好きなことに変わりはない
音駒高校バレー部の恒例行事、部員の誕生会は
本日もきちんと執り行われ、本日の主役の襷は
前回掛けてもらった夜久が引き継いで掛け、
美月は張り切って飾り付けとケーキを準備した。
普段から口数が少ないその後輩は、いつもと
変わらず言葉を発しなかったが、嬉しそうに
ぺこりと頭を下げるので、喜んだ姿を見せて
くれた事に美月は安心し、今回は甘すぎない
さっぱりめのチーズケーキを焼いて、彼の
お祝いをした。
『痛む前に朝のうちに食べれるものをって
思ったら、どうしてもお口がさっぱりする
ものになっちゃった。』
「美月、これめっちゃ美味っ!」
「美月さん、ケーキも焼けるんですか!?」
『皆様のお口にあって、何よりです。
福永が喜んでくれたから、よかったー。』
誕生日ケーキは練習前に部員達でフォークで
突っついて食べ、1口目はもちろん本日の主役
である福永が口にして、彼の好みには合った
ようで、次に口にした夜久が彼女にそう言え ば、福永も思い切り首を縦に振る。
「美月さん、美味しいです。」
この度、彼女の手作りを初めて口にした灰羽達
1年生は、彼女の別の才能に度肝を抜き、灰羽
が結婚してください!と口走りそうになれば、
夜久につねられたのか、その言葉は彼女に
伝わる事は無かった。
もちろん、彼女のその味が大好きな孤爪は黙々
と食べていて、珍しく山本が「もう少し、遠慮
しろよ」と注意していて、それぞれの反応を海
と黒尾と一緒に微笑ましく、美月は大成功を
喜んで、3人で見守っていた。
「で、ところで牧野さん。
立て続けにお祝い準備していたようだけど、
ちゃんと睡眠時間取りました?」
「…美月、無理したの?」
軽く欠伸をしたのを見られたのか、大柄で鋭い
男2人に挟まれた彼女は、目を光らせた2人に
そう問われ、無言のまま、逃げるように部室
から出ると、黒尾が「お前、逃げんな!」と怒り
の声を上げたが、既に時は遅かった。
「まぁまぁ、美月のイベント好きは、今に
始まった事じゃないし。明日も日曜日だし。」
何だかんだ、美月に甘い海が黒尾を宥め、朝が
いつもより遅いからという理由で簡単に許して
しまう彼に、黒尾はため息を吐く。
自分の所の後輩ならまだしも、他校の人間で
ある木兎が彼女に祝って貰っていた時の彼の
真っ赤に染めた表情を思い出し、彼は気分を
損ねたのか顔を顰める。
そして、呑気に練習準備を始めていた彼女に
必要以上のスキンシップを取り始め、彼は夜久
や孤爪に怒られてしまうのだった。
その日は、久しぶりにハードな練習内容だった
のだが、美月は時折睡魔と闘いながらも何とか
持ち堪え、倒れることなく無事に済ませると、
片付けを済ましたらまだ部員達が着替えている
最中だったので、体育館の入口に座り込んで、
それが終わるのを待っていた。
すっかり夕方になったら涼しくなって、夕日も
夏とは違って柔らかくなった気がして、外に
いても過ごしやすい。
ちょうど、こちらに向かって吹いてくる風が
絶妙で、瞼を開けるのがギリギリだった美月は、
自分の体を支えきれず、閉まっていた体育館の
ドアを背もたれにしていると、自然と意識が
遠のいて行った。
一足先に着替えていた福永が、美月の様子を
見に来た頃には、彼女は器用に座って眠って
いて、あまりにも心地よさそうにしているの
で、それを邪魔していいものなのかと、彼は
声をかける事に悩んだ。
しかしこくりこくりと頷き出して、彼女のいる
場所は下はアスファルトなので、このまま万が
一、彼女がうっかり転んでしまったら、大変な
事になると考えて、すぐに彼女隣に座って自分
の方に寄り添わせ、残りのメンバーが着替え
終わるまで、彼女の横で一緒に待つことにした。
滅多に無い美月との至近距離に、彼は若干照れ
臭さはあったものの、孤爪のような恋愛感情は
無いと言えるからなのか、彼に妙な息苦しさは
無かった。
ただ、いつも弟のように自分を可愛がってくれ
ている、美月の事はもちろん大好きで、感謝の
気持ちでいっぱいで、それ故に簡単な言葉で
述べられず、言葉はいつもなかなか自分の口
からは、出てこない。
「美月さん、いつもありがとう。」
だから彼女が眠っている今だけは、単純な言葉
も出せる気がして、彼は誰もいない2人だけの
空間で、ぽつりと小さく言葉を吐いた。
『…こちらこそ、です。』
すると、その言葉は途中で起きてしまっていた
美月にきちんと届いていたのか、もごもごと
緩みそうな口元を動かし始め、彼女の顔は一気 に真っ赤になっていくので、それに気がついた 福永も段々と赤くなり、最終的には頭が沸騰
して、思わずその場から立ち上がる。
顔を伏せて悶絶している美月と、彼女に見られ
て反応に困る福永がウロウロと歩き始め、
なかなか部室に来ない彼女を不思議に思って
黒尾が様子を見に来れば、2人の異様な光景に
苦笑いを浮かべた。
「で、お前ら何してるわけ?」
『い、い、今の福永が可愛すぎて!!!』
「おぅ、わかったから早く着替えて来い。
どうせ寝てたんだろ、風邪引くだろ!」
後輩の仕草に射抜かれた彼女も立ち上がって、
近づいてきた黒尾に必死に説明をしたが、彼は
完全にそれをスルーして、それよりも彼女に
体調を崩されては困るので、彼はそのまま部室
に向かって、グイグイと彼女の背中を押す。
「黒尾さんに着替えさせてもらいたいの?」
『もう、クロのバカ!またそういう意地悪
言って…、自分で着替えます!』
そしてそう言いながら、背後から黒尾は美月に
抱きついて来て、彼女のTシャツに手をかけよう
として来たので、彼女は怒りながらそれを叩く
と、自分の荷物を持って部室に向かおうとした
が、忘れ物!と言って、少し冷静さを取り戻し
た福永にこそっと耳打ちをした。
『福永…あのね、こちらの方が、君にいつも
ありがとうなんだよ。』
部活中にさり気ないフォローをしてくれている
福永には、いつも感謝していると彼女は恥ず
かしそうに微笑んで、 お礼を言ったお礼を
嬉しそうに彼に返す。
その言葉に彼の胸は暖かくなって、今回の2人
のやり取りは黒尾もさすがに嫌ではなかった
のか、彼を咎めるような言葉は言わなかった。
それどころか、これからも先輩のお世話も
よろしくな。と福永を頼りにしている言葉を
吐いて、ポンと彼の方を叩くので、その一連の
流れを見ていた夜久が、黒尾の珍しい態度に
驚いて、目を見開くのだった。
「嘘だろ、黒尾が妬かないなんて珍しい。」
「うっさいわ!誰彼構わず牙向けてねーよ!」
「え、いっつも誰彼構わず向けてんじゃん。」
「夜久さんには、言われたくと思いますよ。」