やっぱり苦手
『えー、今度は君ですか!もう、なんで
こんな所で寝ていらっしゃるんですか。』
「美月さん、す、す、すみません。
私もこればっかりは苦手で…。」
夏休み中の8月末最後の合同合宿は、動き慣れ
た自分の学校で取り行われ、道案内がてら
慣れたようにビブスを谷地と運び込んでいた
ところに、思わぬ物体と遭遇してしまった2人
は、怯えながらそれを見て固まっていた。
『ひっ、ひ、仁花ちゃん、安心して。
私が先頭を歩くからね!』
「はっはい、お願いします!」
他校といえど後輩に格好悪い姿を見せたくない
彼女はそう言って緊張を見せながら、先陣を
切ろうとすると、谷地にも緊張が移ったのか
必死にひしっと彼女にしがみついた。
今はピクリともせず、動きは全く見せないが、
腹を見せて寝転がるそれは果たして生きている
のか、それとももうお亡くなりなのか。
森然高校の時の虫パニックからは解放された
が、音駒高校にも全くいないわけではなく、
彼女達が通りたい道に限って、蝉爆弾という
名の2人の最も苦手とする生き物が、目の前
で転がっていたのだった。
『で、今回もリエーフも走君もいないん
ですよねー。』
運が悪いことにそこは狭い一本道で、逃げ場
なんてものは無い位置に残念ながらそれはいる
ので、美月は意を決して1歩足を踏み込んだ。
そして2歩、3歩とそのままゆっくり足を進め、
彼女も全く動きそうなに無いのを把握したのか、
このまま行けそうだと、気を弛めて足元に
近づいた瞬間、ジジジーッと羽根をバタつか
せて暴れ回る相手に2人は泣いて叫び声を上げ
て、そのままダッシュで逃げるように走った。
『生きてらっしゃったんですかー!!』
「ひいいぃぃっ!!!!」
『ちょっとお兄さん、不意打ちなんて聞いて
なーい!!』
蝉は美月に向かって飛んできて、彼女はそれ
に怯んで、足がもつれて転びそうになり、
慌ててビブスを落とさないように上に上げる
と、ふわりと誰かに受け止められ、体が妙に
軽くなったと思えば、谷地の心配する声が
聞こえてきた。
「美月さん、大丈夫ですか!?」
「あっぶね、セーフ。」
「お前はまたかよ、気を付けろよな?」
『澤村君もスガ君もありがとう。
はー、助かったー。』
どうやら、ビブスの入ったカゴは澤村が取り
上げて、美月の体は転ぶ前に菅原に支えられ、
見事な連携プレイで彼女は無事に怪我をせずに
済み、谷地も安心したのか胸を撫で下ろす。
美月は半泣きで彼らにお礼を言った。
澤村は平気な顔で持ち上げて、人のいない他所
へほいっと投げると、ひぃっと言いながら怯え
て菅原にしがみつくので、菅原は予想外の接触
に少し頬が赤くなり、澤村もポジションを逆に
すればよかったと彼らを見て少し後悔をした。
そして、澤村も菅原も彼女のリアクションが
面白くなったのか、ふっと吹き出しながら
ぷるぷると体を震わせ、澤村は彼女から顔を
逸らして笑いを堪えていた。
「お兄さん…、美月、今お兄さんって
言ったか?」
「相変わらず、苦手な癖に虫とは会話すんだ
よなぁ。」
『だって、パニックだったんだもん!!!
鳴く蝉はどれもオスなんでしょ?』
「わかった…美月、わかったって!」
またまた変な発言をしてしまった事に気が
ついた美月は、恥ずかしくなったのか、菅原
から体を離して顔を真っ赤にして弁解すれば、
必死な彼女が余計に可愛く見えて、2人は腹を
抱えて笑いを堪えて手を上げるので、彼女は
余計に笑わないで!と怒り出す。
「ごめんごめん、あまりにも可愛い過ぎて。」
「いや、相変わらずの美月の言葉の表現が
独特で癖になるんだよ。」
『もう、そう言って揶揄うんだから。
全然可愛くないもん、2人のいじわる!
