無いものねだり


『仁花ちゃん、大丈夫?』

「わー、すみませんすみません!!!」


谷地がうっかり転んで落としたビブスを美月が
笑いながら一緒に拾えば、谷地は慌てながら
彼女に謝り、必死になってそれをかき集めた。


『焦らなくて、大丈夫。私も昨年初めて
手伝ったらそんなだったし。』


ふと美月はそう言いながら昨年を思い出して、
白福と雀田も笑いながら、こうして美月を
手伝って拾ってくれた時の事を思い出した。


「なんか、今テキパキと動いてらっしゃる
牧野さんにそう言われると少し救われる
気がします。」


日が沈めば、木兎の昼間の要望通りに美月は
彼らが練習をしている第3体育館へと向かった。


また今回も、白福と雀田にはビブス等の片付け
と洗濯はするからとドリンク作りを託され、
普段より多めのドリンクとタオルを運ぶこと
となった。

長く感じていた合宿も残り一夜だと考えると、
この合宿が最後ではないが、また次と言うと
1ヶ月は空いてしまうので、この終わりは
寂しく、少しだけこの作業ももう少しして
いたいと、彼女は思ってしまう。

そんなことを考えながら、体育館へ赴くと
シューズの滑る音とボールが叩かれる音が
どんどん近づいてきた。

最初は自分達の仲間と赤葦と木兎だけだった
この空間に、気がつけば月島や日向と次々と
増えて、ただでさえ賑やかな空間が更に賑やか
になった事が、つい嬉しくなる。


『練習は捗ってますかー?』


彼らのキリがいいところで、初日の夜と同じ
言葉を発したら、彼らにドリンクを渡そうと
して中に入ると、彼らも嬉しそうに近寄った。

最初は何処か余所余所しかった月島も慣れて
きたのか、美月に向ける表情は優しくなり、
彼女が頭を撫でようとすれば、そこは変わらず
恥ずかしそうな顔をするのに、膝は彼女に
合わせて曲げるので、日向がそのありえない
光景を見て驚いていた。

すると、大好きな先輩を取られてヤキモチを
妬く灰羽は「俺の活躍も見てください」と彼女
の手を引くので、面倒事を避けたい月島は、
スっとその場から離れて、我関せずといった
様子を見せるが、灰羽が彼女にベタベタと
しているのは、少し気に入らない模様。

それぞれがムキになっている姿を見た黒尾は、
少し気持ちに余裕があるのか、彼らそれぞれの
反応を面白がりながらも美月から灰羽を慣れた
様に引き剥がし、その後美月からドリンクを
受け取ると、ブロックのアドバイスを始める
のだった。


「あの…一応…、僕ら試合になったら敵同士
ですよね。どうして、アドバイスしてくれる
んですか…?」


あまりにも丁寧に彼が月島達に効率のいい
やり方を説明するので、月島は黒尾の説明を
聞きながら、不思議そうな顔を見せる。

「僕が親切なのはいつもの事です。」

胡散臭い笑顔を後輩たちに向けて、黒尾がそう
答えれば、月島も日向もなんとも言えない目を
向けて返事に困っているようで、黒尾も少し
その反応にショックを受けながら、「何もそんな
目で見なくても」と言い出したので、美月は
それが面白くて吹き出した。


「牧野さん笑いすぎじゃない?」


『いや、正直だなーって。どう見ても怪しい
お兄さんだもんね。』


黒尾が彼女を指摘すれば、笑いながら彼と後輩
とのやり取りに感想を述べた美月の言葉に
赤葦も吹き出す。


『お兄さんの邪魔になるわね。』と赤葦と一歩
下がりながら、黒尾に話を続けるよう促して、
美月はちゃんとした理由を答える黒尾を
にこにこ笑いながら、優しく見守った。


『何だかんだ、面倒見いいんだよねクロは。』


「なんか、黒尾さんも美月さんも
2人ともやっぱりいい関係ですよね。」


黒尾の言葉を美月が楽しそうに聞きながらも
彼の邪魔にならない引き際をちゃんと分かって
動いている彼女を見て、隣でぽつりと呟いた
言葉に、彼女は驚いた顔で耳を傾けると、彼は
少し悲しそうに笑っていた。


