道を繋げ
芝山と夜久が交代をして早速、相手は緊張して
いる芝山を的に絞り、攻撃を仕掛けていた。
『優生君、リラックス。』
強ばる表情の後輩に遠くから声援を送れば、
彼の背中を黒尾が触れて落ち着かせ、こちらは
任せろと伝える形で、黒尾は美月に視線を送る。
「ねえ、テンション下げすぎ。大丈夫なんじゃ
ない?」
タイムアウトを取って、緊迫した面持ちの仲間
に孤爪が声を掛け、芝山は灰羽と後衛だけ入れ
替わる様に指示をして、1人冷静な表情の孤爪と
後輩に頼もしい笑顔を向けている黒尾の姿が
見えると、夜久の傍にいた彼女も大丈夫だと
確信をした。
『研磨のあの様子なら、大丈夫だ。』
タイムアウトが終わると、先程までの仲間の
重たかった表情は変わり、夜久の穴を狙った
広尾のジャンプフローターサーブも黒尾が見事
に補う。
『うちのキャプテンだって、凄いから。』
叩き落とした灰羽を褒めると、再び夜久の処置
の補助に視線を落とし、その出来事はこの後の
事だった。
圧力をかける黒尾と、予測不明な動きを見せる
灰羽に惑わされたのか、大将の攻撃は黒尾の手
に遮られ、叩き落とされ、点は追いついた。
「どシャーット!」
『え、何!?』
仲間の歓声に夜久も驚いて振り返り、直井が彼
に動くな!と注意する横で、美月も驚きながら、
夜久が落としそうになったタオルをキャッチ
した。
2人はしっかり決まったその1点に喜び、夜久は
持ち直した表情で仲間を見つめ、美月も掴んだ
タオルを興奮から握り締めていた。
「クロにはもっと働いてもらわないと。」
コート内では、そんな孤爪の一言に黒尾は悪寒
を走らせていたが、ブレイクの流れは続けさせ
まいと、その後、戸美が先にセットポイントを
迎え、落ち着いた対応の自分達も負けずデュース
に持ち越した。
読めない攻撃を仕掛ける潜のスパイクを灰羽が
ブロックで落として、その後に力んでしまった
黒尾がサーブを飛ばし過ぎてアウトになり、次
に孤爪が、静かにツーアタックで巻き返す。
孤爪の飄々とした戦略に苛立ちを見せた先島も
仕返しにとネットを越して、ボールを落とそう
とする。
しかし、その先に灰羽の手が伸びていたのは
予想外だったのか、目を丸くさせ、フォローで
飛んだボールは、こちらのチャンスボールと
なっていた。
『嘘、あれは初めて見た。』
孤爪がトスを上げた先は、灰羽の後ろの黒尾に
ボールは伸び、見事に決まったバックアタック
を美月は楽しそうに笑って眺める。
『やっくん、チャンスはまだまだあるね。』
「だな。」
セットを獲得した悦びから、再び美月は夜久の
手をぎゅっと握り締め、彼も美月に目を細め、
大まかな応急処置が終わると、美月はそのまま
直井と交代をし、夜久の足に氷嚢を当て続ける。
『私もここから、応援するから。』
「ありがとう、美月。」
少しだけ落ち着いた表情に戻った夜久に安心し、
2セット目もタイミングが上手く合わない時も
あったが、両チーム共にに差をつけることなく
2桁に乗っていた。
敵は再び煽りを山本を的に絞って攻めていたが、
夜久が不在の今、そんな単純な引っ掛けは、
残念ながら、集中する彼の耳には入らない。
『エース、頼もしいぞ。』
そんな強くなった後輩を彼女は誇らしく思い、
15対13と、2点は今こちらがリードをしている
が、この後向こうが何を仕掛けるか分からない
今、まだまだ油断は出来ない場面。
「アイツ、また腕を回しやがって。」
『なかなか、癖は抜けないね。』
一緒に見ていた夜久も、先程彼に注意した癖が
治らない事に少し苛立ちを見せ、彼女は横で
宥めながら、取りづらそうにした黒尾の心配を
する。
この状況で、彼に注意は出来ないだろうな。
美月もエンジンが掛かっている彼に水を差す言葉
は言い辛いだろうと黒尾の反応に納得したのか、
そんな事を考えて、横で海がフォローを入れて、
安定している事に胸を撫で下ろす。
そしてこちらが2点のリードを保ったまま、先に
