補い合いましょう


午後から体育館の点検で、練習が早い時間に
切り上がった土曜日。

帰り道のコンビニに皆で立ち寄って、少しだけ
ベンチで雑談を交わして別れたら、そのあとの
予定は全く無いままに、早めに自宅へと帰ろう
としていた。


『あー、しまった。数学の提出物やらなきゃ
なんだけど、今行き詰まってたの忘れてた。』


「仕方ねーな、ウチに持ってこい。」


美月の苦手な科目の数学を見るのは、黒尾の
恒例イベントなっており、彼女の嘆き声を聞け
ば、 すかさず彼が助け舟を出してくる。


黒尾の事を救世主を見る美月の眼差しが、
たまらなくなって癖になり、本人を甘やかさ
まいと思っていても、彼女その目を見た途端に
ついつい自分の所へ招くのだった。


「ちょい、牧野さん?詰まってるって、
前に教えたところじゃねーかよ!」


他の科目は割合、平均よりは高い成績なのに、
どうしても、この科目だけは苦手なのか。
また躓いている同じタイプの問題に目を通した
黒尾が、呆れて彼女の額を小突く。


『どうも、こればっかりはダメのようで。』


美月も黒尾の指摘に、申し訳なさそうに突かれ
た額を押さえながら、黒尾も彼女にクロがいて
本当によかったと笑いかける。


そんな嬉しい言葉を言われてしまったら、後輩
のレシーブ特訓には容赦なく鬼になるものの、
いざ気になるあの子を目の前にすれば、黒尾も
気が緩んでしまい、仕方ねーなと頭を掻いた。


「ここまでは、分かってんだったら。
これを当てはめればいいだけなんだって。」


そして、参考書に示されている公式を当てはめて、彼女に分かりやすく説明しながら、彼女の
詰まる所を解いてあげれば、『クロってやっぱ
凄い!』と尊敬の目で褒められるのが、黒尾も
自分のたまらなく好きな時間となるのだった。


「お前、他の教科は完璧なのにな。」


『代わりに、英語ならお教えしましょう。』


「あー、そうですね。助かりますわ。」


昔から、お互いの苦手な箇所を助け合うのが
当たり前になっていて、自分が悩んだ代わりに
黒尾にも恩返しするように、彼の課題を彼女も
手伝う。


逆に自分の引っかかっている部分を美月に教えて
もらい、逆に彼女に感謝の意を述べたら、美月
も嬉しそうに微笑んで。


そんないつもの習慣を2人で行っていたら、刻々
と時間は経過して、2人が外の景色に気がついた
時には、既に暗くなっていた。


しかし、それは日が沈む暗さなんかではなく、
天候が悪くなった時の暗さで、ゴロゴロと雷が
落ちてきそうな音が聞こえてきたら、黒尾は
まずい。と焦った様子で彼女の顔色を伺った。


すると案の定、その音を聞いた瞬間に表情は
強ばっており、逃げる場所を探そうとしていた
ので、胡座をかいていた黒尾が両手を広げた。


「美月、ほれこっち。」


『クロ、ホントごめん。重たいよね?』


「全然、余裕。」


普段は恥じらって拒む行為を美月がこの時だけ、
黒尾にやけに素直なのは、まもなく自分の苦手
なものがやって来るから。


彼女は自分の体重を気にかけていたが、彼に
包まれたら安心をして、ピカッと窓際の光に
肩を揺らして身構える。


少しでも怖さが軽減されるように、黒尾も彼女
の耳を塞いであげて、思いの外大きい落雷音と
怯える小さい彼女の声を聞き比べながら、部活
の時のしっかりした、大人びた印象とは全く逆
の昔と変わらぬ子供っぽさに、つい彼もその
ギャップが可笑しくなって、怒られないように
くすくすと笑ってしまった。


