まず最初に祝福を
『クロ、誕生日おめでと。
今日はいっぱい、この言葉を使うね。』
いよいよ、長くなるその一日は訪れた。
あれから6日なんてすぐに経ってしまい、自分
の生まれた日もたまたまその日とは重なって、
美月は笑顔で黒尾に祝福の言葉に続けてそう
言うので、彼は優しく目を細め、彼女にお礼を
伝えながら、照れ臭さからつい自分が落ち着く、
彼女の髪の毛に触れたりしてみる。
「ありがとね。」と視線の合わない彼の反応は
やっぱり面白くて、くすくすと笑い出すと、
あまり見ないでくださいと彼は目を泳がせて、
後からその場に現れた孤爪は、クロどうしたの?
と不思議そうな顔を見せていた。
「祝うのは平気なんだけど、祝われるのは、
どうも慣れねえんだよな。」
『慣れないところ悪いけど、今日はいっぱい
おめでとうって言うつもりですからね?』
「美月、頼もしいね。」
『前向きな言葉しか使わない予定ですから。』
今晩のケーキも準備した、いつもより早起きも
出来た、朝ごはんの目玉焼きも上手に焼けた、
幼馴染みの嬉しそうな顔も見れた。
彼女の中では、今のところ予定は自分の思った
通りに進んでいて、このまま皆が目標する全国
の道も行けそうな気がする。
集合場所である学校に到着すると、仲間達の
コンディションは見る限り万全で、そこでまた
予定通り!と美月は嬉しそうにガッツポーズを
見せていた。
穏やかだった空気も、体育館に到着するとその
空気はまた変わり、独特な緊張感に背筋が伸び、
女子の後に試合は行われる為、その様子を美月
が見に行こうとすれば、それは何故か黒尾に
止められてしまった。
「美月、お前はここにいろ。」
『え、ちょっと様子見るくらいなら大丈夫。』
「そう言いながら、さっきだって木兎に絡まれて
ただろうが。時間ロスしたら困るだろ。」
『むっ、何も言い返せない。』
会場に到着をして直ぐに、美月を見つけた木兎
にいつもの如く捕まって抱きしめられ、それを
助け出した赤葦にはさりげなく手を握られてと
お馴染みの腹立たしい光景を黒尾は目にして
おり、いつも以上に眉間の皺が深い。
その出来事が黒尾は気に入らなかったのか、
彼女が心配なのか、自分の元から離れることを
とにかく拒んでいた。
『はい、分かりました。優生君ごめんね、
お願いします。』
「任せてください!」
美月も今日だけは黒尾の指示通りにして、芝山
にお願いをすると、彼は快く引き受けて女子の 試合を自分の代わりに見に行き、会場に着いて
から後輩達の前では堂々とした姿を見せている
が、黒尾の足元は何処か落ち着かない素振りを
見せていた。
『クロの手、なかなか温もらないね。』
「お前は、いきなりビックリするだろ。」
美月も思わずその仕草が気になってしまって、
驚く黒尾の反応も構わずに、彼の両手を手に
取ってさすっていると、黒尾の表情は段々と
その温もりに綻ぶ。
「美月の手、すごくあったかいからいい感じに
なるぞ!」
「ちょ、夜久君腹立つ。その俺が1番でした的
ドヤ顔。」
『やっくんは、絶好調そうで安心だね!』
「おう!」
「俺はこっちの温もりのがいいわ。」
『やだ、クロはどうしてそういう事するの!?』
「ここ、歳の数だけ揉ませて貰えません?」
黒尾は突然そう言い出すと、美月が挟む手を
するりとすり抜けて、そのまま彼女のお尻を
掴んで自分に引き寄せ、むにむにと細かく手を
動かし始める。
その刺激に彼女の顔はかあっと赤くなり、彼の
胸を思い切り押して逃げ、触られた恥ずかしさ
から、夜久に泣きついた。
「お前、本当に懲りねえな。」
じっとりと呆れた目を夜久は向けていたが、
いつも通り、ニヤリと笑う彼は余裕が少しだけ
戻ったのかと、黒尾の表情に美月は安心する。
本音は出来れば普通に戻って欲しいとも願うの
だが。
そして、芝山が女子の試合が終わりそうだと
知らせに戻ってくると、主将は気を引き締めて
仲間に呼びかけるので、それに合わせて美月も
気持ちを切り替えた。
「文字通り、全国まであと一歩だ。いつも通り
行こうや。」
「アッス!」と仲間の気合いの入った返事と彼の
みんなを引っ張る頼もしい背中。
その言葉にしっかりと彼女も頷いていると、