20点を迎えて、この流れのままを願うも、そう
簡単には取らせて貰えず、ピンチサーバーでの
沼井の登場に顔を顰めた。
『あちゃ、やられちゃったか。』
こちらの攻撃を再び線審から判定が難しい場所
で、再びアウトを主張して、沼井のサーブは
続いてしまい、タイムアウトで流れを切ろうと
したが、向こうのエースだって譲らない気持ち
は強く、再びサービスエースを沼井に取られて
しまった。
戸美のエースによって、流れは向こうに変わっ
た風に見えていても、こちらははまだ譲る気
など、さらさら無い。
そのサーブは次で止めて、普段だと決まるはず
の相手の攻撃をしっかりと受け止めて、黒尾も
一人時間差をこのタイミングで仕掛け、冷静さ
を保ちながら、ブレイクへと持っていく。
『やっぱり向こうも上手い。』
「冷静さなら、いい勝負って所か。」
大将も仕返しにとフェイントで落として来て、
流れに乗せないのは向こうも変わらずのまま、
互いに23点を取った所で、美月は黒尾の表情に
異変が起きたことに気がついた。
『クロ、もしかして…。』
指先を抑える姿を見て、夜久も彼の違和感に
気がついたついたのか、美月と視線が合うと、
彼は指をやったなと彼女の予想を肯定した。
「俺は大丈夫だから、黒尾のテーピングして
こいよ。」
『でも、やっくんが…。』
「今、ここで牧野美月を行かせなかったら、
俺は一生後悔する。」
それは先程自分が彼に用いた言葉で、真っ直ぐ
な夜久の瞳を向けられてしまうと、彼女もそれ
に頷くしかない。
美月はもう1人、1年生を呼び出すと彼の足首に
当てた氷嚢を持つようにお願いをして、救急箱
からテーピングが止血の道具を持ち出すと、
急いで黒尾の元に駆け寄った。
『走君、ありがとう。変わって。』
「美月、お前夜久の所いたんじゃねえのか?」
『音駒の司令塔からです。やっくんのお陰で
私も色々と後悔せずに、済みそう。』
爪が割れて、思いの外出血をしているからか、
まずは止血からと彼の指をグッと押さえ込んで、
すぐには彼を戻してあげれない事に苛立ちを
感じながらも、平常心を保とうと、深く息を
吐いて、それが止まるのを静かに待った。
美月が自分の前に現れ、『大丈夫、すぐ止める
から。』とはっきりと言い切る彼女を目の前に
すると、焦る気持ちが少し和らぎ、彼も今の試合
の状況をしっかりと眺める。
その間、灰羽が得点を得るも、潜がそれを直ぐ
に取り返し、このセットもデュースに持ち越さ
れてしまっていた。
「すいませんでした!」
潜のスパイクが取れず、頭を下げる芝山に先輩
達は次だと励まし、その次には山本が決めて、
自分達のチームが先にマッチポイントを迎えて
いた。
『よし、出来た。』
「美月、助かる。」
「ハサミ、預かります!」
『ありがとう、走君!』
しっかり黒尾の指にはテープを巻き付けて、
彼の耐性は整い、あと一点で勝敗は決まる。
孤爪が潜を牽制したサーブで狙い、広尾の攻撃
には、福永が何度も静かに食らいついて、灰羽
が叩き落とそうとしたが、向こうも譲れない事
に変わりはなく、大将が粘りを見せて、それを
広いあげ、向こうがチャンスボールを作った。
その瞬間、美月も灰羽の雰囲気が先程までとは
違って見え、その長い腕は潜のコースを確実に
絞っていて、芝山に繋いだブロックに変わって
いた。
それは気持ちいいくらい、型がハマった瞬間。
ふわっと芝山が上げるレシーブが綺麗で、大声
で声援を送ることも忘れ、美月は思わず、わぁ。
と小さく声を漏らす。
その先はしっかりと孤爪が繋いで、最後に山本
のスパイクがブロックを弾いて、観客席の方へ
飛んでいくボールを大将は必死に追いかけるが、
彼の手に届くことなく、それは地面へと落ちて
いった。
それは今、勝利が確定した瞬間。
よっシャアアアァ!と仲間が喜びを叫ぶ横で、
力が抜けて、へなへなっと座り込む美月の目に
は、ぽろぽろと嬉し涙がこぼれ落ちていた。