名前の距離感
『あ、蛍君おはよう。』
美月は食堂で出会った月島に笑顔で挨拶を
交わせば、その呼び名に山口、日向、田中は
驚きから口をパクつかせていた。
「つ、つ、ツッキー!!!いつの間に?!」
「…山口うるさい。」
「月島に心を開かせる美月さんって!」
「お前、俺だってなかなか会話する機会ねー
のに!!!」
「田中、うるさいぞ!!!」
ヘッドロックをしようとする田中を澤村が
怒鳴って止めるが、澤村も菅原も黒いオーラ
を纏いながら、「月島、集合。」と彼に招集を
呼びかけたので、最初に茶々を入れていた3人
は、さっとその場から逃げるように身を引いた。
「お前、ブロック習いに行ってんだよな?」
「なーにお前、ちゃっかり美月と仲良く
なってんだよ。」
「いやいや先輩達。言いがかりはよして
くださいよー。」
双方にガシッと肩を組まれ、菅原はかなり悔し
かったのか、彼の腹部をグーで小さいパンチを
何度も食らわせていた。
そして、月島は遠慮をするどころか少しだけ
勝ち誇った顔で2人を煽るので、それが尚更
2人は気に入らなかった。
そのやり取りを美月は先輩後輩関係なく仲良し
だな、と呑気に微笑ましいと見守りながら、
すれ違った赤葦に『京治君もおはよう。』と
赤葦に笑顔を向けて、赤葦からも「美月さん、
おはようございます」と返事が返り、平和な朝
を満喫するように自分のお膳をテーブルに置く
のだった。
「ほんと、罪な子なんだから〜。」
そう言いながら、美月の隣で朝から山盛りの
ご飯を口に含んだ白福がもぐもぐと咀嚼をし、
向かいの雀田もこくこくと深く頷く。
2人の言う意味がわかっていなかった美月は、
なんのことやら?と首を傾げながら味噌汁を
啜っていると、彼女達の後ろでは梟谷の3年生
も烏野と同じように木葉が赤葦に詰め寄って
いた。
「なぁ赤葦、さっき牧野からけーじ君って
聞こえたんだが、いつからそんな仲に?」
「さぁ、何のことでしょう。」
「お前爽やかに返しておいてしらばっくれん
なよ!あの朝から面倒いやつどーすんだよ!」
「…俺、結局呼ばれなかった。」
「うるせぇ、俺なんて会話すらわずかだわ!」
「木葉、気持ちはわかるが落ち着け。」
羨ましさから騒ぎ出す木葉を猿杙が止めて、
木兎は朝からしょぼくれモード全開なのだが、
赤葦は素知らぬ顔で食事を摂ろうとする。
音駒の仲間達は、朝から寝起きの悪さも含め、
不機嫌気味な黒尾の様子を見て、また始まった
かと彼の様子を見て見ぬふりをしていた。
そして、その中でも灰羽だけは黒尾さん顔が
怖いですよとさらっと言いのけるので、今は
やめておけと山本が彼の口を塞いで、福永は
彼を席に座らせ、試合の時には切り替わるのを
知っている仲間達は、彼をそっとしておいた。
『クロ、どしたの?顔怖いよ。』
「いーんですぅ、元からこの顔なんですぅ。」
「美月頼む、そっとしてやってくれ。」
むすっとした顔をしている黒尾を心配して美月
が声をかければ、黒尾は彼女にも不貞腐れた
態度を見せるので、夜久が遠ざけようとする。
何となく、彼の空気を感じ取った美月は、
仕方がないかと諦めるように自分の仕事へと
向かっていくのだった。
「リエーフ、バンザイブロックすんなっつーの!
真ん中抜かれてんじゃねーか!」
仲間達の調子はまずまずだが、油断をすれば
灰羽のブロックがスパイクをすり抜けたので、
昨日の注意が直り切っていない彼に、美月は
まだ特訓が必要かなと苦笑いを浮かべて、
課題をひっそりとノートの端に書いた。
「腕はギリ球が抜けない幅!!」
烏野の速攻の成功率が僅かだが上がったように
見え、視線を向けると月島とも目が合った。
彼は黒尾のアドバイスを参考にしているように
見えて、技術を向上させようとする彼に向けて、
美月は口パクで頑張れと彼に声援を送った。
「コラ、よそ見すんじゃねーよ。」
すると、どうやらタイムアウトの合図を聞き
逃していた模様で、コツンと軽く握り拳で黒尾
に小突かれ、その衝撃から痛い訳では無いが、
つい反射で痛っと嘆く声を上げて、叩かれた
部分を自分で摩る。
『君のお弟子くんが頑張ってるから嬉しく
なったの。』
「弟子をとった覚えはねーよ。」
急いでドリンクとタオルを私ながら美月がそう
答えれば、嫌そうな顔を見せながらも面倒見の
いい彼は、月島のブロックを観察するように
見ているので、彼女はそんな彼を見てふふっと
笑った。
『クロのそうゆう所、結構好きだよ?』
「何だよ、そうゆう所って。君は他所の応援
してないで、自分トコの応援しなさいよ?」
『わかってますよ、ごめんごめん。』
美月は謝りながら笑って、改めて黒尾の顔を
まじまじと見るので、見つめられることには
慣れない彼は、反射から視線を逸らせば、
らしくない反応を見せる黒尾がおかしくなり、
彼女は彼に微笑んだ。
『最近は後輩ばっかで応援してあげてない
もんね。もちろん、鉄朗も期待してるよ?』
ふんわり自分に笑いかけてくる美月の笑顔は、
黒尾からすれば堪らないもので、そう?と
頭を掻きながら照れ臭さを誤魔化していると、
彼女が発した言葉が引っかかって、彼の動きは
ピタリと止まった。
「…ねぇ、牧野さん。今なんつった?」
黒尾の問いかけに美月の肩もピクっと動いて、
さりげなく呼んでそれは上手く流せると思って
いた美月は、目を潤ませて頬を赤くして、
やっぱり鉄朗は長いかなと言いながら呼び方は
すぐに訂正するように戻って、タオルを回収
しようと逃げるようにその場から離れた。
「クロ、顔洗ってきたら?」
顔が真っ赤だよ?と彼の顔を見た孤爪の指摘に
口元を手の甲で押え、夜久もらしくねーなと
揶揄うように笑っていたが、本心は羨ましくて
仕方がなくて、嫉妬から顔を引きつらせた。
『衛輔君もファイト!』
「〜〜〜っ!!!」
「ほら、やっくん。破壊力ヤバいでしょ?」
もちろん仲間達は平等にを心がけている彼女
なので、夜久や海にも同じ時間はやって来て、
彼らにも下の名前で突然呼ぶものだから、それ
で不意打ちを食らった2人は、驚きから調子が
狂ってしまう。
「おい、海さんまで珍しくミスしてる!」
「「美月、やっぱ名前で呼ぶのは無し!」」
結局、本調子が狂うので黒尾と夜久の叫び声と
共に同級生はいつも通りの呼び方に訂正され、
今度は美月の方が納得いかないようで不服そう
な顔を見せ、最後まで彼女に呼ばれなかった
木兎も再びへそを曲げるのだった。
「やっぱり罪な女ね〜。」
「俺だって、光太郎君凄いね!て言われたい。」
「光太郎さん、最高ですね。」
「赤葦に呼ばれてもちっとも嬉しくねーよ!」