「そこだけは、ホント変わんないのね。」


『クロが平気なのが不思議。
研磨だって、時々怯えた顔してるし。』


「アイツは、停電でゲームのデータ飛ぶの
恐れているだけだろ。」


噂をすれば、なんとやら。


美月と黒尾がいまここにはいない孤爪の話題を
出せば、黒尾と美月と孤爪の3人を繋ぐグループ
メッセージに、彼女を心配する孤爪から「美月、
大丈夫?」と届いていた。


未だに鳴り止まないそれに縮こまって、それ
どころじゃない美月の代わりに、黒尾が返信
して、その後に個別で変なことはしないでよ?
と孤爪から黒尾宛にメッセージが届いていた。


「信用されてねーな。」


相変わらずの反応を見せる、もう1人の幼なじみ
に苦笑いを浮かべていると、ザアザアと雨足は
段々と強くなってきた。


このまま彼女を返すのはまだ危ないので、いつ
頃送ろうかと、悩む頃に蹲っていた美月がそこ
でやっと、黒尾の顔を見上げるのだった。


『クロ…このまま泊まってもいい?』


「…はい?」


どうやら、美月の両親は2人共只今県外へ出張
中で不在だったらしく、このまま夜通し続き
そうな雨に不安を抱いたのか、目尻には涙を
うっすらと浮かべながら、黒尾の瞳へ訴える。


待て、待て、待て。


いつになく積極的な彼女に、黒尾の方が動揺
してしまって、顔を真っ赤にさせながら、
慌て始める。


それもそのはず。いつも泊まるといえば、絶対
に孤爪が一緒で、そして美月がここに泊まると
したら、この部屋しかなく、2人きりのお泊まり
というものが、初めての出来事だったからだ。


「お前、泊まるって着替えはどうすんだよ!」


『着替えは、1着なら確かここに入れてたし。』


孤爪と一緒の寝泊まりは、度重なってあった
もので、慣れたように自分のタンスから美月が
着替えを取り出した。


「あー、はいはい。そうでした。」


突然のお願いのショックからなのか、頭から
黒尾もその事がすっかりと抜けており、つーか
いつの間にとそこのスペースが孤爪と彼女の
物で埋まっていた事には、彼もさすがに驚いた。


2人の部屋もそんなスペースがあることも、
もちろん把握はしているのだが。


冷静になろうと、手元にあるタオルケットで
彼女を包んで、黒尾は空になったグラスの麦茶
を注ぎに台所へと足を運べば、自分の祖母にも
危ないから彼女を泊まらせてやれと言われて
しまい、普段よりも賑わう食卓を想像して喜ぶ
祖母を目にしたら、この時ばかりは長年の付き
合いを恨んでしまうのだった。


『クロ、おかえり。』


部屋に戻れば、タオルにくるまって、半泣きで
しおらしく自分の帰りを待っていた美月は、
彼から見れば本当に堪らないシチュエーション。

自分にとってはツボな表情を魅せられて、黒尾
は一瞬無言になり、息も止まりそうになった。


「もうね、何なのこれ。」


混乱の中でも気分は喜びで高揚して、ここは
素直に喜びたい所なのに、理性と戦うのは本当
に辛い。


美月は自分をそうやって悩ませているのだが、
彼女が風呂に入る時間になる頃には、他校の
面子から彼女へのラブコールがかかってきて、
彼女の不在中にもちろん代わりに黒尾が出て、
そんな悩みはすぐに吹っ飛んでしまうのだった。


「あっ。美月ちゃん、今何してる?」


「あら、木兎君じゃない。
生憎、美月ちゃんはお風呂中ですね。」


「おい、何でお前がこの時間に出るんだよ!
…まさか、お風呂ってことは、美月ちゃんと
お泊まり?」


「ご想像にお任せしまーす。」


「ぐっ、幼なじみの特権フル活用しやがって…。
つーか、お前その裏声止めろ。全然美月ちゃん
の可愛い声と似てねーよ!」


『ちょっと、クロは何やってんの!?
ごめんね、木兎君。今クロのお家で…』


「あ…待って、それが1番胸に刺さったわ。」






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