一緒にいるから


黒尾の言った通り、戸美は初っ端から大将が
フェイントを仕掛け、上げたところにダイレクト
を決められ、相手への煽り文句も巧みに操り、
相手を焦らすことが上手いチームだった。


『切り替え、切り替え!!』


しっかりと煽る相手も選んでいて、主に山本や
灰羽にミスを誘う言葉は向けられ、向こうも
守備は上手く、なかなかに厄介な相手となって
いた。


「自分触りました!」


先程、相手のスパイクがアウトになり、審判から
ボールタッチだと判定を受けて否定した後に、
相手チームにも同じ事が起こり、大将が挙手を
して、自分が触れたことをしっかりと認めるの
で、猫かぶりをする彼を見て、顔を歪ませる
仲間に、美月は苦笑いを浮かべる。


『ちょっと、印象は不利になりつつありますね。』


観客席からも、爽やかや礼儀正しいといった
好印象の声が聞こえてきて、こちらに対しては
厳しめな空気も流れたりして、美月も丁寧に!と
声援を送り、焦りを見せないようにする。


すると、15対13の辺りで前衛にいた山本が焦り
から誘い出さたのか、大将の打ったスパイクが
彼の目に近い位置に当たり、美月も慌ててその
席から立ち上がった。


『猛虎!!?』


「スンマセン!フェイント警戒しすぎて前
出すぎました。」


「目は!?」


「大丈夫っす!」


山本の無事の声が聞こえて、安堵の息を漏らし
ながら、美月も氷嚢を急いで取り出そうとする
と、相手側から深々とこちらのコートに向かっ
て礼をしている、大将の姿があった。


「思ったより、メンドクサイ系かも。」


孤爪の声が聞こえてきて、彼の言葉には納得した
のか、彼女もコクリと頷く。
山本も孤爪も頭を下げる大将を怪訝な顔で見て、
タイムアウトを取った後に美月が急いで山本の
元に駆け寄ると、彼は申し訳無さそうに彼女を
見ていた。


「美月さんもスンマセン、心配かけて。」


『猛虎、謝らないで。大きな声では言えない
けど、向こうの誘い方が良くなかった。』


「あああ!腹立つ!!戸美の主将って、昔っから
あんなんですか!?」


痛そうに見えるそこを冷やしてあげて、仲間達
の会話に耳を傾けると、灰羽は怒って、黒尾に
大将の事を聞いていた。


審判に聞こえないトーンでを願いながら、彼女
はしーっと人差し指を立て落ち着くよう言い、
黒尾はドリンクを口にしながら、それに淡々と
答える。


「いや、昔は普通にやんちゃだったな。
猫を被るという技を身につけたらしい。」


「その猫かぶりは、今のところ成功してるね。
主審の印象は、100%戸美のが良いだろうし。」


『そうだね。向こうの思うツボにならない様に、
落ち着いて対応するしかないよね。』


灰羽にそう言い聞かせながらも、タイムアウト
を終えた後に、煽られて苛立つ灰羽の素振りが
プレイでも見えてしまう。


「リエーフゥゥ!!!腕ぶん回すんじゃねぇぇ!
取り辛いだろうがアァ!」


「でも夜久さんは絶対に拾ってくれるじゃない
ですか!!」


ブロックの際に灰羽が大きく手を振り回し、
それによって返しにくい状態となった夜久が
怒声を上げ、遠慮も無しに逆ギレを始めた後輩
の言葉には、何故か褒め言葉も混ざっていた。


「な、なんだよ。」と照れた表情を見せる夜久を
黒尾が「まんざらでもない顔してんなよ鬼先輩」
と指摘し、美月は『大丈夫かな。』とこの空気
の流れが良くない事を心配した。


そして、その嫌な予感は間もなく的中をする。
福永がいいコースで打ったはずの球が、線審から
ジャッジしずらい位置で向こうの選手にアウト
と言われ、最初は入っていると言われた攻撃は、
アウトに変更され、こちらの訂正も聞いて貰え
なかった。


そして先に向こうに20点代を乗られてしまい、
周りの空気も相手が優位に立つ、この状況を
どうも居心地悪く感じてしまう。


「ストレートない、ストレートない。」


その挑発はじわりじわりと押し寄せて来て、
苛立ちのきっかけを作り、こちらのミスを
上手く誘っていた。


『猛虎、気にしないよ!切り替え!!』


ストレートが決まらなかった山本が悔しそうに
顔を歪ませ、美月も少しでも仲間が焦らない様
に、誰も折れないように、心配をして様子を
伺っていたその時だった。


「ワンチ!」


大将の攻撃がブロックアウトになりそうな所を
山本は滑り込んで、必死に上げる。
しかし、それは片手で上げた為、そのままコース
アウトをしそうになり、繋がらないことに彼は
顔を歪ませていた。


