久しぶりの二人きり


2人だけで行こうと自分から言い出したものの、
美月が浴衣姿で来てくれるというのは黒尾の
中では想定外だったのか、ポカンと口を開け、
驚いた顔をするので、自分の格好に自信が
無かった彼女は余計に不安になってしまった。


『…ごめん、クロ、時間ちょうだい。
今から着替えてくる。』


「ちょ、おまっ…!違う、そうじゃない。」


浴衣から着替えに戻ろうとする彼女を黒尾は
すぐに腕を掴んで引き止めて、駅の方向へと
引っ張って行く。


「意外と張り切ってくれちゃってるのが、
嬉しかった…つーか。」


らしくなく、目線を逸らして照れる黒尾の顔
を見てしまったら、美月も調子が狂うのか、
頬をほんのり赤く染めて、うんそっか。と
返しながら、似合うかどうかを聞き直す。


すると、彼からは「離れんなよ。」と質問とは
違う返答が返ってきて、言葉はそれ以上続かず、
手はゆるり絡まれ、やっぱり素直じゃない彼に
くすくすと笑いながら、美月は彼に引かれた
方向へと歩き出した。

皆が向かう方向は、きっと同じなのだろうか。
ホームにはいつも以上に人がいて、彼女の苦手
な満員電車覚悟で乗り込めば、揺れるその場に
立つのが不安定な自分を黒尾が慣れた様に美月
を支えていた。


「いい筋トレだな。」


『ごめん、やっぱ下駄じゃなくて履き物
くらいサンダルにすればよかった。』


「それが風情があっていーんだろ。
いいから、ほら捕まっとけ。」


さすが下半身も鍛えているから平気といった
ところなのか、彼女を自分の胸元のシャツを
掴ませて、自分の腕の中に彼女を包む。


「その髪は自分でやったの?」


『うん、適当にまとめた。』


「相変わらず、器用なこった。」


以前美月が痴漢にあったせいか、彼女のお尻を
守るように手を置いて、気を使ってくれている
彼に『ありがとう。』と美月がお礼を言えば、
「んー。」と返事をしながら、ふにふにとそこ
を楽しそうに揉み始めるので、彼女は先程の
礼を取り消すようにバシッと彼の胸を叩く。

目的の駅へと着けば、さらに人は増して行き、
小柄な彼女が潰されないように、黒尾は腕を
回して、腰元へと引き寄せた。

美月も彼の体格で安心をするのか、彼に身を
委ねるので、普段だと恥ずかしがる彼女の
思わぬ反応に、黒尾の方が顔を赤くさせる。


『研磨に内緒って言ってたけど、これは
絶対に行かないって言ってたよー。』


「それな。」と黒尾が笑えば屋台が見えてきた。
どれから並ぶ?とこの先は引き返せないので、
迷う余裕なんて無く、とりあえず見えてきた
ものから直ぐに並んだ。


「昨日あんなに肉食ったのに並ぶの肉。」


『焼き魚なんて、ここに無いもの。』


「イカ焼きとかあるだろ。」


ふと目に入った串焼きの列に並びながら、
2人 は笑って1歩ずつ進む。
すると、そこには運良くイカ焼きもあり、
この店やるね。と見合って、もちろん彼は
それを購入することを決めた。


「お前、タレ気をつけろよ。」


道端の隅に立ち止まって食べていると、美月は
『んー。』と上手く噛み切れなくて、食べづら
そうにする美月を見て、咄嗟に黒尾は自分の手
を差し出し、彼女は申し訳無さそうに謝る。


「次は甘いもんいくか。」


『ですね。』


塩気があるものをある程度堪能した2人は、
次はベビーカステラと書かれた看板を見つけ、
本日は暑いから売れ行きがイマイチなのか、
思った程時間はかからず、そこの店の人も
気前が良かった。


