役に立つなら
『やっぱり、リエーフがいると心強いね。』
「へへっ、困ったらいつでも言ってください!」
「アイツ、本当にチョロいもんだな。」
練習の最後の2時間は、部室と倉庫の整理と掃除
に使った、今年最後の部活の30日。
どうしても届かない場所は後輩にお願いをして、
誇らしげに美月に胸を張る灰羽を見て、夜久は
分かりやすい彼を面白がった。
「よし、これだけ片付けばもういいだろ。」
『なんか、スッキリしたねー。』
春高に向けて、必要な道具の用意を今年のうち
にと一通り済ませて、これで思う存分年明けに
練習に取り組める。準備万端だ。
『コホン、皆様…ちょっとよろしいですか?』
そして皆が着替えを済ませた頃合に、ひょっこり
と美月が部室から顔を覗かせ、わざとらしい咳
を一つすると、改まって仲間を見渡し始めた。
『あ、しまった。』と何かしらの粗相をしたの
か、彼女の慌てた声もその次には聞こえていて、
彼女が、何で緊張しているのか分からない彼ら
は、次に後ろで手を組む美月の仕草を可愛らしい
と思ってしまい、笑いを堪えてふるふると身体
を震わせる。
「あーダメだ、やっぱり可愛い。」
「夜久さん、心の声がダダ漏れですけど?」
『あ、皆笑わないで!結構真面目に頑張ったん
だから…。』
「真面目に?」
美月の言葉を不思議に思い、犬岡と芝山が首を
傾げると、彼女は紙袋からある物を取り出した。
自分達が試合中に身に纏うものと同じく、赤い
布で出来たそれは、番号も書かれた名前も全て
が同じ、ユニフォームの形になった御守り。
『ご利益無いかもだけど、今年のうちに渡して
おきたくて。』
それは、彼らの目を盗んで作っていたらしく、
常に美月の傍にいる黒尾達も知らなかった様で、
それを見て驚いて目を丸くさせていた。
『いつも色々と貰いっぱなしだったし、これが
恩返しになるかも分からないし、みんなの役に
立てることもこんな事しかないけど…。』
固まったまま一言も声を出さない仲間達を見て、
美月は不安になってしまい、そこからは必死に
説明を始めて、御守りを両手に持つ手をブンブン
と降り始めた。
『え、ちょっと…、やっぱ引く?』
「引くわけねえじゃん。」
まず一番に彼女に向けて口を開いたのは夜久で、
彼は、この嬉しさを受け止めきれねえわと美月
に近づいて彼女を抱き締めると、顔をくしゃり
とさせて笑い、喜んでくれた彼らを見て、美月
もホッと一息吐いた。
「…え、泣いてる!!?」
後輩達も感動して言葉を失っていたが、ハッと
我に返り、大きな声で美月に感謝の言葉を伝える
と、隣から鼻を啜る音が聞こえてきたのを不思議
に思えば、山本はボタボタと大量の鼻水と涙を
こぼしていて、芝山が慌てて彼にティッシュを
手渡した。
「女子から…、こういうの初めて貰ったから。
しかも、俺達の女神の美月さん。」
「確かに、泣きたくなる気持ちはわかる。」
「…にしても、山本さんは泣き過ぎじゃ。」
うんうんと、海がニコニコと微笑みを見せている
横で、灰羽が大号泣する山本を若干引いた目で
見て、黒尾に同意を求めようとして、彼の方向
に視線を向けると、黒尾も表情は固まったまま、
黙ってボタボタと涙を流しており、灰羽はその
光景にギョッとした。
「えっ、こっちもガチ泣き。」
可愛ことしてくれてんじゃんとニヤニヤと笑う
と予想していた後輩は、想像とは違った反応に
動揺して、寧ろ彼らしくない姿を心配したのか、
「大丈夫ですか?」と様子を伺った。
孤爪も同じく引いていて、黒尾のその顔を見た
らすぐに、3歩分は距離をとっていた模様。
そして抱き締めている夜久の横で、孤爪もすぐ
