見ていて面白い
『えー、ちょっと待って。君は一体どこから
来たの?』
この中に干してあるビブスを取りに来た美月は、
干場にしていた第3体育館前の扉で足止めを
くらい、そう言いながら彼女は突然現れた
ヤツに話をかける。
『そういえば、雪絵ちゃん達が出たって
言ってたよなー。』
困り顔で頭を捻る彼女が話しかけていたのは、
人間では無くて、都会で見かけるのは割と
珍しい大きめのカブトムシ。
虫が得意ではない彼女は、体育館の扉に止まる
それを扉の取手という、まさかの避けられない
場所で遭遇してしまい、じーっと睨めっこを
する事しか出来なかった。
『こんな時、リエーフか走君いたらなー。』
美月はそう言って願ってみたりするのだが、
こういう時に限って、練習が始まる前にここに
来た為、頼もしい後輩や仲間達はその場には
おらず、他のマネ達はそれぞれ別の作業を行っ
ていたので、この場にいるのは、美月ただ1人。
『 ちょっと君移動してくれないかな?
…って言っても、してくれないよね。
あー、もう。触るしかないかなー?』
やらなければならない作業は、彼女にはまだ
これから沢山待っているので、半分泣きそうに
なりながら、震える手で恐る恐るそこに触れ
ようとしていると、後ろから「どうしたの?」と
声が聞こえてきて、美月は急いでそちらを
振り返った。
「美月、体育館入らないの?」
通りがかりに固まっている美月を見た菅原が、
先程から彼女が何かと会話するのが見えたのが
気になったのか、不思議そうに首を傾げて彼女
に向かってそう聞くので、美月はブンブンと
首を必死に振って、その入れない原因である
それを指で示す。
『スガ君、虫とか平気だったりする?』
「ん、虫がどうかしたのか?」
すると、その彼女が酷く怖がっているものに
気がついた菅原は、それを見てクスッと笑い、「コイツか!」と躊躇いも無くカブトムシを
捕まえ、彼女にどうぞと扉を開けてあげた。
『スガ君、救世主!本当に助かった。』
「美月、カブトムシ苦手なの?」
『そうなの!この人前に飛んでる姿見たら
苦手になっちゃって。』
「あー、なるほどな。」
美月は菅原に『ありがとう!』とお礼を
言いながら、ビブスをすぐに取りに行けば、
彼もお役に立てたならと笑い返して、手を振り
ながらそこから去り、彼女もビブスを回収すると、走ってみんなが集まる体育館に向かい、
同じ行き先の菅原に追いついた。
「美月、さっきめちゃくちゃ必死に
カブトムシと交渉してただろ?」
『ウソ。私、アレ見られてた?』
「見てた、見てた。しかもさっきこの人
って言ってたし。」
『ちょっと待って、すごく恥ずかしい。』
先程のカブトムシとの一方的な自分の会話を
している姿を見られていた美月は、羞恥から
頭を抱えていると、菅原は彼女が面白かったの
か、クスクスと笑っていた。
「テンパってる美月、可愛いかったから
全然、大丈夫だって!」
『可愛くないし、絶対に変な声だったし。』
「触れないもんなー、話すしかないもんな。」
菅原が面白がって彼女をそう揶揄ってみれば、
スガ君!と彼女は顔を赤くして、彼に少し拗ね
た顔を見せる様になったので、菅原はそこで
彼女との距離が少し近くなったことを実感し、
嬉しくなった。
ごめんついと彼が笑えば、もー!と言いながら
も笑っているので、少し彼女にちょっかいを
出したがる、黒尾や木兎達の気持ちがわかって
しまった。
『スガ君は、スマートに捕まえちゃうから
凄くかっこよく見えたよ。』
彼女が彼にそう言って微笑みながら、何気
なく言った言葉に菅原は驚いて動揺したのか、
笑っていた顔が目を丸くし、そのまま言葉を
詰まらせる。
そして、「え、あ、うん。」と耳まで顔を真っ赤
にして、彼女に見られないように顔を逸らすと
口元に手を当てていた。
そして、照れた様子の彼に気がつく事はなく、
そのまま後ろから美月を呼ぶ声が聞こえ、
彼女はそのまま振り返り、『ごめん、スガ君
あとでね!』と言って、声の方へと走り出す。
「何だよ、可愛過ぎかよ…。」
「えぇ、スガどうした?!ブフォッ。」
菅原の声は届かないまま、彼を追いかけて
走ってきた東峰が、このどうしようもない
もどかしさに当たられる様に脇腹をチョップ
されていた。
東峰はわけも分からず、食らった箇所を押さえ
ながら、震えていると後から来た澤村も「お前
ら何やってんの?」と怪訝な顔をして2人を見て
いた。
「なーんか、楽しそうにしちゃってのな。」
パタパタとこちらに走る姿を見かけて、嬉しく
見守っていれば、途中から状況が一変し、
「ねぇ、あれ何?」「さぁ。」と2人仲良く歩く姿
を体育館から見ていた黒尾と夜久は、とても
気分が上がる光景だったとは思えず、珍しく
2人の気持ちは一致したのか、互いに顔を
見合わせる。
「いや、一昨日隙を作るんじゃなかったわ。」
「一昨日って…あー、主将会議の日?」
菅原と仲良くなっていた夜久は、黒尾の話を
聞くと複雑そうな表情を見せるも、ただ話を
しているだけだろと自分にも言い聞かせる様
に黒尾に向かって言った。
そうこう彼らが話をしていたら、ビブスを運ぶ
美月がこちらに向かってきて、2人にそれを
渡そうとすれば、昨日の謝罪は何処へやらと
思わせる程に、遠慮なく背後から木兎が彼女
に抱きついていた。
「美月ちゃん、捕まえた!」
『わ、ちょ、木兎君!!!』
「美月ちゃん、今夜最終だから絶対
俺らの練習付き合ってよー。」
『待って木兎君、近い近い!!!』
さすがにグリグリと木兎が自分の頬に美月の頬を
擦り寄せて来たら、その距離はまだ慣れない
彼女が恥ずかしそうに困った顔を見せるので、
さすがに黒尾達も我慢の限界を突破したのか、
彼等のいる方向へと黒尾と夜久は飛び出した。
「あー、クソさっきからどいつもこいつも。」
「本当、好き勝手してんじゃないよ。」
彼らが木兎を引き剥がして、容赦なく黒尾は
木兎の頭頂部にチョップをそして、夜久は
彼の尻にローキックをかまし、見兼ねた赤葦
が代わりに頭を下げて、木兎を引きずりながら
彼女から遠ざけようとする。
合宿終了まで残りあと2日。
前半よりも周りの人間のマイペースな行動に
振り回され、まだ準備段階にも関わらず、
早速体力をしっかりと使いそうになっていた
美月は、果たしてこのまま体が持つのだろう
かと、少しだけ自分を心配するのだった。
そう自分を心配しながらも、体は自然と慣れた
様に動き、練習の後半は少し余裕が出来るよう
に悲しくもなってはいたのだが。
『みんなのマイペースさがスゴすぎて、
去年より酷い気がする。』
「なんか、ウチのがごめーん。」
「でも何だかんだ優しく対応するのが
アンタのいい所だから。」
『雪絵ちゃんもかおりちゃんも何でそんなに
楽しそうなの?』
「「美月見てたら飽きない。」」