隣はキープ


「研磨さーん!!!俺にもそのポジションをたま
には譲ってくださいよ。」


大事な初戦を終えてからリラックスモードの室内
では、広い畳の部屋に胡座をかいてゲームをする
先輩の肩を灰羽は物怖じせずにゆさゆさ揺らし、
それにすら動じない孤爪は、されるがままに手元
に持つ携帯ゲームを続行していた。


『わ、ちょっと!!?』


それにとばっちりを食らうのは孤爪の隣にいた
もう1つ先輩の美月で、乾燥から身を守ろうと
丁寧にクリームを塗っていると、勢いのあまり
ハンドクリームの容器を落としてしまう。


ここで誰の怒鳴り声も聞こえないのは、3年生
は後輩が休めるように別の場にいて、不在。
幸い、キャップは閉まっていたので大惨事は
免れたようだった。


『びっくりするでしょ、リエーフ!』


「俺だって美月さんとまったりしたいんです!」


彼女にピッタリともたれてゲームをするスタイル
が羨ましいといったところなのか、灰羽は孤爪と
美月の距離感を指摘して、不貞腐れていた。


『じゃあ、こっちに座る?』


「ヤダ、狭くなる。」


「狭くなるのは研磨さんじゃなくて、美月さん
だろ。」


賑やかな3人を黙って見ていた山本も、耐え切れ
無かったのか冷静にツッコミを入れて、普段は
何だかんだ諦める灰羽が今日だけは妙に頑固。


それは、他校の人間と会話する姿を見て大好きな
先輩を取られた気分なのか、内心は灰羽と同じ
理由で嫌がる孤爪に構うことなく、大きな身体
は隣にグイグイと割り込んでいた。


「美月さん、ヨシヨシしてくれませんか?」


『これでいい?』


灰羽のお願いに、素直に手を伸ばして彼の頭を
撫でる美月は、心地良さそうな顔を見せる彼を
少し可愛らしいと思ったのか、優しく微笑む。


すると灰羽はそれに欲が増したのか、彼女の脇
に手を通してむぎゅっと抱きついて、ぐりぐり
と自分の頭を押し付けていた。


「美月さーん!」


『ひゃっ、ちょっと、やっ、リエーフ!!?』


ピンポイントに胸元を目掛けて向かったタチの
悪い後輩に山本と孤爪は血相を変えて、山本は
直ぐに2人を引き剥がし、孤爪は彼女の柔らかい
部分を味わった灰羽の頬を思い切り引っ張る。


「クソっ、お前は黒尾さん達がいないからって
調子に乗りやがって!」


「ねえ、何回言ったら分かるの?」


「ぎゃあっ!いひゃいです、研磨さん!
だって、美月さん凄くいい匂いするから!」


「そんな理由で聖域に踏み込んだ事を許すわけ
ねえだろ!」


「ちょっと、福永さん撮らないでくださいよ!」


山本の怒りの制裁と孤爪によって、すっかりと
変顔にさせられた灰羽の嘆き声が部屋に響いた
と思えば、福永には変な写真を残されて、灰羽
は静かに倒れ込む。


『リエーフ、大丈夫…?』


「美月さんは、黒尾さん達の所に避難して
ください!」


困った顔で笑う美月が声を掛けようとすれば、
山本には情けは無用だと止められ、そのまま彼
に黒尾達の所へ行くよう、促されてしまった。


「おう、美月いらっしゃい。」


「お前、何でそこ押えてんの?」


『や、なっ、何でもない!』


とぼとぼと黒尾達のいる場所へ向かうと、美月
の姿勢は胸元を守るような形で歩いていたのか、
黒尾が呆れた顔で聞き、灰羽がこれ以上の叱責
を受けるのは可哀想だと思い、顔は赤くしなが
らも先程の件は上手く誤魔化した。


「夜久さんのえっち。見すぎじゃない?」


「なっ…はあ!?ちげえよ、バカ!」


そして、その次に黒尾が気になったのは夜久の
視線らしく、冷やかす口調で夜久にそう言うと、
夜久は声を荒らげて否定するので、美月も照れを
残したまま、海の隣に丸くなって座った。


