羨む時もある


「黒尾テメエ、なんでいるんだよ!」


そう叫ぶ男、大将優の怒鳴る声を2人は気にする
ことも無く、やはり近場の方が良かったのでは
と言い出す黒尾に、ご利益はここの方が大きい
だろうと言い返す夜久。


何でそうなるかなと美月が苦笑いを浮かべても、
黒尾も夜久も悪びれもせず、平然として会話を
繰り広げていた。


黒尾と夜久は人形焼を口に入れて、先程までは意気投合をした2人が、また大将のリアクションを
無視して徐々に言い争いを始めるので、美月が
間に入り、2人を止める。


『行き先はクジで決めた事だし、クロ達は
2人の邪魔をしちゃダメでしょ?』


「おいこら音駒、無視かよ!牧野ちゃんもっと
言ってやって!」


「ん?ああ、なんだ少女漫画くんか。」


「その呼び方、やめろ。」


『もう、クロも余計なこと言わないの。
大将君、新年早々ごめんね?』


「謝らなくて大丈夫、コイツらが悪い事のは
分かってるから。」


照れ臭さを誤魔化す大将を黒尾が面白がって、
茶化す言葉を美月は嗜める。
呆然とそのやり取りを見届けていた大将や彼の
彼女、美華に申し訳ないと思う美月は彼女に頭
を下げると向こうも美月だけはまともな人物だ
と判断したのか、一礼を返していた。


『せっかくのデートを邪魔してごめんなさい。
やっとだよね、こうしてゆっくり出来るように
なったのって。』


「えっと…、その。」


『大将君の彼女さんは、お洒落さんですね。
イヤリングもそのコートも可愛いし、服と凄く
合ってる。中の服も絶対可愛いですよね?』


こういう事に敏感なのは、さすが同性といった
ところか。彼女がこの日の為に悩ませた格好に
気がつくと褒めながら微笑みを向け、やっと自分
の理解者に出会えた美華は、「ありがとう。」と
震えながら美月の両肩に手を添えた。


「実は、ワンピースもこの日の為に買ってね。」


『うんうん、良いなぁ。私は買い物も行けて
ないから、ネットで買った福袋。』


「それ、私も見たやつだ。そっちも可愛いよ?」


『ありがとう。練習ばっかりだから、こういう
時にしか私も着れなくて。』


「何処かで見たと思ったら、もしかして音駒の
マネージャーさん?」


こくりと美月が頷けば、互いに共通の友人が
いたりもして、女子達は平穏なトークを一通り
しても、未だに野郎達は「絶対に勝つ」「負けろ」
と飽きもせずに騒がしく言い合っているので、
美華は肩を竦め、見慣れている美月も試合会場
以外でも変わらぬ彼らを困った顔で笑って見た。


「男子って、バッカみたい。」


『うーん、今は否定出来ないや。』


そう言いながらもあんな仲も悪くないかと美華
は考えて、そろそろ行こうかなと彼女達は手を
振って挨拶をし、それぞれが別方向から手招き
をして、自分達の相手を呼ぶ。


「つーか、3人で来たって事はお前もまだ報われ
てないってか。カワイソ。」


「うるさいよ、優クン。人の心配より自分の心配
しなさいよ。置いてかれるぞ?」


「あっ、美華ちゃん待って!」


「そういう俺達も美月はあっちだけどな。」


「あっこら、1人でウロウロしてたら変なやつに
絡まれるでしょうが!」


急いで美華の元へ向かう大将にニヤニヤ揶揄い
の笑みを向ける黒尾の横で、夜久に指摘される
と、黒尾も慌てて美月の元へと駆け寄っていく。


『もう、向こうの彼女さんも呆れてたよ!』


2人で仲良く寄り添って姿を消した大将と美華の
姿をほんの少しだけ、羨ましいなと考えながら
見届けた美月は、腕を組んで怒った口調で2人
にそう言葉を向けると、2人は揃って再び美月の
口の中に人形焼を放り込んだ。


『ふわっ、またほうやって!』


「食べるか喋るかどちらかにしなさい。」


『クロ達がいきなり口に入れるから!』


「ごめん、つい。」


また変なところで息が合うのか、と美月は呆れた
ため息を吐きながら、美華達の通り過ぎた雷門
に視線を向けた。


「どうした、大将に意地悪な事言われたか?」


『いや、大将君って女の子には割と優しいから
そんな事言わないよ。』


「アイツが優しい…か。」


『うん、お似合いのカップルだったよね。』


大将を褒めたことが気に入らないのか、黒尾と
夜久はまた同じように嫌そうに顔を歪ませて、
美月の言葉は否定しようとする。


「だから、あーゆう奴が一番危ないんだから。
お前は気を付けなさいよ。」


「今回ばかりは、黒尾の言う通りだわ。
美月は純粋過ぎるから、コロッと引っ掛かり
そうだし。」


『いやいや、私を引っ掛けようとする人なんて
いるわけないじゃん。』


へらっと呑気に笑う美月は2人にそう答えると、
甘いものを味わった口は、次に飲み物が恋しく
なったと、この日にしか味わえない甘酒を探し
始めて、1歩前を歩き出す。


すると、その先には1歩も進めずにグッと体重を
持って行かれた感覚がして、それに驚いて彼女
が振り向けば、右腕には夜久、脇腹からは黒尾
の腕が回されていて、「ほら、引っ掛かる。」と
2人の声が重なれば、その次の「あ。」という声も
また重なった。


「なんつーか…いや、今のは体が勝手に…。」


「美月がこのままだと危ないかなって。」


美月の言葉が気になり、つい反射で手が動けば、
その場所が2人共が悪く、気がついた夜久はその感覚は一瞬だけだったが、顔を真っ赤にした。


本当は本心を知られそうになった焦りだったが、
むにりと不意に触れた部分が、柔らかい部分に
接触していて、黒尾と夜久がお互い見合わせた
後、気まずそうにオロオロと目を泳がせるので、
すっかり2人に揶揄われたと勘違いをする美月
は、不満そうに口を尖らせる。


『どうせ誰の貰い手も無いですよー。』


触れた部分は咎めないまま2人の手を下ろして、
ずんずんと彼女は足早に歩くと、貰った甘酒を
啜りながらもう一杯も購入して勢い良く飲み、
すっかりそれはヤケ甘酒状態。


「美月、それ以上は腹壊すから止めとけ。」


「美月が怒るの久しぶりに見たかも。」


そしてその後、恋愛成就の御守りを購入しよう
とする美月を2人は必死に宥めていると、今度
は彼らは赤葦にも遭遇してしまい、「俺がご利益
発揮させましょうか?」とそっと彼女の手を包み
込む。


「美月さんは、今年も素敵ですね。」


『京治君は今年も優しいね。』


黒尾と夜久に向け、ニヤリと口角を上げる赤葦
のその表情を見逃さなかった2人は、「美月さん
がよろしければ俺が…」と赤葦に言わせる前に、
すぐさま2人はその手を薙ぎ払うのだった。


「「生憎、ウチの子は間に合ってますから!」」


「あなた方も今年も変わりないようですね。」


『これ、恋愛運はわからないけれど色んな人と
出会うのはこれのお陰なのかな?』


「美月も結局買ってるのかよ。」







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