その距離感


彼女が再び体育館に戻れば、音駒の仲間達は
増えていたものの、先程の月島の姿は無く、
せっかく持ってきたのにとショックを受けて
彼女が落としたボトルを夜久が慌ててキャッチ
をした。


「おお!夜久さん、さすがっ!!」


『何でー!!!?』


罰が悪そうな黒尾の表情と事情を知っている
木兎と赤葦がサッと黒尾を二人同時に指差し、
美月は連帯責任だと目で訴えるように、
じっとりと冷たい目線を彼らに送る。

彼女のひんやりとした空気を感じ取った
夜久は練習に戻るかとその場から逃げる様に
自然に身を引いた。


「はぅあっ、美月ちゃんそんな目で
見ないで!!!…ちょっと癖になりそう。」


『木兎君、ちょっと黙ろうか。』



「…はい、すみません。」


大柄の男達が小柄な女子に怒られてる姿は
新鮮さと滑稽さが混ざっていて、黒尾がよく
彼女を揶揄い怒り出すことはあっても、彼女達
が諭すように言葉を吐いて小さくなる黒尾を
見るのはその場にいた後輩達も初めての光景
だった。


『挑発するのも戦略のうちだからダメとは
言わないけど、1年生にするというのは、
頭のキレる月島君といえどいただけません。』


「あー…その、すまん。ちょっと予想外で。」


『もー、まだ会ってから期間が浅くて、
相手の事情だって完全に見えてないのに。
だから程々にって前から言ってるでしょう?』


「…何も言えません。」



事情を概ね理解し、黒尾が反省している事も
わかった彼女は、起きてしまった事はしょうが
ないかとそれ以上は彼らを咎める事は言わず、
ため息を吐く。


『クロの事だから、明日澤村くんに一言
伝えるだろうし、様子見しか無いね。』


「もちろん、そのつもりです。」


背筋を伸ばし黒尾が彼女にそう答えると、
話の先が見えているなら切り替えだと彼女は
穏やかに笑った。

そうしていると穏やかな彼女に戻った周りは
安心して、球を上げて欲しいと夜久に頼まれて、
彼女は誘われた方へ足を運び、練習の手伝い
をする。


「怒る美月さん、初めてですね。」


「怖かったけど、睨む顔も超可愛かったよな。」


「もう一度、怒られるついでに嫌われて
来たらどうですか?」


「赤葦、お前酷いこと言うな!」


その後の彼女は何事も無かったかのように
あっさり2人にも笑顔を見せるので、彼らも
安心する様にそのまま黒尾達と練習を続け、
翌日の朝、少しだけ彼女も月島の様子を気に
かけていると、朝食をとっている時に西谷と
仲良く喧嘩してる姿を目にして、落ちすぎて
いない事に安堵の息を漏らした。



『立派なスイカ!!!』


練習の合間にきゃっきゃっと楽しそうな声が
調理室に響き、差し入れのスイカに刃を入れ
れば、ストンと思いの外すんなり切れるそれを
手際よく皿へ移した。


少し味見で切った物を口にして、ジュワッと
広がる甘さと水分が程よく口の乾きを癒す。


『美味しい!!!』


「これ、止まらなくなりそー。」


「雪絵、みんなのが無くなりそうだから
止めて。」


「全部切れたから、運ぼうか。」


『みんな喜ぶねー。』


白福と美月はその味をほんの少しだけ堪能し、
宮ノ下の後を付いて行くように皿を運べば、
練習中の彼らが一気に目を輝かせていたので、
彼女はそれを見て笑った。


『うんうん、みんな美味しそうに食べてる。』


「もう保護者だな。」


孤爪達が食べる姿が微笑ましいと美月が、
にこにこ笑顔で見ていると、夜久もそんな
彼女が面白かったのか、楽しそうに笑う。


『だって、やっくんも嫌いじゃないでしょ?』


「確かに嫌いじゃない。」


『私たち気が合うもんね!』「そうだな!」と
2人笑い合い夜久がスイカをまた口にすれば、
頬に種がついて、美月は器用だねと指で彼の
頬に触れそれを取ってあげると、ひょいっと
それを地面に落とす。


