初戦に臨む


一度会場に立つと美月の中の緊張感は少し薄れ、
自分に余裕が出来れば、記録に残したかったと
後悔の感情が勝って、彼女は集った仲間達に願望
をぽつりとこぼしていた。


『せっかくなら、みんなの行進をビデオに収め
たかった。』


「運動会に参加したお母さんか。」


「美月ならデジカメと2個持ちで忙しく動きそう
だよね。」


「あはは、目に浮かぶな。」


仲間達が登場した時の感動の余韻はまだ残って
いる美月は掌を見つめ、黒尾が呆れた顔を見せる
隣では、孤爪と夜久が彼女がビデオカメラを嬉し
そうに持つ姿を想像して笑っていた。


「つーか、お前顔がガチガチだったぞ?見てる
こっちが心配になるくらい。」


『やだ、ごめん。顔に出ちゃってた?
木兎君達からも指摘のサイン貰っちゃった。』


「木兎?はーん、へーん、ふーん。」


「あ、黒尾さんが不機嫌になった。」


先程の美月の様子を黒尾が面白がっていると、
彼女の口から思わぬ人物の名が出てきて、黒尾
は不服そうな顔を見せる。


『クロ、スマイル。』


「誰のせいだと。」


『1人だけ会っちゃってごめんって。本当に
クロは木兎君の事、大好きだよね?』


「…ふっ。」


「研磨は笑わない。」


「アイツら、本当に油断も隙も無えな。」


眉間に皺が寄る黒尾の頬に触れ、美月が無理矢理
に彼の笑顔を作り上げると、夜久と孤爪が黒尾
のいびつな顔を見て再び笑い出し、仲間の空気
はいつも通りの賑やかさ。


「黒尾、今めっちゃイケメンだったぞ?」


「それはどーも!」


『みんなエネルギー補給は大丈夫?』


「はい、バッチリです。」


「じゃあ、そろそろ行くか。」


夜久の褒め言葉に黒尾は心の籠らない礼を返し、
冗談混ざりの会話の中でも、試合に向けての準備
は念入りに行われ、対戦相手とコートの場所を
再度確認をして、黒尾の掛け声が掛かった。


それぞれが引き締まった顔付きに変わり、円陣
を組む為に集まれば、美月の頭に代表決定戦の
記憶がふと蘇る。


今度は、誰一人怪我なく無事に終えて欲しい。
みんなが笑って試合が終わりますように、勝つ
ようにと、美月が心の中でそう願えば、彼女の
背に優しく手を添える夜久は、笑顔を向けた。