に彼女にお礼を言って、柔らかく笑っていた。
「絶対に、全国制覇するぞ。」
最後に仲間とそう決意を決め、円陣を組むと、
ニヤリと笑った黒尾を見て、美月も満足そう
に笑顔を向ける。
それぞれが自分の鞄に御守りをつけて、帰り道
に嬉しく改めてまじまじと見れば、全て刺繍で
描かれてあって、頑張っていたそれに、夜久が
また驚きの声を上げていた。
「美月、これ凄くね!?」
『うん、友達に教えて貰ったの。』
「美月さん、クッキーの絵柄は壊滅的なのに。」
『あ、リエーフったら酷い。』
「美月って字は綺麗だし、実は器用だもんね?」
『絵は下手くそですけどね。』
「十分お前は凄いって。」と海が彼女にフォロー
を入れ、そこからの帰り道は黒尾と孤爪と3人。
電車の暖かい車内で、渡せて緊張が解けていた
美月はそこで黒尾の肩にもたれて、孤爪と黒尾
の2人は、彼女らしくない行動に目を見合せた。
「美月、そこでスイッチオフしないよね?」
『ごめんね、大丈夫。ちょっと力が抜けちゃっ
ただけだから。』
マフラーを鼻まで被り、彼女はもごもごと語尾
が小さくなっていくが、意識ははっきりとして
いて、これは渡しておいて後から照れ臭くなった
パターンかと、孤爪と黒尾の2人は彼女を見て
考える。
寝落ちで倒れないのならと、彼女の左隣にいた
孤爪はゲームを取り出し、続きを始めて、そこ
からしばし、孤爪はゲームに集中した。
すっかり冷静さを取り戻していた黒尾は、普段
通りに戻っていて、もたれてくるその温もりに
どうも悪戯心がむくむくと彼の中には芽生え、
こっそり近い距離の美月に耳元で囁く。
「美月、ありがとな。」
好き。
美月にしか聞こえない小さい声で、普段は吐か
ない、その二文字も付け加えてみると、言って
いる途中で自分にも恥じらいが生まれて、告げ
たあとはわざと寝たふりをかます。
『それって、ずるいよ。』
その2文字にぼふんと耳まで赤くなって、思わず
孤爪の腕にむぎゅっと抱きついてしまい、孤爪
もどうしたの!?と突然の柔らかい感触に、
慌ててゲームを中断して、美月の方向を見た。
「はあ、またそうやってクロは。」
ぎゅっと目を瞑っている美月には見えていない、
耳まで紅潮させて顔を背ける黒尾の姿勢。
彼のわざとらしい寝たフリに妙な苛立ちを感じ
た孤爪は彼を睨みつけ、足をぎゅっと踏んだ。
「痛てっ、研磨それは酷いだろ。」
「クロと俺の足が長いのが悪いんじゃない?」
「ええー。」
孤爪のその返答に、恥ずかしさよりも面白さの
方が勝ったのか、美月も吹き出して、口元を
押さえ始め、いつも通りの空気に戻る。
もちろん、孤爪の不機嫌になる理由は把握して
いて、口パクで孤爪に謝ったが、ふいっと彼は
顔を逸らし、自分達の降りる駅へと到着すると、
孤爪は足早に美月の手を引いて歩き始めた。
『明日は、誰の家に集合?』
「コタツでゴロゴロしたいから、クロの家。」
「それなら、部屋の大掃除も手伝いなさいよ?」
しばらく彼らが歩けば、呑気な人物の明日の
予定を確認する為に話題を出して、孤爪もそれ
にはいつも通りの言葉を返す。
そこからいつもと変わらぬ年末と年始を過ごす
予定の幼馴染みならではの内容に切り替わり、
電車にいた時の妙な空気は自然と消えていた。
「研磨、ちょっとは体動かしなさいよ。試合前
に牛になるでしょうが。」
『お雑煮、出来たよー。』
「美月も研磨を甘やかさない!」
『クロ、焼き餅は砂糖醤油で良かった?』
「うん、サンキュ。」
「クロだって美月に甘やかされてるじゃん。」
「これ知ったら、夜久に確実にしばかれるな。」