元気の源
『スガ君、おはよう。』
限られた時間しかない朝、かける言葉を考えて
いると、ふんわりと柔らかい笑顔を向けられた。
会った時には何の話をしようと悩む気持ちは、
美月を目にしたら頭からすっかりと抜け落ちて、
同じく朝食を摂ろうとした彼女の隣の席に、
菅原は腰掛けた。
「おはよ。美月、寝癖ついてる。」
『えっ、嘘!?しまった、まだ髪セットして
なかったから…。』
「嘘だって。本当に騙され易いよなー。」
『あ、酷い。騙したなー?』
気になる子に冗談を言って、ちょっかいを掛け
てしまうのは、自分の悪い癖。
騙されたと分かっていても、美月の手は自然と
自分の髪に触れて、手ぐしで一旦整え始める
ので、素直な彼女の仕草に、菅原はくすくすと
謝りながら、笑っていた。
「ごめんごめん、そう怒るなよー。
本当に反応が面白いよな。今時期は虫が出ない
のが残念だ。」
『スガ君、もうアレは忘れようか。』
夏の恥ずかしい場面を思い出した美月は、顔を
顰めて無かったことにしたいと嘆くと、背後
から吹き出す音が聞こえてきて、菅原の隣に
座る澤村は、思い出し笑いをしながら肩を
揺らしていた。
『あ、澤村君まで!』
「アレは確かに…最高だった。」
「美月のあの会話、もっかいみたいなー。」
『せっかくあの時のスガ君も澤村も頼もしくて、カッコよく見えたのに。』
「「え?」」
さらりと自分の学校でも、女子には言われ慣れ
ない褒め言葉に固まっている間に、美月はお禅
を平らげていて、口を尖らせて言葉を零すと、
席を立ち上がり、食器を返しに行く。
『だから、困った時はまた助けてね。』
ポンと菅原の肩を叩くと、そのまま練習の準備
に取り掛かった彼女は、髪の毛を緩く纏めて、
美品のある場所へと向かう。
「何あれ、一気に元気出たんですけど。」
清水達と楽しそうに会話をしている美月の背を
見届けると、むずむずともどかしい気持ちで
口元を動かし、美月には申し訳ないが、彼女
のピンチに自分が遭遇出来ることを彼は願って
しまうのだった。
前回よりも緊張感が漂った練習になるのは、
大切な試合が、刻々と近づいているからなのか、
東京は宮城よりも余裕があっても、残りが
1ヶ月とわずかであることに変わりない。
『猛虎、手を貸して。』
「すいません、ありがとうございます。」
後輩の異常にもすぐにアンテナを張って、対処
するのは、トラブルにいち早く反応出来るよう
に、大事にならない様に。
テーピングで山本の指を手早くそして丁寧に
巻いて、背中を押す。
昨年の彼女がここに来たばっかりの時は、それ
すら恥ずかしがって、掌をなかなか見せてくれ
なかった後輩を懐かしく思いながら、彼の成長
を頼もしく思う。
「リエーフ、今のは取れよ!」
『次はきっと、出来るよー!』
そして、まだまだ発展途上である後輩に声援を
送って、その間にもすぐに足りなくなるタオル
やドリンクを補充していると、次々と試合は
終わっていく。
時折目に入る、まだまだ勉強途中の谷地にも
励ましの言葉をかけながら、分かる範囲内の
事は清水の手の届かない部分も教えてあげて、
そうしていると空が暗くなるのは、本当に
早かった。
「美月ちゃん、発見!」
『あ、木兎君。』
ビブスを洗い終えて、体育館へ戻ろうとしたら
楽しそうに飛び出してきた木兎と出会い、彼の
元気な笑顔に釣られて、美月も笑顔を返した。
「今日も自主練付き合ってくれんの?」
『今日は後輩達のサポートに回るから、
場所は別になっちゃうね。』
「何だ、残念。それなら、今のうちに元気補充
しとかねーと…だよなぁ。」
『元気補充?』
「そっ。美月ちゃん、両手上げて。」
木兎の発っする言葉を不思議に思うも、素直に
彼の言う通り素直に手を挙げてしまうのは、
彼女らしいと言えるところか。
こう?と尋ねれば、木兎もがばっと手を広げる
と、その手は彼女の脇腹を通り越して、背中を
包んでいた。
『元気補充って、もしかしてハグのこと!?』
「こうしてたら、元気が出るんだよ。」
木兎は柔らかい感触に癒されながら、ぎゅっ
と慌てる彼女に構うことなく、「あー、幸せ。」
と言いながら抱きしめて、一方の美月はその
逞しい胸元に顔を埋められ、顔を真っ赤にして
パシパシと彼の背中を叩いていた。
「美月ちゃん、照れちゃって可愛い。」
『ふぐっ、息が…出来ない…。』
「えっ、ちょっ、悪い!息して!!!?」
照れ隠しだと思っていたら、力尽きる彼女に
驚いて、木兎はすぐに彼女を解放した。
少し鼻が赤くなっている美月を心配して、木兎
が不安そうに覗き込み、彼女の鼻を指で撫でる
ので、彼女は眉毛を八の字にして、困ったよう
に笑って見せた。
「痛い?ごめん、調子に乗った。」
『何とか大丈夫だけど、他の女の子にはしちゃ
ダメだよ?私は意外と頑丈な女だし。』
「むっ、美月ちゃんにしかしねーのに。」
『またまた、木兎君は皆に優しいもんね。』
拗ねた顔で木兎が言い返すと、それだと説得力
に欠けるのか、彼女には今一つ響いていなくて、
上手く流されながら、背中を押されると、彼女
は仲間達のいる体育館へ走って向かって、入れ
替わるように月島と赤葦が、2人揃ってあから
さまに嫌そうな顔をして、そこに立っていた。
「うわぁ…。」
「木兎さんは、押しすぎだからダメなんですよ。
…まぁ、だから助かってますけど。」
「赤葦、素直すぎ!」
この度もなかなか恋路が報われないのは、皆
一緒の出来事に変わりないのだが、進展が無い
方が助かると、安堵の息を漏らす。
「美月、なんかあった?顔が真っ赤だけど。」
『さっき、ぶつかっちゃって…。』
「本当だね、鼻も赤くなってる。
これで、少し冷やした方がいいよ。」
『潔子ちゃん、ありがとう。』
戻って来た美月の様子がおかしい事に気がつく
雀田が首を傾げると、同じくその場にたまたま
いた清水が、彼女に保冷剤を差し出した。
ふぅと深く息を吐きながら、平然を保った自分
を褒めて、少し柔らかくなった保冷剤で、鼻を
冷やしながらぼんやりと遠くを眺め、幼なじみ
とはまた違った温もりに混乱して、また思い出
したら顔は熱くなって、保冷剤で無理やりに頭
を冷やす。
『皆、スキンシップ激しいのはどうして?
確実に、揶揄われてんだろうけど…。』
「美月さん、そろそろ練習再会を…。」
『ごめん、今行く!』
黒尾と澤村が東京体育館での再会を約束する頃
には冷静に戻り、誰にも気が付かれないように
過ごせたと思っていたが、また木兎の顔を見た
ら、またもやあたふたとして、余所余所しい
態度を彼の前で取る。
そんな美月の態度を黒尾が怪しみ、赤葦と月島
の裏切りにより、鬼の形相の黒尾と夜久に、
木兎は震え、喜ぶ間も無くこってりと2人に
絞られてしまうのだった。