それぞれの好きな顔
朝練が無いことをいい事に、久しぶりに夜更か
しをした事を今になって後悔しながら、頭を
押さえ、幼なじみのメッセージを見てクスリと
笑う。
「へーへー、起きてますよ。」
夜更かししたんでしょ!?起きろー!と怒り
マークの絵文字も添えて送られており、猫の
ウインクのスタンプを送り返して、彼はグッと
背筋を伸ばす。
久しぶりに制服に袖を通し、先に駅のホームで
待っていた美月に手を上げると、彼女は彼の
姿を見つけたら、肩の力が抜けていた。
『よかった、クロ来ないかと思った。』
ああ、お前のその顔やっぱ好き。
美月の安心しきった表情を見て、まず1番に
黒尾はその言葉が出てきた。
黒尾だけにしか分からない、朝一番の自分に
しか見せることの無いその表情に、彼は目を
細めながら、おはよ。といつものトーンで声
をかける。
『あ、もう研磨ったら。』
「だと思ったわ。」
すると、同じく夜更かししてゲームを行って
いた孤爪からは、次で向かうから先行っててと
メッセージが入り、黒尾は満員電車の彼女の
護衛を慣れたように務めるのだった。
新学期恒例の席替えは、ここ最近クジ運の強い
夜久が見事に美月の隣を勝ち取った。
もう1人の仲間は2人とは離された端に移動に
なり、じりじりと夜久に嫉妬の目を向けている
のだが、美月が嬉しそうに隣だねと自分に
笑いかけているので、彼はその視線は完全に
無視をする。
『しばらくお隣さん、よろしくね。』
ふんわりと柔らかく笑う表情は、いつも自分に
向けてくる優しい表情で、夜久もこちらこそ
よろしくな!と歯を見せ彼女に笑顔を返す。
隣がこんなに幸せなのかと喜びを噛み締め
ながら早速授業中にふと彼女に視線を向けれ
ば、パチッと目が合うと彼女は優しく微笑んで
くれていた。
あ、今のその顔めっちゃ好き。
思わず美月のその表情に射抜かれそうになり、
口元が緩みそうになるのを手で押えていると、
美月もノートに視線を戻すので、慌てて夜久も
自分のノートに目を向ける。
ありがとう、神様!と心の中で感謝している
とチャイムが鳴り、授業の終わりと同時に黒尾
が彼の首を締めにやって来るのだった。
『けーんまっ!』
「どうしたの、美月。」
昼休憩に珍しく美月が孤爪の教室へとやって
来て、注目を浴びる前に孤爪は弁当を片手に
素早く彼女の手を引いた。
『朝会ってなかったから、顔見とこうと思って。
もう、クマとか作ってないよね?』
「大丈夫だし、ちょっとしか夜更かしして
ないよ。」
孤爪の体調を心配して、美月は顔色を伺えば、
怒られる事を避けようと彼女から視線を逸らし
て彼はそう答えるので、美月は怪しむように
彼をじっとりと見つめていた。
『まぁ、いっか。このまま一緒に食べよ。』
お弁当を楽しそうに掲げる彼女はそう言って、
彼の手を引くと楽しそうに空き教室の鍵を
チラつかせた。
「美月、それ…。」
『今日のミーティングで使う教室の鍵
預かったの。ここで食べちゃおうよ。』
美月はそう言って人差し指を立てながら、
皆には内緒だよと言葉を続けて、孤爪にだけ
に聞こえる声で笑いかける。
俺の大好きな美月の顔だ。
のんびりと向かい合って、お弁当のおかずを
分け合って、スマホのゲームを少しだけして。
贅沢な貸切状態の教室で、今までで1番楽しい
昼休憩を堪能する。
久しぶりの独り占めの時間が嬉しくて、彼は
ついまたしようね。と彼女にお願いしてしまう
のだった。
「美月さん、手伝います!」
保護者からの差し入れで貰ったという、大量の
タオルとスポーツドリンクが入った箱を美月が
必死に運んでいると、それを見かけた山本が、
2段に連なった彼女の箱の1つを取り上げるよう
に持ち上げた。
『ありがとう、猛虎。』
「重たいもん持つ時は、ちゃんと後輩を
呼んでくださいよ。」
『そんなそんな、大した事ないのに。』
普段は恥ずかしさから彼女とは割と距離を取る
事が多いのだが、こういう時にはすぐに駆け
付ける。
さりげなく、自分の方が重たい方を持つように
して、彼女にはちゃんと軽いものを持たせて
くれる紳士ぶりと後輩の成長にふるふると
感動から、少し目を潤ませて山本を見つめた。
『さすが、期待のエース。頼もしいね。』
あ、その顔はマズイっす。
少し泣きそうになりながら笑う彼女の表情に
ノックアウトしそうになったのか、うおおぉと
雄叫びを上げながら、倉庫へと掛け抜ければ、
黒尾の山本うるせぇ!の怒声が遠くから聞こえ
て来て、美月は苦笑いを浮かべる。
「美月さん、ここほぼ毎日会ってたはずなのに、
可愛いさが増してませんか?」
着替えいた灰羽も何かしらの不意打ちを食らっ
てしまったのか、ほんのりと頬を染めながら、
プチプチとボタンを外して、ため息を吐く。
珍しく、山本も夜久もその言葉に同意するよう
に激しく頷き、黒尾と孤爪は悩みの種が増えた
と言いたそうに、眉間に皺を寄せていた。
「さっき、悪戯で美月さんの胸に顔を埋めたら、
目を潤ませてもう!て怒るから、それが
たまんなくって…。」
「おい、てめぇ。それはふざけんな。」
「リエーフ、お前今日レシーブ練覚悟しとけ。」
「あーあ、鬼先輩2人怒らせやがって。」
「美月さん、いつも可愛いらしいですよね?」
「うん、そう思うけど…?」
黒尾と夜久が目を光らせる横で山本は呆れ、
犬岡と芝山はまだよく分かっていない模様で、
不思議そうに首を傾げ、海もいつも通りじゃ
ないのかと慣れたように笑っていた。
すると、部室にある荷物を取りに来た美月が
入ってきて、高い位置にある荷物を取りづら
そうにしていたので、手が空いていた海がその
荷物を軽々と取って彼女に渡せば、彼女は
いつもごめんねと海にお礼を言うのだった。
『海のお陰で助かっちゃった。』
ごめんね美月、前言撤回。
先に体育館にいるね。と手を振りながら美月が
その場から去ると、海も珍しく目頭に手を
当てていた。
確かに尊い。と言葉を漏らす彼を見て、周りも
さすがに驚いたのか、海にかける言葉を必死に
探すが、見つからない。
「多分さ、この合宿で美月にちょっかいかける
人が多すぎて、練習以外であまり話せなかった
からじゃない?
普通の日だと美月も疲れ気味だったし。」
あと、それ以外は他のマネージャーといたしと
孤爪は冷静に分析をしたのか、そう呟くと周り
も納得したのか、確かにと深く頷いた。
「平穏が眩しいって事か。」
「あー、確かに。梟とか烏のヤツら見てたら、
お前が幾分マシに見えたもんな。」
「ちょっと、夜久さんも山本さんもなんで俺を
見るんですか!」
「知らない間に俺も妬いてたのか。」と海は何故か楽しそうに笑って、そのまま皆で体育館へ
向かえば、やっと来た!と嬉しそうに笑顔を
見せる彼女に仲間達は安心をする。
こうして、通常通りに戻るという幸せを彼らは
改めて実感するのだった。