最後のチャンス
調理室には、楽しそうなマネージャー達の笑い
声が響き、野菜を切る係とおにぎりを作る係と
彼女達は手分けして作業は行っていた。
「うー、目がー。」
『そう言いながら、仁花ちゃんかなり
手際良いよ?』
「実は、家でもご飯作ってるんです。」
谷地が玉ねぎに目が染みて潤ませながら切って
いる様子を見て、美月は彼女に感心しながら
おにぎりを握っていた。
『仁花ちゃんご飯作ってるの?えらーい!』
「そう言う美月さんもおにぎり作るペースが
早くないですか?」
『私もよく作るからね。』
よく食べる1名と少ししか食べない1名を彼女
は頭に浮かべ、作る量は極端なんだけどと
喋りながらも手は動き、おにぎりは綺麗に
並べられる。
それはちゃんとふんわりと握られて、白福は
美味しそうに並ぶそれを狙う様に眺めていた。
『あ、雪絵ちゃん味見は我慢ねー。』
「あらあら、先手打たれてしまったか。」
下ごしらえが済めば、お茶や皿なども運んで
忙しく往復して、火起こしを男子に任せて、
そのまま彼らに網に食材を乗せる作業も任せ、
準備が整ったところで、猫又の挨拶が終わり、
この合宿でいちばん豪華な食事会が始まった。
「いただきます!」
とある網では肉の取り合いが始まって、別の網
では、食べ盛りの男子達が美味しそうに色々
とその場で焼けたものを頬張る。
「美月のおにぎり、美味しかった!」
そして、その中で白福も皿にあったはずの
おにぎりをぺろっと平らげ、雀田が驚く横で
彼女にそう言って味の感想を伝えるのだった。
『ふふっ、お口にあったなら何よりです。』
「美月さんのおにぎり…?」
後輩達が美味しそうにたべている姿を美月は
満足そうに見届けると、自分が食べる前に、
美月もおにぎりが入った皿を持って回って、
赤葦が白福の言葉を耳にしたのか、俺にも1つ
くださいと美月に近寄った。
「めちゃくちゃ美味しいです。」
彼女から受けとったおにぎりを口にして、目を
輝かせてそう感想を述べる赤葦に、美月は
よかったと笑いながら、もう1つ欲しいと
おかわりを催促する彼に嬉しそうに渡した。
「美月さんもちゃんと食べてくださいよ?」
そう言って、赤葦は自分の皿に入っていた肉を
彼女の口元へ運ぶので、彼女も反射でパクリと
それを口にすると、もぐもぐと咀嚼をする彼女
を見た彼はふふっと微笑んだ。
『美味しい!』「ですよね?」と2人が楽しそう
に笑って、赤葦がこのおにぎりは俺が食べます
と彼女が持っていた1つの皿を彼が奪い取る。
「美月さんのいい所がまた1つ見つかりました。」
美味しそうに食べるところが素敵ですと目を
細める彼に、美月は少し照れ臭くなって反応に
困ったのか、目を伏せた。
『赤葦君は、またそう言って先輩を揶揄う。』
「揶揄ってませんって。」
口を尖らせて赤葦を見上げると、赤葦は本心
ですと言いながら再び微笑んで、横にいた白福
と雀田は赤葦の何かを察したのか、ニヤニヤと
笑いながら白福が彼女を後ろからギューッと
抱きしめ、赤葦にはあげなーいと言いながら、
茶化すのだった。
『雪絵ちゃんに愛されてる。』
まともに赤葦の顔を見れないでいた美月は、
このタイミングに来てくれた白福に彼女は少し
だけ感謝し、赤葦は少し先に進めた事に確信
を持ちながら、好き放題触る白福を失礼ながら
に邪魔だと思ってしまう。
すると、別の場所で海と夜久と菅原が白福に
抱きしめられている美月を見つけて、夜久と
菅原は、美月ー!と彼女の名前を呼び、
『呼ばれちゃった。』と彼女の腕から離れ、
向こうに駆け寄る彼女を見て、赤葦は彼女が
去るのを名残惜しそうに見たのだった。
『2人とも何ー?』
彼女が呼ばれた方向へ向かっていけば、夜久も
菅原も呼んでみただけと言ってニカッと笑い、
彼女が『なにそれ!』と彼らに笑い返せば、
海もニコニコと楽しそうに微笑んでいた。
「美月、ちゃんと食った?」
『うん、さっき赤葦君がお皿に入れてくれて、
少し食べたよ。』
「はーん赤葦なー、じゃあこっちでもあげる。」
『あ、スガ君ありがとう。』
赤葦という名前を聞くだけで、2人の表情は
少し気に入らないと言った様子で、美月の皿に
野菜とお肉を乗せていく。
彼女がすっごくお世話してくれるねと笑えば、
アレよりはマシだからと指さす方向に目を向け
ると、澤村、黒尾、木兎が少食な月島や孤爪に
もっと食べるよう彼らに持ってきたおにぎりや
肉を勧めていたのだった。
