一日目の残り


賑やかに一通りの買い物や会話を済ませ、音駒
と梟谷が別れようとした時、仲間に呼び出され
る木兎は最後に美月の姿を見ると、ハッと思い
出すように彼女の元へと寄っていた。


「そうだった、美月ちゃんからエネルギーを貰い
忘れてた!」


『…エネルギー?』


しまった、油断した!と、目を見開いて赤葦と
黒尾が頭の中で後悔をするのも遅く、不思議そう
に木兎を見上げる美月の姿は大きな身体の男に
包まれて見えなくなる。


『わっ、ちょっと…木兎君!!?』


久しぶりに味わう、木兎の好きな抱き心地。
堪んねえよなーと自分の胸元に彼女を押し付け、
その柔らかさと好きな香りを胸いっぱいに吸い
込めばそれ以上を周りが許すはずもなく、すぐ
に2人は引き剥がされていた。


「ったく、油断も隙もねえ!!」


「これで、明日からも絶好調!」


『お願い、ここは目立つから控えようね。』


血相を変えて怒り出す夜久や羞恥でしくしくと
手で顔を覆いながら嘆く美月に構いもせず、木兎
は目的を達成したからか、満足そうに歯を見せ
て笑っており、赤葦は彼の自由気ままさに頭を
抱えていた。


「確かに、これが原因で落ち込まれてもそれは
それで面倒臭いんですけど。」


「赤葦クン、本音がダダ漏れですけど?」


こっちのモチベーションも下げないで欲しいと
呆れた声を上げ、堂々とそれを行動に出す木兎
をほんの少しだけ羨む。


「美月さん、うちの主将がすみません。」


「よし、行くか赤葦!!!」


連れ戻しに来た赤葦の肩をガッシリと掴んで、
赤葦と美月が挨拶をする前にずんずんと仲間の
元へと引き摺られ、彼に邪魔された赤葦は納得
がいかないと顔を顰めていると、美月は彼の名
を呼んでいた。


『京治君も頑張ってね!』


ヒラヒラと手を振る彼女に微笑んで一礼をして、
同じく彼女のエールを見た木兎は指をくわえて
何故かそれを羨む。


「赤葦ばっかりいいな…。」


「あなたがそれを言いますか。」


「だって、さっきの美月ちゃん可愛いかった。」


「それは…わかります。」


明日も彼女に会えることを願いながら、彼らは
このまま勝ち残る事を考える。
その間に既に気がつけば月島の姿はなく、彼と
挨拶を交わせなかった事を残念に思いながら、
きっとまた…と呟いた。


『明日も会えるよね。』


彼女もライバル達の姿を目にする事を願って
歩き出せば、その道中に腹部からじわじわと腕
が伸びて、それはゆっくりと背後から大きい
身体に引き寄せられていた。


『…クロ、何してるの?』


「何って…消毒。」


『何に対しての?!』


不貞腐れた幼馴染みは彼女の頭の上に自分の顎を
乗せ、ぎゅーっとさりげなく彼女を自分の身体で
包み直す。


『ちょっと歩きにくい!』


「お前がぼんやり歩いてるのが悪い。」


『それ、理由になってないんですけど。』


人混みの少ない場所にさしかかれば、さすさすと
彼は予想もしない部分までもを撫で始めたので、
それを彼女は肘打ちで阻止をし、それが見事に
入ってしまった黒尾は動きを止める。


「この感じ、久々…。」


『クロごめん、やり過ぎた…。大丈夫?』


「美月、馬鹿は放っとけ。」


ゆっくりと蹲る黒尾を心配すれば、夜久からは
辛辣な言葉が飛んで来て、そのまま彼女の背を
押して黒尾から離した。


このまま穏やかな心で宿舎まで戻りたいと夜久
は考えていたが、今日はどうもそうはいかない
らしい。


夕日が差し込み、選手達がぞろぞろと帰る中に
黒いジャージの集団を見かけ、彼らに会えた
嬉しさとまた違った気持ちが、夜久の中には
押し寄せる。


「オイヨイヨイ、おのぼりカラスさんじゃねえ
の。良かったね、はるばる来たのにすぐ帰る事
になんなくて。」


『あ、クロはまたそういう事言って…!』


「そんなにはるばるじゃねえし!」


ライバルを見るとつい冷やかしの言葉を吐く黒尾
を窘めるように美月が背後からひょっこりと顔
を出し、それを言い返そうと苦笑いを浮かべる
澤村の後ろで菅原が同じく顔を出していた。


