巡り会う
それは、不意の事だった。
棚にあった本を手にかけようとして、手と手が
コツンと当たり、ぶつかったその相手にお互い
が謝りながら視線を送って、赤葦は隣のその人
に胸を弾ませる。
「美月さん…?」
『京治君?奇遇だね、こんな所で会うなんて。』
それを赤葦は、季節外れの向日葵の笑顔を神様 からの誕生日プレゼントだと思い、赤葦は今日 の幸運に感謝する。
この歳になれば、部活も忙しいからか夕飯も
適当になって来て、帰宅してからも特にこれと
いった大きな用事は無いので、彼は部活終わり に何気なくお気に入りの本屋に立ち寄っていた。
久しく足を運ばない間に、好きな作家の小説が
気がつけば発売されていて、気になり手に取ろ
うとした時、赤葦はそこで偶然美月に遭遇。
日頃の行いを真面目に過ごしてよかった、自分
の願いが叶ってしまったのだろうか。
もう互いに忙しくて、今日は会えないと思って
いたのに。
彼はそんなことを考えながら、彼女に向かって
本当ですね。と優しく微笑み、彼は自分が手に
取ろうとしていたその小説を美月に譲ろうと
する。
彼女は彼が自分と同じ本を取ろうとした事に気
がついたのか、それを受け取ろうとはせずに、
慌てていた。
『駄目だよ、京治君が先に取ったのに。』
「それは、美月さんの手に届かない所だったじゃ
ないですか。せっかくなら、美月さんに先に
読んで欲しいから。」
自分と好みが同じなのだと知れただけで、胸が
いっぱいになる赤葦はそう言って、遠慮する
美月に本を持たせる。
『なら、この本を次は京治君に貸すからね。』
「じゃあ、また会う約束しなきゃですね。」
次に会う口実が出来て、口元が緩みそうになる
のを堪え、赤葦がそう言葉を返すと、美月は満足
そうに笑顔を見せていた。
その笑顔を見ると、どうしても自分の事をもう
1つ知って欲しくて、実は今日が誕生日でした。
と控えめな事後報告をしてみたりもして、照れ
臭そうに笑う赤葦と逆に、美月は目を丸くして、
早く言って欲しかったとショックを受けていた。
『じゃあ、尚更この本は京治君に。』
「いや、それは美月さんに読んで欲しいです。」
彼女を困らせたくなかった赤葦は、余計な事を
言ってすみませんと申し訳無さそうに謝る。
『京治君、時間ある?』
「もう今からなら予定は無いです。」
『じゃあ、これからプチお祝いしよ!』
赤葦の手を取ると、美月は楽しそうにそのまま
歩き出して、足早に会計を済ませたらくるっと
赤葦とパチリと視線を合わせた。
『本のお礼に、先輩が今日は奢りますよ?』
「ふふっ、ありがとうございます。」
任せなさいと胸を張って、先輩らしい素振りを
見せようとする彼女の姿はやはり可愛らしく、
赤葦からはクスクスと笑いが出てしまっていた。
『赤葦クン、似合わないって思ったでしょ?』
「すみません、ちょっとだけ。」
態とらしい苗字呼びをされて、赤葦が素直な返事
を美月に向ければ、もう!とほんの少しだけ、
怒った口調になる美月は、年上らしくない年上
で、何度見てもそのムキになった表情は本当に
飽きない。
「美月さん、可愛い。」
『またそうやって、京治君は揶揄う。』
ずんずんと赤葦の手を引いて歩き続けている彼女
は、いつもより大胆な行動をとっているのだが、
それを指摘すれば、その手を離されるのが嫌で、
彼はわざと黙っておく。
本屋から1歩外へ出てみれば、街並みはあっと
いう間にクリスマス一色で、すっかりと暗くなる
空に映えるイルミネーションは美しく、そして
眩しくもあった。
『綺麗だよね。私は結構音楽とか雰囲気とか
テンション上がるから好きなんだよね。』
「俺も今日は、好きだなって思いました。」
それはきっと、美月と一緒に手を繋いだまま
歩けたことも理由の一つになりそうだが、赤葦
の言葉を耳にすると、彼女はわかってくれる?
と目を輝かせて、共感してくれる人物がいる事 に喜んでいた。
木兎みたいな祝い方も素敵で羨ましく思ったが、
こうして街並みをぼんやり眺めながら、ずっと
思いを寄せる人と並んで歩く方が、自分には
似合っていると思っていると、彼の口からは
自然とその言葉が出てしまう。
「ケーキも嬉しいだろうけど、これはこれでアリ
ですね。」
『また、次会う時は持って行く!』
「ふふっ、楽しみにしてます。」
ケーキは後日のお楽しみとして、この近辺で彼
が満足出来るのは、どちらかといえば洋風より
も和風が勝ってしまうガッツリ系の定食屋さん
で、そんなところでも、雰囲気に呑まれている
のか、期間限定のクリスマスケーキと書かれた
張り紙を見て、2人は思わず吹き出してしまった。
『この量でケーキはさすがに入らないなぁ。』
「俺、平気なんで食べるの手伝いますよ?」
『京治君、すごい!前から気になってたけど、
一体そんなに食べて、何処に入っていくの?』
見た目よりもよく食べるそのギャップに美月は
不思議そうに赤葦を眺めて、じーっと見つめる
その視線に、彼も穴が空きそうと考えながらも
癖になってしまう。
「美月さん、見すぎ。」
『えっ、あの…そんなつもりじゃ!』
黒尾ほどでは無いが、自分も好きな子は揶揄い
たくなるようで、顔をがみるみる真っ赤に変わ
っていく彼女のその慌てる表情は、何度見ても
好きな表情で、ゆらりと動くその視線に、彼の
心は簡単に擽られる。
いつかそのまま、自分の元へ引き寄せて。
そう願いながら、思いはまだ告げずにいようと
決意して、これから待つ大きな試合が終わった
後でと決意する。
「美月さん、今日は貴重な時間をありがとう
ございます。」
『そんなそんな、こちらこそ。貴重な誕生日の
時間をありがとう。おめでとう。』
赤葦は、今はまだこの片想いを楽しみたいと
思いながら、彼はもう少し、この貴重な2人だけ
の時間を堪能しようと決意した。
次は何処に行こう、何をしようかと、美月と
次に会う時の予定もしっかりと企てながら。
そしてそう浮かれた瞬間、店の引き戸が開き、
赤葦は緩んでいた顔を歪ませていた。
「…て、考えたらあなた方がいらっしゃるんです
よね。」
「まあ、俺達を出し抜こうとするのは甘いわな?」
「水臭えよなー、赤葦!ってか、さりげなーく
美味しいところ持ってこうとする時あるよな!」
『ごめん、私だけなんかより皆にもお祝いして
貰いたいだろうなって思って。』
「美月さんのそういう優しい所が好きだから、
俺は大丈夫です。」
「はーい、うちのマネージャーを口説かないで
くださーい。」
この後、賑やかな誕生日会へとシフトチェンジ
して、このやり取りを温かく見守る鈍感な美月
を見たら、赤葦の口からはため息が漏れた。
「どうして、この場所がわかったんですか?」
「俺はたまたま黒尾に会った。」
「どうもこうも、GPS。」
「『えっ…。』」
「いや、美月がスマホのやつ付けっぱなしにして
んだろうが!赤葦もそんな目で見るな!!!」
「お前、ほんとに過保護なんだな。」