「夜久さん!?」


すると、その球をまだ繋げようと夜久が走り、
フェンスを飛び越えて球を受け止め、綺麗に
上がったそれは、相手側のコートへ向かって
行った。


『待って、え…嘘。』


美月はその瞬間を見逃さなかったのか、夜久の
方向を見て青ざめて、直ぐに隣にいた直井に
声を掛けて、夜久のいた方向へと山本と一緒に
彼女は駆け寄った。


『やっくん、今…!』


「美月、大丈夫だからっ!」


彼が着地した際に人と接触したのを2人は見て
いたからか、山本が夜久の体を支え、美月も
同じく彼に自分の手を差し出そうとすれば、
夜久にそう言われ、止められてしまった。


戸美が必死に繋いでいた球を灰羽が打ち落とす
音が聞こえる中の出来事で、ダイレクトの快感
を感じていた灰羽もその光景に目を丸くさせた。


「スンマセン!」


「いや、俺は何ともないんで。」


夜久は着地の際に踏んでしまった相手に頭を
下げて謝り、踏まれた相手は自分は大丈夫だと
答えるので、その言葉を聞いた夜久は自分も
大丈夫だと踵を返そうとすると、痛む足で彼は
上手く立てず、バランスを崩しそうになった。


「ーー芝山。」


痛みで顔を歪ませた夜久を直井が肩を貸し、
犬岡も反対側から彼を支え、美月が応急処置の
道具を手に持つと、猫又は芝山に交代の合図を
送った。


「大丈夫です!動ける!俺はジャンプしないん
だし。」


「無茶言うな!」


『ごめんけど、今は送り出せてあげれない。』


おそらくその様子から捻挫を疑われ、平気な
フリを見せる彼を直井と止め、コートの端へと
移動しようとした。


「悪い…。」


その時、夜久は黒尾と目が合うと謝り、黒尾は
彼にはまだ余裕があるといった態度を取る。
海も夜久を安心させる言葉をかけ、いつもと
変わらない微笑みを見せていた。


「夜っ久んには、いつも面倒かけてるんでね。
たまには、ベンチから音駒の勝利を見るのも
良いんでないの?」


「心配するな。全国大会までのちょっとした
休憩だ。」


その言葉に夜久は唇を噛み締め、直井と犬岡に
連れられて、美月も荷物を手にして、2人に
ついて行く。


『球彦君、ごめんね。先輩達を頼んだ。』


「わかってます、美月さんは夜久さんを…。」


美月も黒尾や海と目が合うと互いに頷き、彼女
は手白を呼んで、自分の代わりにコートにいる
仲間のサポートをお願いした。


「俺は、擦り傷とか打撲とかいつもの事だけど、
この1年それ以外は怪我も病気も一切やって
無いんだ。」


何で、今なんだ、なんで…!


悔し涙を流しそうになる夜久は、歯を食いしば
ってそう吐き、直井と犬岡が夜久を床へと座ら
せると、美月は犬岡に戻るよう伝え、ぎゅっと
彼の手を握り締めると、彼の瞳を真っ直ぐ見た。


『皆がいるから、大丈夫!切符は絶対に掴む
から!』


その言葉に、ぐっとまた涙を堪えている夜久に
おまけの私もここにいるからと言葉を付け足し
て、美月は彼に優しく微笑む。
「お前は皆のところに…。」と言い出す夜久に、
彼女はすぐさま嫌だと断った。


『球彦君に繋いだし、今私は自分と戦っている
夜久衛輔から離れたら一生後悔するから、
直井コーチとここにいます。』


「美月…。」


美月の言葉を聞くと、夜久も言葉を詰まらせ、
痛めた患部をじっと見つめる。
一緒にここで見守ろうと彼女は言葉を掛けた。


「芝山はああ見えてデキる奴だ、心配すんな。」


「芝山の実力はよく分かっています。
心配なのは、デカい方です。」


直井のフォローに夜久はそう答え、試合はまた
再開される。
美月は、その間処置しやすいようにとベンチを
運んで来て、少しでも彼の気が紛れる様にと、
そっと彼の頭にタオルを掛け、直井の指示され
た物を取り出し、手渡すのだった。





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