「すみません、変なこと言って。
深い意味は無いんですけど。」


つい漏れた本音に焦った赤葦は、そう言って
誤魔化すように謝れば、彼女は大丈夫だよと
笑って、赤葦の流れる汗を彼のタオルでそっと
拭いた。


『単純に付き合いが長いだけだよ。』


「単純に…ですか?」


『そうそう、単純にです。』


きっぱりと彼女は赤葦にそう言い切るのだが、
その気が付けばいつも傍にいるという関係に
なりたくてもなれない彼は、彼女の言葉を聞く
と胸をチクリと痛め、ため息を吐く。

だとしたら、孤爪と一緒の時もこうなのだろうかと彼は自分の位置が遠い気がして、余計に
それが辛くなる。
学校が違うことに距離を感じ、1年の年の差も
彼には大きく感じてしまった。


「俺もそんなふうになればな。」


『赤葦君?』


「俺はもっと美月さんを知りたいし、
美月さんにもっと知って貰いたいです。」


今度の本音は否定をせずにニッコリ笑って、
ただ彼女が自分の元へと腰を引き寄せれば、
異性として認識するように頬を染める時だけ、
彼の気持ちは少し救われる気分だった。


「俺は、さりげなーく汗を吹いてもらって、
さりげなーく引っ付いちゃうお前もなかなか
だと思うけど?」


黒尾達とも赤葦達とも話に入るタイミングを
逃した木兎が、じっとりとした目で2人を
見ながら、油断も隙もねーよ!と自分の事は
差し置いて、怒り出す。


「ちょっ、人の目を盗んで何やってんだよ。」


「赤葦が目を離した隙に美月ちゃんと
イチャイチャしてた。」


「赤葦さん、うちのマネージャー口説くの
止めてください。」


『うん。赤葦君の今のはドキッとしたから
さすがに恥ずかしいかなー。』


ふざけないの!と怒り出すかと思いきや、口元
を隠すように手を当てて、照れる様子を見せる
美月を見て、黒尾も木兎も赤葦もまさかの
反応に目が点になり沈黙が走る。


「ホレ練習練習〜。」


咄嗟に黒尾が手を叩きながら、その流れを切る
ように練習再開の合図を送り、皆をコートへと
戻そうとする。


その後は何事も無かったかのように、また2つ
のチームに別れて3対3を行っていたが、黒尾
の脳裏には多少のモヤモヤが残るが、切り替え
上手な彼はそのまま後輩達へと分かりやすい
説明でプレイ中にアドバイスを送り、決して
彼らに心の乱れを見せることは無かった。


「美月。」


自主練も終了を迎え、体育館の片付けを済ませ
ると、練習をしたメンバーは先に宿舎に戻り、
美月もスクイズボトルを綺麗に洗い終えて、
彼らより後に戻ろうとすれば、黒尾が彼女を
待っていた。

美月はどうしたの?と彼が待ってくれていた
事に驚くと、彼は彼女の反応に構うこと無く、
自分の腕の中に彼女を収める。


「もう限界。いや、お前マジで気をつけろよ。
無防備にしすぎなんだって。」


『いや、待って。なんで怒られながら私は
突然、抱きしめられているんでしょう?』


「・・・・・。」


こちらの質問もフルシカトで黒尾はエネルギー
を補充するようにグリグリと彼女の肩に顔を
埋めている。
だんまりを決めた彼には何も言っても聞かない
のは、もう何度も経験済みだ。

彼女は黒尾のされるがままになるしか選択肢
は残っていなくて、とりあえず回した手で
ポンポンと彼の背中を叩く。

相変わらず、お気に入りのおもちゃが取られた
のと同じ感覚なのだと思い込んでいる彼女は、
呑気に合宿終わったら遊んであげるからと子供
をあやす対応になるのが、黒尾からすれば、
少し気に入らない模様。


「花火、行くぞ。」


『はいはい。』


「研磨にも夜久にも内緒な。」


『わかった、わかった。』


どこかで聞いたことある話だなと思い返し
ながら、思い出した彼女は可笑しくなって、
ふふっと笑いながら彼の背中を優しく撫でる。


『また嫌な気分、吸収ですね。』


「…誰のせいだか。」


『なんか言いました?』


「何でもないでーす。」


彼はそう間延びの返事を美月をするが、我儘
を聞いてくれる彼女に少し気持ちは落ち着いて
きたのか、さっきの約束絶対だぞと言うと、
彼もそれ以上は何も言わずに自分の好きな彼女
の香りを胸いっぱいに吸い込む。


そして、ドキドキした様子すら見せずに笑う
彼女に少し彼は悔しくもなり、結局彼は、
残り一日を頑張って耐え切るしかないのだと
冷静にそのまま諦めるのだった。




top