菅原と美月が再会を喜んで笑顔を向け合うと、
反射から黒尾は彼女を引っ込めて隠すと、自然
と夜久も彼女の壁を作ろうとしていた。


「美月、お前が頼んでたヤツをちゃんと買って
おいたけど?」


『え、本当に…!!?』


しかし黒尾のそんな抵抗も意味は無く、彼女は
菅原に以前お願いした事を思い出すと目を輝か
せ、再び黒尾達の後ろから顔を出して、手早く
財布もリュックから取り出す。


『スガ君、ありがとう!いくらだった?』


「んなもん、土産だから気にすんなよ。」


『良くないって!これ、受け取って。』


「お前ら、いつのまに。」


「クロもコレ好きだったよね、帰ったら皆で食べ
ようね!」


「いや、そういうこと言ってんじゃねえよ。」


「美月、そっちの美味い土産も教えてくれよ。」


『もちろん!…といっても、色々あるしな。
ジャンルはどれ?』


「そうだなあ、じゃあ甘い系!」


嬉しそうに菓子箱を抱きしめる美月を見ると菅原
も相変わらずの彼女の反応を見て思わず笑い、
和気藹々と話が広がっていく彼らを隣で眺める
黒尾は、それを面白くないと感じて顔を顰める。


呑気な彼女は清水達の元へと走っていき、それを見届ける夜久はどこかホッとしていて、彼ら
もそこからは現状報告や雑談をし、かつての夏
の合宿の雰囲気とそこは似た場になっていた。


『仁花ちゃんは、大丈夫?緊急してない?』


「な、何とか生きてますね。」


『ふふっ、私と一緒だ。』


互いに励みの言葉を掛け合って、マネージャー
達は明日も頑張る事を誓い合っていると、ふと
美月は視線を感じ、その方向へと顔を向けると、
先程遭遇をしたその人物と目が合った。


美月が微笑めば、その視線は少し泳ぎ、それを
少し可愛らしいと思ってしまった彼女は気に
なって彼に近寄っていく。


『あれ、さっきお話したのにつれないなー。』


「いや、あの…その節はお世話になりました。」


『また蛍君に会えたから、良かった。』


彼女にそう言われてくいっと袖を引っぱられる
と月島の胸は高鳴り、彼女が嬉しい事を言って
くれているのに、素直な気持ちが返せない不器
用な自分に嫌気をさしながら、上手い言葉を
探していたら、貴重な時間は黒尾に呼ばれて
終わりを告げてしまった。


「あら、ツッキー。なんか、ごめんね?」


「黒尾さん、それ絶対にわざとですよね。」


ニヤニヤと笑う黒尾に月島は眉間に皺を寄せ、
名残惜しい気持ちで美月に視線を向けると、彼女
は仲良しだねと彼の本音に気が付かないまま、
楽しそうに笑っていた。


『白鳥沢戦の話も聞いたよ?頼もしい蛍君を
見るのも、楽しみだね!』


「えっ、はい。」


偉い偉い!と背伸びをして頭を撫でられ、突然
の彼女の行動と褒め言葉に、ほんのりと月島の
頬が赤く染まったのを見逃さない黒尾は、後輩
を困らせない!と彼女の肩を押して、そのまま
ぐいぐいと立ち去ろうとする。


『蛍君、また会おうね!』


ああそうか、彼女のこの言葉を。
月島は胸の内が温かくなるのを感じ、自分が何
を待っていたのかを自覚して、目を伏せる。


しかし、彼がその余韻に浸る時間なんてものは
無く、それを羨む2年生の先輩達に小突かれ、
彼女と会話出来る僅かな時間を惜しむ男はそこ
にもう一人。


「ほんと、すぐ…なんだよな。」


しかし、菅原は喜ぶ彼女を目にしただけでも今
は十分だと思い、目が合う彼女に微笑んだ。


「じゃあ、明日も精々生き残ってネ。」


「そっちこそだろ。」


そして、最後まで煽りを混ぜた別れの挨拶を澤村
と交して互いに背を向けた瞬間笑顔は消え、この
次を生き残る為に、気持ちを引き締める。


その覚悟を一緒に背負うマネージャーは、顔を
見上げ、黒尾に『きっと、大丈夫。』と声を
掛けると彼は頷き、彼女の背に手を置いた。





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