないんスか?」
「美月にみっともない姿見せる訳ねーじゃん。」
「クロ、ちょっとは夜久君のカッコイイところ
見習ったら?」
「あらあら、研磨さーん?アナタ、休みに
ゴロゴロする度に美月にベタベタしてません?」
「…研磨、マジで?」
「ちゃっかり、腹枕とか膝枕とかしてもらったり
とかねっ。」
「研磨、もっかい言うけど…マジで?」
「えー、研磨さんが羨ましい!!!」
「クロ、いちいち五月蝿い。ちょっと黙って。
あと虎はそんな目で見ないで。」