子供っぽい自分が情けない半面、彼女が触れて
くれた事に喜んでしまう自分もいて、夜久は
「かっこわりいな。」と彼女に聞こえない声で
耳を赤くさせて小さく呟いた。

そんな中、黒尾が澤村の所へ行くのを見かけ、
昨日の事情をちゃんと伝えれた事を遠目から
確認して、安心した様に目を伏せていると、
美月ちゃん!と名前を呼ぶ声が聞こえて、
彼女が視線を上げれば、木兎が彼女の目の前に
立っていた。


「お皿持ってたら食べれないでしょ。」


『あ、大丈夫。私達はあと交代でいただくし…。』


「いいから!美月ちゃんの美味しそうに
食べてるとこが見たい。」


そう言って、木兎が一切れのスイカを美月の
目の前に差し出すので、彼女は彼に言われる
がまま、シャリッと軽く音を立てて、一口
それを齧った。


『やっぱり、美味しいね。』


「あ!知ってるてことはつまみ食いしたの?」


『ちょっとだけ。』


「ずりーな!」と彼が声を出して笑って、彼女の
先程の様子を気にしていたのか、「また今日も
彼を誘うから。」と言って歯を見せ木兎は笑う
ので、美月もまたドリンク余分に作らなきゃ
だね!と彼に笑い返した。


「お前、ほんとウチのマネージャーに容赦なく
絡んでくるよな。」


と夜久は不機嫌そうに木兎を見て、今度は美月を
見ると、彼の指先が彼女の頬にすっと伸びて、
「お前も一緒じゃん。」と頬に付いた種を取り、
彼も同じく地面へ捨てた。


「えー、なんかそれずるい。」


「あ?何がだよ。」


「無意識とかもっとずるい。」


「だから、何がだよ!」


「木兎さんはバレー以外は隙がありすぎ
なんですよ。」


「赤葦もいつの間に!?」


木兎が羨む間に赤葦が彼らの隣に来ており、
彼が持つスイカは気が付けば赤葦が手に持って
彼女へもう一口どうぞと差し出そうとする。


『私はもう満足だよ。』


「ああ、それなら…」


「待て待て待て待て。」


「あー、赤葦!!!!」


何気なしに彼女が断ったそれを赤葦が狙うか
のように、その後のスイカを周りの静止を
振り切り、口にする。


夜久はしまったと悔しそうに額に手を当て、
木兎が「赤葦、それ関節キス!」と騒ぎ出せば、
はっと我に返った美月も顔を真っ赤にさせて、
羞恥から言葉にならず口をパクパクさせれば、
彼女と目が合った赤葦は照れた状態の彼女を
見て満足する様 にニヤリと笑い、気にせず
そのままペロリとスイカを平らげた。


黒尾が呑気にゴミを捨てていると、木兎の悲鳴
を耳にしたのか、すごい形相で駆け寄ろうと
するも、次の練習の呼びかけが聞こえて、
そこまでは届かない。


「何か、研磨の学校て賑やかだよな。」


「…翔陽に言われるとは思わなかった。」


「残念。」と楽しそうに零す澤村に張り付いた
笑顔で黒尾はニコリと笑い、孤爪はここに居た
らうるさいのが増えたと眉間に皺を寄せる。
菅原はショックで目を丸くして固まっており、
東峰は憐れむように彼の肩を叩いていた。


「俺だって、美月ちゃんと関節キス
したかった…」


「ちょっとー、赤葦ー。」


「俺が悪かったのは、わかってます。」


その日の練習試合は音駒と重なると、時折
木兎がしょぼくれモードと化すので、赤葦は
自分の仲間たちに怒られるも、目が合う彼女
の反応が少し楽しくて、その気持ちは後悔より
も満足の方が勝っていた。

ただ、落ち込む木兎も美月が彼のスパイクを
目にすれば、尊敬の眼差しを向けるので、すぐ
持ち直し、仲間はそれに安心をして赤葦を睨む
のだった。


「美月、気持ちはわかるけどその顔止めて。」


『やっぱり赤葦君の顔まともに見れない。』


「その顔治らねーなら、もれなく鉄郎さんが
美月ちゃんにチューするけど?」


「した瞬間に、お前を抹殺してやる。」


「夜久さんがいつもより殺気立ってる。」


「美月、切り替え…ねっ。」


『…ごめん、海。』


「(海さん、笑顔と一言で収めやがった…。)」






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