彼の復活
「日向から話は聞いてたけど、美月から直接
聞けて俺は嬉しい。」
『何で?私は選手じゃないのに。』
「でも美月も一緒に戦うだろ?」
『そうだね、皆と一緒だ。
あ、そうだお互いおめでとうございます。』
「すっかりと言いそびれてたな、その言葉。」
もう聞いてるかもだけど…とメッセージを宮城
にいる菅原に送れば、電話がそのまますぐに
掛かってきて、東京後で再び会える事を喜び
あい、しばらく会話をした。
「来年、会えるのか…。」
電話を切った後に菅原は胸を弾ませ、その笑顔
を思い出して、しばらくそのメッセージ画面を
見つめていた。
誰にも渡さねーから。
そして、その次に思い浮かんだのは彼女の周り
の人物で、夏にはっきりと自分に告げた、夜久
の真剣な眼差しも一緒に思い出した。
「俺も、負けられねえよ。」
手強い、適わないかもしれないその相手に、
簡単には成功しない恋路に覚悟を決めたのか、
菅原は気持ちを引き締める。
するとまた呑気な美月からは、お金を払うから
と宮城銘菓のお願いが追記で来てしまい、呑気
な彼女に笑いが出てしまった。
「もう、どこまでマイペースなんだよ。
でも、仲良くなった証拠ってことで。」
菅原がウインクのスタンプに癒されてから2週間
が経ち、この前まで心地よかった気候はすぐに
変わった。
12月に入った最初の日、ひんやりとした体育館
では夜久が既に来て体育館を仁王立ちで見渡し
ていて、美月の姿を見た瞬間、すぐに両手を
大きく広げ、彼女を待っていた。
「もう、絶好調だぜ。」
捻挫は2週間程で完治して、ようやく練習再開と
なる彼に、美月も嬉しくなって、彼に吸い込ま
れる形で飛び付き、彼もまた嬉しそうに受け
止める。
気持ちが緩んで、また勝利を掴んだ時みたいに
涙が出そうになった美月は、ぐっと我慢をして、
自然と流れてしまいそうな鼻水を彼に見つから
ないように静かに啜り、彼に改めて、おかえり
なさいと声を掛けた。
『よかった、今日からなんだね。』
「美月、心配してくれてありがとな。」
治療中は、指導に回っていた夜久は、自分も
混ざりたい気持ちを押し殺していたからか、
元気な素振りを見せていても、何処か寂しそう
にしていた。
こういう2週間というは中々過ぎてはくれず、
そんな彼の辛そうな姿の方が多く見られた為、
久しぶりに芯から喜んでくしゃっと笑う彼を
見た美月は、安心感から目を細めた。
『じゃあ、もう本格的に練習戻れるんだよね?』
「おう、今までの分取り返すからな。」
『よかった、本当によかった。』
不安そうな表情から、自分の事のように喜んで
くれている美月には、感謝の気持ちしか出て
来なくて。
何度思い返しても、あの時に自分の手を離さず
に握り締めて、自分の傍にいてくれた彼女に、
そしてチームメイトを思って必死に動いた彼女
を。
この子を大切にしたいという気持ちは、夜久の中で更に増していた。
もう、あの表情は絶対に見せたくない。
いっぱい美月には笑っていて欲しい。
「もう、美月担ぐのも余裕だな。」
そう願えば、自分の体は勝手に動きだしていて、
ひょいっと脇腹に手を添えて、持ち上げ始める
夜久に驚いて、美月が裏返った声を出すと、彼は
楽しそうに笑って見せる。
『駄目だよ、やっくん!私重たいから。』
「全っ然、余裕。寧ろ美月は軽過ぎだろ。」
さっきまで、マフラーを巻いて作業したいなん
て考えていたはずなのに、いきなり恥ずかしい
行動を取られてしまって、美月の顔は一気に
熱くなる。
いつも見上げている彼を見下ろす変な感覚と、
やっぱり男の子だなんて、意識してしまう妙な
気持ち。