『クロ、今度は私が払うよ!』


「いいから、おっちゃんコレね。」


「はいよー。兄ちゃん彼女可愛いから、
オマケしとくね。」


そう言って、多めに袋にいれるその人に黒尾は
「だろ?あざーっす。」と否定することも無く
彼にお礼を言って、美月に袋を渡す。


美月が『な。』という驚く言葉を漏らし、
なかなかカステラを食べようとしないからか、
黒尾はほら食えと彼女の口に押し込んだ。


「美月ちゃんったら、冗談真に受けちゃって
かーわいっ。」


『冗談って、酷いっ!!!』


ニヤニヤしながら揶揄う様に黒尾が言えば、
彼女もどうせ可愛くないもんっ!と怒り出し
て、黒尾の口へとカステラを放り込む。


すると、道中で買ったペットボトルのジュース
をコンビニ袋から取り出して、プシュッ蓋を
開け、美味しそうにそれを口にした。


すると花火が打ち上がり始めたのか、バァン!
と大きい音が聞こえ、綺麗な光が見えると
言い合いもピタリと止まり、2人は空を
見上げた。


『綺麗だね。』とそれがよく見えた事に喜ぶ
美月の表情の方が、黒尾には艶っぽく見えて、
「あぁ。」と小さく返事をしたら、カステラの
入った袋をくしゃりと握り、彼女が持っていた
ペットボトルも袋に戻して奪って、彼女の手を
取って歩き出す。


今自分が見ている彼女からは可愛い以上の感想
が黒尾の心の中では頭の中に次々と浮かび、
その自分の通り動いてしまったら、理性なんて
どっかにふっ飛んで行ってしまうので、冷静に
なるあの場所まで、向かおうとする。


「こっちのが、しっかり見えるだろ。」


彼が連れて来たのは、いつものお気に入りの
よく見える人気の少ない穴場スポット。
何度か彼女もそこには足を踏み入れているはず
なのに、彼女は毎度変わらぬ無邪気な笑顔で
さすがクロ!と彼に尊敬の眼差しを向ける。

そんな美月の顔を見るのがやっぱり彼の1番
の絶景で、彼の1番見たかった景色なのだ。


『クロ、連れてきてくれてありがとう。』


「こちらこそ、一緒に来てくれてありがとう。」


この言葉を聞けば、何だってしたくなる。
合宿中の手を出してきた輩に対しての鬱憤も
今日で完全に晴れていた。


充分に満たされているはずなのに、人間と
いう生き物はどうしてこうも欲深いのだろう。


どうしても、彼女に触れたくなってしまう。
そして、何故かいつも見てしまう夢までもを
思い出してしまう。


いつも見る夢の中の自分はこの景色の中で、
何度も彼女の顔を引き寄せて、彼女の唇に
自分の唇を重ねて、舌を絡めて。


だが、今は夢のようにするわけにはいかず、
自分の煩悩をかき消すようにカステラを口に
放り込めば、美月も美味しそうに食べる彼を
見て自分も食べたくなったのか、食べている
黒尾をじっと見るので、彼は食うか?と彼女
にカステラを差し出し、聞いた。


すると、嬉しそうな顔をした美月は呑気に
小さな口でカステラを食べるのを待つように
開けているので、黒尾からは思わずため息が
出た。


「もう牧野さんは何なの…誘ってんの?」


『黒尾さんは一体何を言ってるの?』


「このまま、チューしちゃっていーんです?」


半分冗談、半分本気。コツンと額を付け、彼が
ストレートにそう聞けば、彼女は顔を真っ赤に
してバッとその場からは離れるので、やっぱり
無自覚かよと黒尾は悪態を着いた。


鈍感で自分の行動をわかっていな美月に黒尾
は腹が立ったのか、カステラをまた彼女の口に
押し込むように入れる。

そして、やっぱり何も無しは気に入らないので
頬にチュッとキスを落として、美月が頬を
押さえながら顔を真っ赤に怒り出すのだった。


『クロはそうやって、いっつも意地悪する!』







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