2回戦目の朝
普段よりも早めに身体を休めていても、無意識
に気が張っているせいか、予定より早く目覚め
てしまった朝。
ゴロゴロとしても落ち着かない美月は、まだ
真っ暗な部屋で周りを起こさないように静かに
起き上がり、身支度を整えようとすれば誰かが
足りないと思う。
『あれ、やっぱりいない。』
それは自分と同じく、そして自分よりも早く目が覚めたであろう人物の姿はもうそこにはなく、
綺麗に畳まれた布団を見つけた彼女は部屋から
出ていく。
「美月、しっかり寝れたのか?」
『大丈夫、早く目が覚めただけだから。』
寒さから暖かい飲み物が恋しくなって、彼女が
階段を下りて自販機へ向かうと、そこには黒尾
の姿があった。
彼は既に辺りを走って来たらしく、少し汗ばむ
額をタオルで軽く拭うと、彼は普段よりも早い
起床の彼女に驚いて、心配をする。
『クロこそ、しっかり眠れた?』
「大丈夫、身体はしっかり休めてる。いつもと
同じ事してないと落ち着かねえから。」
そしてその心配は彼女も同じく、自分に気付く
前の黒尾の神妙な表情を見逃さなかったのか、
彼を心配して声を掛けると、自分用のココアを
買った後にスポーツドリンクを買い、彼に差し
出した。
『水分補給にって思ったけど…冷た過ぎた?』
「いや、寧ろ丁度いい。」
「ありがとね」と目を細めて受け取る黒尾と昨夜
談笑をしたソファに腰掛け、温度は真逆の飲み
物を口にして一息吐く。
『せっかくならついて行けばよかったかな。』
「お前は追いつけないでしょ。」
『そこは歩こうよ。』
「朝からウォーキングって年寄りか。」
『1人で歩くと怒るでしょ?…て、風邪を
引いちゃうかもしれないか。』
「まだ薄暗いけど、気分転換する?」
お互いに飲み終えた後に黒尾に連れられ、玄関
ではなくベランダから外に出れば、予想よりも
冷え込んだ空気に美月は小さく悲鳴を上げた。
『クロ、よく走ったね!!?』
「毎日だし、走りゃ体温上がるからな。 ほら、
寒いならここ入れ。」
ココアですっかり温まった身体の体温が一気に
奪われる感覚に美月が驚けば、黒尾はほらみろと
彼女のリアクションが予想通りだった模様で、
ファスナーを開けてすっぽりと彼女を背後から
自分の上着で覆って閉じ込めた。
『えっ、待って待って!』
「誰もこんな朝早くからここには来ねえよ。
…これで俺も温かいし。」
『確かに温かいけど…クロ、手が冷えない?』
黒尾の突然の行動に慌てる彼女にそう言うが、
彼女は包まれる事は恥ずかしがっても、冷えて
しまわないようにと黒尾の手に自分の手を重ね、
そこには何故か恥じらいはなく、彼の手を温め
ようとする。
逆に彼女の不意打ちのその行為で顔が熱くなる
黒尾は、顎を乗せてぼんやりと空を眺め、平然
を装おうとしていた。
彼の手を擦る彼女も同じくブルーとオレンジの
混ざった空を眺め、そろそろ朝日が見えそうな
景色が幻想的で、思わず感動の声を上げる。
『結構、綺麗だね。』
「ここもなかなかでしょ?昨日発見。」
『クロはこういうの見つけるの得意だよね。』
昨日の朝も走り込みを終えた後にこの場所に来た
と教える黒尾は、彼女もきっと好きな場所だと
思っていたらしく、その反応に満足そうに彼女
を見下ろして、再びそのグラデーションを目に
収める。
そしてこの度は有難いことに日が昇る時間帯に
この場にいた為、朝日が刺し始める所まで見る
事ができ、タイミングの良さに彼らは互いの顔
を見合せた。
「ご利益ありそうだな。」
『ですね。ここで今年初めて日の出を見たから
これを初日の出にカウントしてもいい?』
「しとけしとけ。」
『それ、適当な返事だね。でもこれで今日も
良い事しかないって信じとく。』
黒尾を見上げて言った無邪気なその笑顔に彼の 胸の奥は擽られ、そのまま彼女の唇に触れたい
衝動に駆られる。
しかし実際はその胸の鼓動が彼女に聞こえて
しまわないように、彼女から一歩下がる彼は
「だな」と短く返事をした。
『そんでもって、明日も早起き出来たらこの
景色を見て、ラッキーだなって思おう。』
前向きな言葉を続ける美月は、黒尾にラッキー
のお裾分けをありがとうと一緒にお礼も伝え、
柔らかく目を細める黒尾は、再び彼女の頭に
自分の顔を乗せた。
『クロがマネージャーでもいいから、バレー部
入ろうって誘ってくれなかったらこの景色は
見れなかったんだよ?』
明日も彼女この景色を見れることを願う。
出来ればその次の春の桜も、あの夏の日みたい
に花火の光景も。
「美月あのさ、春高が終わったら…」
その先の願いを黒尾が口走りそうになったその
瞬間、タイムリミットの知らせを告げるかのよう
に勢い良く宿舎とベランダを繋ぐ扉が開く。
「お前ら、ここにいたのか。朝メシ行くぞ…
って!」
美月達を探して呼びに来た夜久は、彼らのその
距離感に目を見開き、黒尾の焦る視線で何なの
か察知した夜久は反射で彼女を自分の元へ引き
寄せた。
「あー!黒尾さんがセクハラしてる!!!」
『朝日をちょうど見てたところだよ。』
「美月、寒いなら中入ろう。」
夜久の後ろには灰羽がひょっこりと顔を出し、
その隣には顰めた顔をした孤爪も現れて、彼ら
の賑やかな野次と共に彼女を連れていかれると、
先程までの甘い雰囲気は掻き消され、黒尾の
判断も段々と冷静になっていく。
「危ねえ、今のは飲まれそうになった。」
頭を抱え、自分が彼女に思わぬ本音を漏らし
そうになった彼は、自分達の邪魔をしてくれた
夜久に悔しいけれど今は感謝した。
まだ試合は残っていて、彼女に思いを告げるの
は決して今じゃないのは黒尾も分かっている。
「お前が来てくれて助かったかも。
日の出マジック…やばい。」
「抜け駆け禁止な。」
そう言ってしくしくと泣き真似をする黒尾に、
じっとりとした視線を送る夜久はそう告げて、
何も言い返せない黒尾は眉間に皺を寄せ、彼女
の手で温まっていた手をポケットにしまった。
『さっきのクロなんかいつもと違った。』
朝日に照らされて、その空間で胸の鼓動が激しく
なっているのは黒尾だけでは無かった。
いつもより更に大人びて見えたその一瞬を思い
返すと顔が熱くなる。
「美月さん熱ですか?」
『へっ…!?いや、違う!!!』
ほんのりと彼女の頬が赤いのを灰羽が心配する
と、何となく孤爪もその異変の理由に気がつい
ていて、握り締めても一つも冷たくないその手
に彼は呆れた一息を吐いた。
「明日は、俺も早起きしようかな。」
「珍しい、研磨が早起きなんて!」
「だって、いい景色だったじゃんさっきの所。
明日も見に行こうよ。」
「健康的でいーじゃん!俺も賛成。」
「俺も俺も!」
「リエーフ、お前起きれんのかよ。」
「じゃあ、皆で明日は走るか。」