仁花ちゃん、向こうに行こっか。』
「あのー、美月さんビブスが…。」
『ああ、そうだった!』
彼女は澤村の持つカゴをありがとうとまた返し
てもらい、そんな怒るなよ?と笑う澤村をむっ
と見て、恥ずかしさから逃げるように谷地の
手を引いてずんずん進んだ。
「あー、ちょっかい出すの癖になりそう。」
「スガ、ほどほどにしときなさいよ?」
「あのー、うちのマネージャー誑かさないで
貰えます?」
澤村も菅原も頬を膨らましてそのまま進む彼女
を温かい目で見届けていると、背後から嫌な
気配を感じて、2人は同時に振り返ると、そこ
には黒いオーラを纏う黒尾の姿があった。
彼は2人に笑顔を向けるが目は全く笑っては
おらず、練習試合でも余り見せることのない、
その不気味な表情に二人共が少し狼狽えて
しまった。
「いや、今のは誑かしてねーだろ。」
「いやいや、澤村君の目尻が見たことない
くらいに下がってたから。」
「…マジかよ。」
「いやいや、大地は呑まれてんじゃないよ。
…って、何で黒尾は俺の手握ってくるわけ?」
「え、菅原君は触れたでしょ?アイツの温もり
は暑いだろうから消してあげようかなと。」
「いやいや、やめろよ!
気色悪い感触に変わるだけだろ!!!」
「支えた時、胸とか当たってんだろ?
…はい、その顔はビンゴねー。」
「ちょ、お前、だからやめろって!!!」
「お前の過保護もこりねーのな。」
黒尾の容赦ない牽制ぶりに、菅原も澤村も
呆れて苦笑いを浮かべる。
そしてその先で谷地に向ける優しい笑顔を目に
したら、彼女を独り占めしたい理由もわかって
しまい、そんな美月をを見て目を細めれば、
また黒尾に注意をされるのだった。
「美月ほぼ1ヶ月ぶりだけど、相変わらずー。」
「うちの仁花ちゃんと並ぶといいコンビなのかも
しれない…。」
『雪絵ちゃん、潔子ちゃん、それは褒めてる?
仁花ちゃんを欲しいなとは思うけど。』
「わ、私なんかが滅相もないです!」
「いや、仁花ちゃんはあげられない。」
『ですよねー。』
「こらこら、美月拗ねないの。」
ビブスのカゴを受け取りながら、白福と清水も
美月と谷地の蝉とのやり取りの悲鳴が聞こえて
いたのか、楽しそうにそう言い出したので、
揶揄われ過ぎて少し不貞腐れ気味美月は口を
尖らせ、雀田が彼女を宥めるように頬を指で
つんつんと触る。
「私は美月が欲しー。そしたら
毎日揶揄って遊ぶし、ずっと触れるし。」
「ほんとほんと、梟谷でもいいよね。
赤葦とかいるよ?ウチとかどう?」
『まさかの合宿終盤に差し掛かって、
謎の勧誘始まったし行きませんし。
そして、何でそこで赤葦君?』
「もう、さすがの鈍さだわ。」
背後から白福が抱きついて楽しそうにそう言う
と、雀田も便乗して勧誘し始めるので、美月は
最後の言葉に疑問は抱くものの、笑いながら
逆に皆まとめて音駒に来てください!と勧誘
返しを始める。
『さてさて、おふざけはこれくらいにして、
お仕事再開しましょうかね。』
「そうねー、よし今日も働きますか。」
ぞろぞろと自分達の仲間が揃い始めたところで
彼女達も狩るくせをのばしながら、次の作業へ
取り掛かる。
仲間の元へ辿り着けば、彼女達の会話が聞こえ
てきたのか、甘えん坊の後輩が美月さんは
梟谷には行かないでください!と抱きついて
きたので、彼女は背中を撫でながら行かない
から、練習に励もうねと笑顔を向けた。
「牧野、蝉と会話するんだって?」
「え、美月さん。虫、大丈夫なんですか?」
『もう、ちょっと誰?!木葉君と赤葦君に
あのこと話したの。逆だし話じゃなく交渉!』
「え、想像したら可愛い。」
『木兎君、全然可愛くないからね!わかった、
そこの2人でしょ。こらっ笑わないのー!!』