久々に耳にする茶化した声に、黒尾は顔を引き
攣らせて振り返る。
「いつも通りハイレベルな守備とチームワーク。
そして、決定力に欠けるネコチャン。」
背後から、ニコニコと嫌味混ざりの台詞を吐き、
大将という名の黒尾の因縁のお相手は、いつもの如く、こちらに向かってやって来た。
何故か毎度の如く、美月にだけはいつも爽やか
な笑顔を向けるのだが。
「牧野ちゃん、久しぶり。変態な主将がいると
大変だね。牧野ちゃん、お尻大丈夫?」
『え、やだ。見られてました!?お見苦しい姿
を見せて、すみません。』
「いや、お前の本性丸見えだからな。てか美月も
こんな奴に敬語とかいらねーから。何なら
あっちのがヤラシイ目で見るから離れとけ。」
大将の言葉に美月が慌てた様子を見せても、黒尾
は冷静な態度で、先程の嫌味に睨みをきかせて
いる山本へも、ヘビ野郎は相手にすんなと挑発
に乗らないように宥めていた。
「懐の小さいヤツはヤダヨネ、美月ちゃん。
お前、その身長もサバ読んでない?ほんとは
180無いんじゃない?」
「ハアァ〜〜〜!!?そんなセコい事しません〜
ちゃんと、グッってやって計ってますぅ〜。
あと馴れ馴れしく、うちのマネージャーに絡ま
ないでください〜、気安く名前も呼ばない〜。」
その大将の煽り文句といきなり下の名前で美月
を呼び始めた事で火がついたのか、黒尾の表情
が変わった事に気がついた夜久は、咄嗟に避難
させようと、さっと2人の近くから彼女と距離を
取らせ、海も始まってしまったとため息を吐く。
手を自分の頭頂部に当てて、自分の潔白を示し
ながら黒尾は大将に言い返し、変わらずその隣
で山本はずっと彼を睨み続けていた。
「お前こそ、ミカちゃんにフラれた傷は癒え
たの?試合ダイジョウブなの?」
「ちょ、はっ、フラっ、フラれてねえし!
フッたんだし!つーか、何で知ってんだよ!」
「あー、また。」
『クロったら、人の傷口掘り返して。やけに
反応してるなとは思ってたけど。』
「あー、お前の友達に向こうの主将の彼女と
友達のヤツがいたっけ?」
『そうそう。』
お馴染みの口論に同級生の3人は呆れた視線を
送り、美月は先日、友達と一緒になって、とある
会話で盛り上がった事を思い出す。
確か、部活ばっかりの彼氏はどうかという内容
だった様なと。
そこで「私の友達もさぁ…」と美月の友人が話を
持ち出せば、事情を知っているはずの黒尾は横
で素知らぬ顔をしていたが、ピクっと彼の肩が
動いていた事は知っていた。
「美月ちゃんもそんな目で見ないで!」
まさかこんな所で暴露されるとはと、大将に
哀れみの目を向けていると、彼の嘆く声も聞こ
え、黒尾は動揺を見せる大将を見て、確実に
面白がっているのも分かり、仲良しねと彼女は
呆れた顔を2人に向ける。
「音駒のいつも通りは、前と違うっすよ!」
すると、その言い争いを止めて、その席を外し
ていた大型新人は大将の後ろに現れて、後輩の
頼もしい台詞にかっこいいじゃんと目を輝かせ
そうになっていると、夜久が遅めの登場を冷静
に厳しく指摘していた。
「リエーフ、うんこ長えんだよ!」
「何で長さわかんスか夜久さん!?」
「サイズじゃねえよ、時間だよ!!」
「レディの前でお下品すよ!!!」
『いやいや、もう慣れました。て言いながら
研磨は、耳塞いでくれてありがとね。』
「何となく、だから。」
お腹の調子が大丈夫ならと美月は困り顔で笑い、
黒尾と大将も「決勝で会おうぜ!」と互いに指を
さし合うと勝ち残る事を告げ、それぞれが次の
試合に向けて、体育館へと足を運ばせた。
「クロ、キンチョーしてんの?」
「ハァ??当然だろ、相手が相手だぞ。」
練習試合とはまた違う、いつもは耳にしない
歓声を聞いて、美月は改めて、彼のスター性を
体感していた。
誇らしげにジャージを脱ぎ捨てる彼のパフォー
マンスや、それを床に落とす前にキャッチした
赤葦もいつも通りの装いだ。
白福と雀田も美月を見掛けると、嬉しそうに
手を振ってくれている。
『お手柔らかにお願いします。』
彼女もいつも通り笑顔を向け、いつも通りを
心掛けて、対応をした。
春の高校バレー、東京代表決定戦準決勝。
梟谷学園との試合が、間もなく開幕。