「…親戚のおっさんか。」
「そしてウザがる現代っ子。」
勧められている彼らからは決して嬉しそうに
は見えず、彼女もその先の光景に苦笑いを
浮かべた。
「気づいて面白がってるな、主将連中は。」
『助けに行った方がいいかな?』
「「いや、ほっとけばいいよ。」」
美月は心配するようにそう言えば、菅原と夜久
は声を揃えて彼女に答え、3人は呆れる様に
そのまま眺め、彼女は皿に入れて貰った肉や
野菜を口にしながら哀れむように見ていると、
孤爪と目が合ってしまい、確実にそれは彼女に
助けを求める目をしていた。
『ダメだ、研磨が呼んでいる。』
孤爪にその目で見られたら、どうしても彼女は
断れず、美月はその輪の中に入っていく。
菅原も夜久もそんな世話焼きな彼女を優しい
目で見て、互いに隣の人間が同じ表情で見て
いる事に気がついて、胸がチクリと痛んだ。
「俺さ、県とか学校違うとか関係ないから。」
「うん。…俺も渡さねーから。」
自分達の気持ちを初めてぶつけた彼らは、
吐くことによって、気持ちが少し楽になる。
そして、「まぁ、それよりも」「面倒臭いヤツ
多すぎだけど。」と次の意見は完全一致して、
彼女が向かう先の方を見た。
「美月ちゃんのおにぎりどれ?」
『えぇ、どれだっけ。さっき赤葦君にあげた
のまではわかったんだけど…。』
「アイツ本当に油断も隙もねーな。」
「美月の握ったの多分これラストだわ。
さっき、清水が教えてくれた。」
「マジかよ、俺食ってんのかな!?」
「澤村君ちゃっかりしてんねー。」
あれ食えこれ食えの嵐から、今度はおにぎり
の場所の話に切り替わり、矛先は変わった事
に感謝はしたいが、変わらず賑やかなその場
にいる後輩たちは、少々お疲れの模様。
「美月、焼肉のタレ付けてんぞ。」
『ちょっと、それ違う。Tシャツのロゴ…
ってもう、クロどこ触ってんの!!』
「お前、同じ黒地なのに勇者だな。」
「感心すんなよ木兎、最低な行為だぞ。」
『澤村君がまともでよかった。』
そして、いつも通りに黒尾が美月に余計な
ちょっかいをかけて、彼女が怒りながら女子達
の集まる所に避難して、笑いながら自分を迎え
てくれる彼女達とやっと穏やかな雑談を楽しむ
事が出来た。
「烏野の3年生はしっかりしてそうですよねー。」
『うん…ほんと、今すっごく実感した。』
「美月、反応が面白いからそうなるんだって。」
『だから、何処が!!?』
そう言って彼女達は自分の学校の仲間の話を
しながら、それぞれが愚痴混ざりで他校の生徒
を褒めて笑って、自分の仲間達の方へと視線を
向ける。
美月も視線を向けた先には黒尾がいて、後輩に
今度は何を説明しているのか、横にいる日向と
灰羽の驚く顔を見て、彼の声は聞こえないのに
どこが面白くなってしうのは、彼の世話焼きな
所が嫌いじゃなくて、寧ろ好きだからなのか。
微笑んで見守る美月が黒尾と目が合えば、
何故か彼は口パクで、「えっち」と美月に向け
て言うとニヤリと笑うので、『何処が、そっち
でしょ!』と黒尾の態度に彼女は怒り出す。
すると、彼女の隣にいた清水がビクッと驚き、
彼女は何でもないのー!と恥ずかしそうに
清水に必死に謝るのだった。
網の上のものが綺麗に片付いたら、デザートの
スイカを皆で食べ終え、あっという間に楽しか
った時間は終わって、片付けと別れの時間が
迫ってくる。
「またな。」「おう、また。」と次も会うことを
約束をように主将同士は挨拶を交わして別れ、
美月はまた翌日から1人の仕事に変わる事に
寂しさを抱きながら、彼らと同様に『また
会おう』と手を振り、ライバル達を見送る。
『梟谷はインターハイ、頑張ってね!』
「おう、牧野に言われると無敵な気分だわ。」
「…何で木葉さんが、真っ先に美月さんに
返事するんですか?」
「うるせーよ。ネコのヤツらガード固くて、
お前らみたいに空気読まずに近づくとか
なかなか出来なかったんだよ!!!」
『なんかごめんね、うちのメンバーが。
木葉君とやっとお話出来たね。』
最後の最後で、別れ際に美月の握る木葉の手
を赤葦は不服そうに剥がし、木兎がおもむろに 木葉の手を取って彼女の触れたところをそっと
重ねる様に握るので、彼は止めろ!と嘆き出す。
そして、時間切れですね、と黒尾と夜久は目が
笑わない笑顔を彼らに向け、美月をまた
引っ張ってその場から去る。
こうして、夏休み合宿遠征は賑やかに全日程を
終了するのだった。