「大丈夫。美月に心配かける様な事は起こさない
から、しっかりと見とけな?」


『うん!』


「おう、美月のその笑顔でもう絶好調!」


頼もしい夜久の言葉に美月は頷き、彼好に素直な
感想を吐けば、彼女は少し恥ずかしそうな反応
を見せていた。


『私もやっくんのその言葉で絶好調!』


「なら、良かった!」


「夜っ久ん、いい所ばっか持ってかないでよ。」


「夜久さん、黒尾さんがまた拗ねますよ?」


「拗ねてねーし!」


照れ臭さは灰羽の発言で直ぐに飛んで、クスクス
と美月が笑っていると、黒尾は顔を顰めて彼女
と灰羽を小突き、コートヘ向かう。


『いつも通りで何よりです。』


「おう、行ってくるわ。」


『勝ち抜こう。』と小さく伝えた美月の言葉に
黒尾は目を細めて笑みを返し、真っ直ぐコート
を見つめて深く息を吐いた。


「…カッコつけてる。」


「研磨クン、うっさいよ?」


「よし、カッコイイとこ見せてキャーキャー
言わせてやる!」


「リエーフの意気込みは満点だな。」


音駒の対戦相手は、高知の清川高校。
自分達の立ち位置について、昨夜の試合のDVD
で確認した未知の相手のオーラに飲まれてたまる
かと胸を張り、唇を噛み締めた。


「さすがに、はいどうぞって具合にはいかない
よな。」


「でも、相手の攻撃の特徴は掴んできたし。」


『ちゃんと取れてたもんね、すごいすごい!
さっきのディグもカッコよかったよ。』


1セット目を簡単に取らせて貰えないのは、把握
済みで、お得意の粘りを見せデュースに持って
行き、長期戦で勝利。


孤爪の指示通り相手の持久力が減る時を狙って、
2セット目は様子を把握できたからと孤爪の合図
で、相手に攻撃の隙を与えない事に徹底した。


ナイスレシーブ!と後輩達に合わせて美月も何度
も声援を送り、対戦相手のエースの顔が打つ余裕
を無くして表情が歪む所で福永が攻撃を決め、
次も試合が出来ることを心から喜んだ。


『おかえりなさい!』


勝利の歓喜から山本に揺すられて、疲れ切った
表情で戻った孤爪は、美月ので迎えに表情は
柔らかいものに変わり、彼女とだけハイタッチ
を交わすと、山本と灰羽に「温度差!」と指摘を
受ける。


『烏野も勝ったんだよね。』


観客席に応援の一礼をして、次に意識を向けた
のはライバルの結果で、孤爪が嬉しそうにする
様子を一緒に彼女も喜び、観客席からライバル
の場所を捉えた美月は笑顔を向けた。


「ぐはっ、美月に射抜かれた!」


「よく見えたな。」


「やべえ黒尾の顔もすげえ怖い。…ってスガ!
投げキッスなんかしたら殺されるぞ?!」


観客席側からは、菅原の大胆な行動に東峰が抑制
をかけていて、意外な行動を見せる菅原を見て、
美月は珍しいものを見たと楽しそうに夜久に
話しかける。


『スガ君って、ちょっとキャラ変わった?』


「スガちゃんは、意外とあんなヤツだよ。」


そこに黒尾も会話に乱入して、厄介なメンバー
の追加に頭をかいて、このまま無視を決め込もう
としたのか、彼女の背中を推し進んでその場を
離れようと試みた。


「やっぱ、黒尾は無視かよー。」


限られたこの時間で、少しでも印象が残る様に
内心は胸の音を弾ませ、菅原はつまらなそうな
声色でそう言ったが、手を小さく振り返した
美月の仕草に嬉しく笑っていた。


「めっちゃ腹減った!」


『お弁当、あるからすぐ準備するね。』


「あ、俺も運ぶの手伝います!」


『ありがとう、助かる。』


やっと摂れる遅めの昼食に、犬岡と芝山も美月
を手伝って、次の予定はもう次の試合観戦のみが
残るので、ここからはしばしの休息の時間。


『時間あるなら、物販見に行こうかな。』


「一人で行くなよ?」


スマホで時間を確認した美月が、買うなら今日だ
と考えて、自分の予定を口に出せば、すかさず
心配性の幼馴染みは彼女に釘を刺す。


『さすがにあの人混みの中を一人で戦う勇気は
無いなあ。』


「じゃあ、俺と見に行く?」


「夜久さん一人じゃ、美月さんと一緒に潰され
ませんか?」


「お前、本当に心臓に毛が生えてるよな?」


「せっかくなら、みんなで見に行きましょう!」


夜久が胸を高鳴らせて美月に声をかけると、灰羽
は物怖じする様子も見せずに容赦ない指摘をし、
それに慌てた犬岡がそう提案をして、穏便を願う
芝山もそれに賛同する。


ここまでくれば感心しかないと黒尾は灰羽をある
意味尊敬していて、怒りのまま灰羽の尻を蹴る
夜久を見ながら、美月は苦笑い。


そしてこの穏やかな空気のまま、明日はまた彼ら
の試合を応援出来る事を嬉しくしていた。


『私も春高Tシャツ、買えるかなー。』


「背中に書いてるやつにしとけよ?前だと文字が
伸びるかもしんねーし。」


『クロはどこ見て言ってるの!?ホント最低!』


「お前はまたそうやって…。」




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