やっぱりそこにいて
翌日の梟谷との試合中の月島の様子を見て、
美月も黒尾も彼の発展を感じたのか、自分達
の試合の合間に2人は満足そうな表情を見せ、
孤爪はそんな2人を不思議そうに見ていた。
3日目になると暑さも疲労感も最高潮に達する
勢いで、部員達も汗を拭っても拭ってもそれは
止まらない。
今日は特に暑さに拍車がかかっていた。
『研磨も優生君も大丈夫?ドリンクは
冷たいからゆっくり飲んでね。』
やはり彼女が最も心配するのは熱中症で、彼ら
の体温をこまめにチェックしながら、自分も
倒れないように細かく水分を摂る。
時折、自分の方が辛いはずの海や夜久が彼女を
心配して彼女の額に手を当てていた。
『心配かけてごめん、私は大丈夫だから。』
「うん、これしたら落ち着くだけだから、
美月は気にしないで。」
「そうそう、自分達を安心させてるっつーか。」
彼女は2人の優しさに感謝して、先程冷やして
おいたタオルを彼らの首にかける。
それは彼らにとって十分の癒しとなっており、
彼らの方が感謝をして目を細めた。
もちろん、後輩達にも同じようにタオルを掛け
てあげて、灰羽は背伸びをして掛けてくる
彼女が可愛らしく見えたのか、ぎゅっと彼女に
抱きついた。
『こらこらリエーフ、逆に暑いでしょ!』
「汗かいてるのに何で美月さんはいい匂い
するんですか!?」
『んっ、やだ。ちょっと恥ずかしい!!!』
彼は屈み込んでグリグリと彼女の香りを堪能
するように、顔を肩に押し付けているので、
美月が離れようとしても力に適わず、彼の
行為に戸惑う。
すると、ストッパーの夜久がそれに怒って、
「いいかげんにしろ!」と彼のお尻を蹴れば、
彼は悲鳴をあげてそれが止まるので、彼女は
彼に救われるのだった。
「ここに来た美月さん好き勝手されて
心配になるなぁ。」
犬岡と芝山は大変そうな彼女を見て苦笑いを
浮かべ、孤爪も同意するようにため息を吐く。
山本は、自分だってと羨みながらもやはり
灰羽の様に出来る訳はなく、悔しそうに下唇を
噛み締めるのだった。
日差しが強くなると、この炎天下の中の坂道
ダッシュは危険な為、フライングへと変更に
なり、美月はホッとしたのか胸を撫で下ろす。
ペナルティが涼しい所に変わっただけでも、
気分は違うようで、部員達の顔色も午後から
良くなった気がして、彼女も疲労感が違う気
がした。
『あ、くそっ。負けたー!』
マネージャーが少しの時間だけ皆集まって、
主将会議の書記をマネージャー同士じゃんけん
で決めたら、一人だけグーを出して負けて
しまうという、珍しい負け方で美月が今夜の
初期に決定する。
『え、進行って今日は誰だっけ?』
「残念ながらうちの問題児だわ。」
雀田が申し訳なさそうに頭をかき、白福は
赤葦がいるから大丈夫でしょ?と呑気に言い
退けるので、双方のリアクションが極端過ぎる
とため息を吐いた。
「美月のノート読みやすいから助かるけどね。」
『負けたんだから、潔く全うしますとも。』
美月はそう言って主将会議用のノートを受け
取り、コーチ達にも話の内容を念の為確認を
取る。
今日の主将会議の時間をそれぞれの主将に伝達
をすれば、最後に伝えた黒尾だけは少し不満
そうな表情を見せるも、彼に構う時間は無くて
そのまま彼の前から姿を消した。
そして、今日は体力温存の為に早めに食事を
済ませようと、自主練をする予定のメンバーへ
ドリンクをさっと渡せば、他の仕事もいつも
よりハイスピードに済ませて、今回の合宿で
初めてではないかと言える、早めの夕飯を
摂ろうと食堂まで迎えば、孤爪と遭遇した。