しばらく雑談をして、改めてその舞台に立った
事を意識した夜久がそう切り出し、ぼんやりと
天井を眺める。


「初全国かあ。」


「なんかアレだな。もっと遠出してえよな。
新幹線乗りてえ。」


『それ、分かるなあ。遠征楽しかったしね。』


「来年…あ、今年か。今年のIHってどこ
だっけ?遠くだったら、応援行こうぜ。」


『楽しそうだね。』


「出る前提かよ。」


「いや、後輩を信じてよ。」


黒尾の提案に美月も乗っかり、意外と厳しい夜久
の発言に彼女がクスクスと笑っていると、海は
階段から降りてくる孤爪を発見し「お、後輩」と
楽しそうに声を掛けた。


「目立つの大嫌いな研磨をとうとう全国まで
引っ張り出しちゃったな。」


「どう見ても、全国大会出場のスポーツマンには
見えねえよな。」


自販機で買おうと他校の生徒の後ろで静かに
立ち、それを4人は見届けながら、話題は孤爪
の話へと変わる。
すると黒尾は過去を振り返り、孤爪を付き合わ
せた事に多少の罪悪感があると3人に伝えた。


「それに、美月も巻き込んでいるわけだし。」


「研磨も美月もそういうの割とどうでも良いん
じゃねぇ?」


「夜久ってそういうの、本当にハッキリ言っちゃ
うよね?」


だよな?と夜久に同意を求められ、自分を代弁
してくれた夜久に美月もクスクスと笑い、彼女
も夜久の言葉に肯定して、自分の心配はしなく
ていい事を黒尾に伝える。


『私は、巻き込まれたなんて思ってないよ?
頑張るクロ達応援するの、すごく楽しいし。』


「ありがと、そう言われると気持ち楽だわ。」


「研磨の性格だぞ。本当に嫌ならさっさと辞めて
るだろ。」


なぁ?と今度は海が孤爪に同意を求め、スマホ
を眺めながらこちらへとやって来た孤爪に思う
部分があるのか、彼女は黒尾に視線を向けた。


「研磨、寝る前のゲーム禁止つってんだろ!」


彼がゲームをしている事に気がついた黒尾は、
それを睡眠の質が落ちると注意して、それにも
構わず続ける孤爪は、マイペースにポケットに
スマホをしまい込んだ。


「うん、まあ本気でやめたくなったら止めるけど
でも一応、クロに申し訳ないってのは無くも
なかったよね。」


「なにっ!?」


「俺だって、人に気を遣う事もあるよ。」


「改めて言われると、けっこうショック…!」


「少しはあるってだけじゃん…。気を遣うって
理由だけで毎日何時間も練習できるワケない
でしょ。」


そもそもバレーが嫌いなら続けてない、たまたま
自分が続いているだけだと孤爪は説明を続け、
孤爪らしい理由に、美月も頷いていた。


「続ける絶対的理由はないけど、止める理由も
別にない。どっちでもないはふつうだよ。」


孤爪の話を静かに耳を傾けた後に、黒尾、夜久
海は続いて「ごもっとも」「冷静だなぁ」「難しい話
すんな」とそれぞれが返し、美月も『ですね』
と彼らに続いて呟いた。


「…汗かくとか、息切れるとかは嫌いだけど
レベル上げは嫌いじゃない。」


そう付け足す孤爪は部屋に戻ろうと階段を上り、
孤爪は美月の疲労を心配していたのか、「美月は
上がらないの?」と首を傾げていた。


『私もそろそろ上がろうかな。』


「じゃあ、一緒に行こ。」


『うん、みんなおやすみなさい。』


「おやすみ。」


「はい、おやすみ。」


ゆっくり階段を上る孤爪と美月を夜久は見つめ、
彼の粘り強さには一目置いているのか、黒尾が
以前教えてくれた事件を思い出して例え、彼女
は上りながらその話が聞こえたのか、懐かしん
で笑う。


隣に並ぶ、以前よりも頼もしく見えた幼馴染み
に微笑むと、孤爪は照れ臭そうに何かおかしい?
と口を尖らせるので、彼女は首を振ってそれを
否定した。


『研磨が大きくなったなって。』


「何それ、美月の方が前から小さいじゃん。」


『ふふっ、そうだけど。』


「ほら、早く寝よう。」


孤爪に手を引かれた美月は改めて、その彼の手
の感触で成長を意識すれば、それは孤爪に気が付かれていた。


「俺だって、ちゃんと…。」


『研磨?』


「何でもない。」


彼女を離したくない孤爪は、それ以上は伝えるのは危険だと感じて、廊下で並んだ彼女の背の
温もりに触れる。


「粘り強い…ね。粘り強さで言ったら、一番研磨
が厄介だわ。」


美月と同じ過去の風景を頭に描いていた黒尾は、
ふとそれに気がついて、彼らが去った階段を
見上げて、ポツリとこぼす。


「確かにさりげなく隙を見て持っていくよな?」


彼らが後悔するのも遅く、美月との時間を一番
多く得ている話題の後輩は、彼女の隣に布団を
並べ、美味しいポジションはキープのまま夢の中。


それは、彼にしか許されない立ち位置で、並ぶ
2人の寝顔を見て納得した夜久は、してやられた
と黒尾と顔を見合わせていた。




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