『やっくん、そろそろ下ろして〜!』
羞恥から嘆き混ざりのお願いをして、歯を見せ
て満足そうな表情を見せる夜久を見たら、彼に
はどうも弱い彼女は、小さく怒りながらも彼の
肩に顔を埋める。
『また怪我したら困るから。』
「悪い、もう気を付けるって。」
夜久も、ああやっと…と自分の体をしっかりと
支えて、彼女を抱きしめれた事に一安心すると、
彼女のその背に手を回し、温もりを味わった。
「美月、温かいな。」
『もう、12月だもん。寒くなったよ?』
「人肌恋しい季節となったもんだ!」
久しぶりに感じた、その柔らかい心地良さと
自分の好きな香りを胸いっぱいに吸い込んで、
彼がそう言ったら、夜久の背後からもう1つ
大きなぬくもりが迫って来た。
「じゃあ、俺が夜久さん温めてあげますから、
そろそろ2人とも離れましょうよ。」
「お前!?リエーフ、いつの間に!!?」
「夜久さん、練習始まりますよ?」
「…お前にそんな事を言われる日が来るとは。」
『はっ、そうだね!練習しなくちゃ。』
じっとりとした目で夜久を見下ろし、大好きな
先輩を独り占めされて気に入らなかったのか、
先輩に遠慮が全くない後輩は、そう言いながら
夜久の手をゆるりと解いていく。
そして、彼女も後輩の一言で我に返ったのか、
雰囲気に呑まれて、ついつい大胆に抱きついて
しまった事を美月ははしたないと恥じていて、
赤面の中夜久からパッと離れて、道具をいそいそ
と準備し始めた。
「よし、リエーフよくやった。」
ちなみに灰羽は自らでなく、黒尾からGOサイン
を貰っていた模様で、2人で体育館の扉を開ける
と美月と夜久の姿を目撃し、その指示通り動く
灰羽に、黒尾は満足そうに頷いていた。
「自分で注意するかと思ったのに。」
「たまには後輩に怒られて貰っても面白いのでは無いかと。」
海は、発見するとすぐに引き剥がす黒尾の珍し
い行動を不思議に思ったのか、黒尾にそう尋ね
ると、彼はいつも通りの目の笑っていない笑顔
で、答えてきた。
「でもまあ、ちょっとだけ待ったのは囁かな
夜っ久んへの復帰祝いって事で。」
駒が再び揃った事に、一先ず黒尾もホッとした
のか、腕を組んで一息吐く彼に、海もそうだな
と微笑みを向けていた。
でも恋敵に塩を送るのはここまでと黒尾は顔を
顰め、海はやっぱりとわかり易く妬いてはいる彼を見て、苦笑いを浮かべる。
「美月さん、俺も寒いから温めてください!」
『ひゃっ!!?ちょっとリエーフ!!?』
「お前、何処に手を突っ込んでんだよ!」
そして荷物を運ぶ美月に、灰羽が寒さ凌ぎに
近寄ると、そのまま抱きついて彼女の熱を求め
て、ジャージの中に手を入れて肌に触れようと
して、それを目撃した先輩達の動きが止まった。
山本の注意に黒尾と夜久は「リエーフゥゥゥ!」
と怒声を上げながら名前を呼び、孤爪も不機嫌
そうに美月の手を引いて彼女を避難させと、
いつも通りの賑やかな練習が始まろうとする。
「夜久さん病み上がりなのに、飛び蹴りしない
でくださいよ!また着地を失敗して、足捻り
ますよ!?」
「うるせえ、同じ過ちはお前と違って2度は
しねえよ!!」
「ほらほら、優しい先輩達が自然と体が温まる
練習してやっから。」
優しい先輩達は、本日も可愛い後輩達を鍛える
気満々で、みんなが揃うと、その冷え込んで
いた空気は一気に掻き消された。
『よし、今日も働きますか。』
その日まで1ヶ月と僅か。
時間は限られていて、きっとその日まであっと
いう間に過ぎるだろう。
もう少しこの場にいさせて貰える事をありがた
く思いながら、美月は気合いを入れて、作業
をまた再開した。