『あれ、研磨もごはん?』
「さっき、翔陽に付き合ってトス上げたから
疲れた。」
『付き合ってあげたの?珍しい。』
昨日も少しだけしたら、その後は姿が消えたと
夜久から聞いていたので、そんな彼が5本くらい
は上げたし、と言い出したので、いつもよりも
量が増えていることに、彼女は更に驚く。
日向という存在が、少し彼をいい方向へ変えて
くれている事に、彼女は嬉しさと感謝の気持ち
が混み上がった。
『ふふっ。』
「何がおかしいの?」
その感情は思わず笑みで溢れて、孤爪はそんな
彼女の様子を不思議そうに首を傾げるので、
彼女は何でもないと彼に答えた。
『そういえば、研磨と一緒にご飯食べるの
久々かもだね。』
「お互い、動く時間が違ったもんね。」
やっと2人で過ごす時間が出来た事に孤爪も
嬉しくなって、彼もその気持ちから笑みが
溢れて、ふふっと笑うので逆にそれを見た
美月は不思議そうに彼の顔を伺う。
『どうしたの?』
「何でもない。」
『研磨、変なの。』
「それなら、美月も一緒じゃん。」
あと少しすれば賑やかな仲間達は戻ってくる
ので、この限られた独り占めの時間を少しでも
長く味わいたい孤爪は、彼女の手を引き、足早
に食堂へ向かおうとする。
長年連れそう期間が長い分、彼女は彼の気持ち
を汲み取るのが早く、『なかなか、構って
あげられなくてごめんね。』とされるがままに
引かれながら、困った顔で笑ってみせる。
孤爪は「違うし。」と口を尖らせながら、本心
がバレているのをわかりかがらも、照れ隠し
から美月の言葉を否定した。
『合宿終わったら、研磨のご褒美に
アップルパイでも焼こうかな?』
「美月、その約束は絶対守ってね。」
『わかった、わかった。』
「美月のアップルパイ大好き。」
『ふふっ、ありがとう。』
「あと、クロにもナイショ。」
『うんうん。』
何だかんだ、この面子の中で甘やかされている
のは、孤爪が1番なのだが、後輩が多くいる
この場所だと盲目になるのか、本人は気が
ついていない。
『研磨、今日は熱気にやられて私も
食べ切れそうにないから半分こにする?』
「俺もそうしたい。」
『怒る人達いないから、今日だけ内緒ね。』
食堂へ行けば、まだ練習を続けている人が
多いからなのか、席に座っているのは僅かで、
孤爪も目立たない事に安心をして、彼女と
のんびり出来る食事はやはり嬉しかったのか、
小皿を貰い、定食を切り分ける彼女をウキウキ
しながら待つ。
『美味しいね。』「うん、美味しい」とそこには
まったりした空間が漂っており、運がよく
その時間は誰も邪魔する人間は現れず、
孤爪は安心して食事を摂ることが出来た。
「やっぱり美月が隣だと安心する。」
『そんなに違う?』
「うん、全然違う。」
頑張って偉い偉いと彼女が彼の頭を撫でれば、
心地いいが子供扱いは気に入らないと言った
反応で、目をぎゅっと瞑りながらも、拒む事
は無く、彼女のそれを受け入れる。
そして、その後につい油断して、彼女と一緒に
いると、家の感覚に戻りつつある孤爪は、
この後、いつもよりも彼女との近い距離感の
スキンシップを音駒以外の周りから指摘され、
嫉妬の眼差しを向けられて目立つ事を避けて、
彼女から隠れ気味になるのだった。
『どうしよう、クロ。油断して研磨が心を
閉ざしちゃった。』
「いや、さすがにそれは知らねーわ。」
「ねぇねぇねぇ、いつも美月ちゃんに
膝枕とかしてもらってんの?」
「木兎さん、彼の為にも掘り返してあげないで
ください。羨ましい事に間違い無いですが。」
「あんな研磨、初めて見た。」
『日向君も皆も忘れてあげて。』